4 追加装備
翌朝、俺は早々と目が覚めた。
外で寝ていたので朝日が真面に顔に突き刺さるのだ。
俺の車は車高が高く、窓も広い。
日当たりだけは実に良好だった。
「う、なんだ、ここは。
ああ、そうか。
疲れてしまって階段が登れなくて、駐車場に置いた車の中で寝ていたんだった」
俺はもよおしたので、その辺で立ち小便をと思ったが、続いて大きい方をもよおしてしまった。
いかん、昨日は飲み過ぎたな。
階段を駆け上がっても、とても上層階までは間に合いそうもない。
しかも、これはかなり緊急でヤバイ奴!
慌てて起きあがったので、寝ながら抱き締めていた御守り代わりの拳銃が車内に転がってしまい慌てて拾い上げる。
まあ自動車のフロアマットに落ちた程度で銃が暴発したりはしないが、寝ている時に銃を人に見られていたらヤバかったな。
これだから酔っ払いは困る。
仕方が無いので諦めてコピーしたトイレを出した。
親が身障者だったので、椅子型の身障者用トイレを持っていたのだ。
こいつは市からの補助金枠十万円を目いっぱい使って購入した物だった。
こそっと植木の裏になっている道路から見えない場所にそいつを置いて、開き直って用を足した。
ふう~。
最近にない大ピンチだったぜ。
ヤバイ奴だったので始末に時間がかかっていたが、幸いにして通行人から覗かれるような悲惨な事件は発生しなかった。
早朝なので通行人自体もいないしな。
こんな時なので、暢気に散歩している人もそういないだろう。
マンションの上階のドア側からは、もしかしたら見えていたかもしれないが、人影はいなかったように思う。
俺は手早く用を足すと、水の入ったウォータージャグを収納から出して石鹸で手を洗い、軽く息を吐いた。
「他の人はどうしているのかな」
そんな事をボソっと呟くと、腹が減ったのでパンとサラダとジュースを出して車内で朝食にした。
昨日から、もう非日常の連続だ。
いちいち上層階まで登るのが、とても億劫に思えてきた。
日頃は何気なく使っていたエレベーターが恋しい。
今日はどうするかな。
また何か仕入れに行ってみるか。
疲れているので、今日はもう自転車とかを漕ぎたくないのだが。
そもそも起き上がりたくない気分だ。
昨日はあまりにも張り切り過ぎた。
もう、歳を考えろよな。
通りすがりのタイヤ屋まで覗いて、ありとあらゆるタイヤまでコピーして仕入れてしまっていた。
よく考えたらタイヤ屋はすぐ近所にあったんだった!
個人店の割には結構な種類のタイヤを倉庫に置いてあるんだよな。
本当は街で一番の大型スーパーへ行きたかったんだが、あそこは数キロ離れていて遠いし、信号が機能していないので車で行きたくないんだよなあ。
だが俺の内なる者『俺の中のあいつ』は、どうやらその大型スーパーへ行けと言っているようだ。
絶対に行かねばならぬというような、体の奥底から湧き上がってくる強い衝動に突き動かされて、どうやら行く算段を付けない限りは収まりそうもない。
俺は諦めて起き上がり、車から降りると車と入れ替えで収納から自転車を取り出した。
この『強い衝動』という奴が来ると、もうどうしようもない。
体が勝手に動くかのように突き動かされるのだ。
逆らう事は許されない。
自分でもどうにもならない。
代わりに車を収納してから大声で叫んだ。
「ファイトー、いっぱあつ!」
ただの空元気だ。
だが通りに車は殆ど通っていない。
ここは市の中心地区の中でも、比較的大きな通りが交差する十字路だというのに。
ここいらは毎晩暴走族が煩いくらいなのだ。
市外というか、例の透明な壁の外へ出られないのが市民に浸透してきたのだろうか。
もう、ほぼ売り切れとなったガソリンの節約を考えているのかもしれない。
俺はまた車に乗り換えると大通りを慎重に進んだ。
途中で昨日恐怖を感じた場所を通ったが、今日は不思議と恐くはなかった。
あれは一体なんだったのだろうか。
だが安心できない。
俺の中にいる俺の中のあいつ『イコマ』という者は、何かあるとしても『警告は最初の一発だけ』というケースが非常に多い。
意外とスムーズに来れたので安堵していたが、時間も経ったので横道から強引に飛び出してくる車も増えてきて何度もヒヤヒヤしたので、もう諦めて車から降りる事にした。
この辺りは交通ルールやマナーを守らない奴らが非常に多い。
しかも、加えてこの異常事態だ。
そこのスーパーの前にある片側三車線の道路は横断するのが非常に困難だったが、幸いにしてその場所は警察署前の交差点だったので警察が交通整理をしてくれていて楽に渡れた。
そこからスーパーまでは三百メートルほどしかないので楽に総合スーパーまで辿り着いたが、さすが日本を代表する大型スーパーだけあって凄い人出だった。
だが商品は倉庫に大量の在庫があったものか、結構商品はまだ並んでいる。
ATMがあったので試したが、さすがは大型スーパーだけあって、なんとか今日も金は手に入った。
狭い区域でお金が循環する限りなく閉鎖空間的な状況であったのだが、銀行や警備保障が頑張ってくれたようだ。
商店などから現金を回収してくれたのだろう。
ありがたく現金を補充しておいた。
惣菜なども大量に作ってくれてあったので、素晴らしい種類の食品類が手に入った。
しかし、メーカー製のパンなどは配送のトラックが市内に入れないため、店頭には並んではいなかった。
新鮮な魚なども既に品切れだろう。
冷凍在庫の生鮮食品は惣菜などにどんどん加工されているようだ。
御蔭で、あれこれと買えたのだが。
だがそれらも明日にも材料が切れるかもしれない。
今日来ておいてよかった。
やはり『あいつ』は正しいのだ。
間違えるのは、いつも俺だ。
だが今日は間違えなかった事を神に感謝した。
食料をコピーするためのサンプルとなる、コピーの元本となる商品の在庫は、およそ今までの数倍に及ぶほどそのレパートリーを増やしたのだった。
やはり、この超大型スーパーは品揃えが違うし、物自体も安いスーパーよりも良い物が多い。
食品以外にも総合スーパーの恩恵でありとあらゆる物が揃っており、また専門店の食い物屋もたくさんあるので梯子をした。
ここでも猛烈な勢いで金を消耗した。
今日も現金を下ろしておいて大正解だ。
さすがはこの街一番、いや日本でも三本指とか五本指に入る大型スーパーの店舗なのだから。
こんな田舎に何故と思うほどの規模だった。
このスーパーは百貨店も併設されているので、ある程度の高級品も確保できた。
この辺の品揃えは大きな街にある大型百貨店に較べるべくもないが、今この壁の中では他の店で絶対に売っていない高級品を扱っている百貨店があるだけ有難い。
それから近所にあるスーパー銭湯でやっているところがあったのを発見した。
ここは電力会社が経営しているところで、その関係で非常時にも動かせているらしい。
水は地下水汲み上げをしているのだろう。
「ありがてえ」
俺はゆっくりと湯に浸からせてもらった。
収納の中に色々と持っているので、いきなり風呂屋へ来たって困る事はない。
だが、ここも直に営業出来なくなるだろう。
そう思うと、次はもう風呂は無いかと思って、俺は思わず風呂を出てから生ビールを買ってしまった。
ビールサーバーや、一緒に置かれていた予備のボンベやビール樽もコピーしておいた。
「これから一体どうなるんだろうな」
「さあてねえ」
俺が思わず呟いた独り言に、後ろに座っていた俺よりも年配の人が応えてくれた。
それから特に話が弾むわけでもなし、俺は無言のうちにビールを飲み干し、俺は風呂屋さんから撤収する事にした。
明日もここに来てみようかな。
だが、俺はここの御湯をいろんな温度で収納しておいた。
それを元本として使ってコピーすれば自宅で簡単に風呂に入れる。
これなら自分でコンロなんかを使って御湯を沸かさなくていいので助かるな。
帰りも道が混んでいたので自転車にした。
まあ、どの道ビールも入れちまった事だしな。
そして例の嫌な感じがした場所へと行ってみる事にしたのだ。
それには理由があった。
「刀が欲しい」
そこの城址公園には郷土の展示館があって、昔の槍や刀が置いてあったのだ。
拳銃だけでは心許ない。
特に確固たる理由もなく、そんな気持ちでいっぱいだった。
これは大事な事なので、やはりおろそかにすると、後で大変な事になるだろう。
幸いにして館内には入れた。
戦国時代の本物の刀とかが置いてある。
今では老舗の刃物の産地でも作れないらしい、ちゃんとした製法さえも失われた本物の武器達だ。
俺は展示品を見ていきながら、それらの全てをコピーした。
それを収納の中に入手して、俺の中でまた安心感が強く広まっていくのを感じた。
こ、これは!
非常にマズイ。
やはり何かが起きる前兆なのに違いない。
とてつもなく物騒な事が。
刀を欲するという事は斬り合いのような事でも起こるのだろうか。
拳銃を持っているのに⁇
イコマが言うところの『最悪な災厄』とやらがやってくるのか。
一体これからこの街で何が起きるっていうんだよ。
帰り道では通りすがりに昔から使っている刃物の専門店を覗いてみた。
やっていないかなと思ったら、何故か店を開けてくれていた。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
年配の親父さんが出てきて挨拶をしてくれる。
「こんな時にも御店を開けてくださっているんですね」
「いや、定休日以外で休んだ事が無いんで、店を開けていないと落ち着かなくてね。
何の御用でしょう」
「はは、貧乏性ですねえ。
実は斧が欲しくて。
なんか、こんな御時勢ですからね。
そんな物が、あってどうなるってものでもないのですがねえ」
「ははは。
まあ、なんていうか何かあった時には役に立ちますかね」
「今度、車載用のレスキューキットでも仕入れておきますよ」
そう、刀を入手したはいいのだが、それを使いこなす自信がないのだ。
初めて日本刀を持つ人は思いっきり振ると、自分の足を切ってしまいそうで腰が引けるという。
確かに慣れない重さに戸惑い、剃刀のように鋭い刃の航跡はブレてしまうのが普通だろう。
俺も剣道は初段だが、剣道の段は『型』なんで本物の刀に関してはそんな物は碌に役に立たない。
だが西洋剣よりは刀の方がマシだと思う。
西洋剣のような半ば打撃武器の剣を扱うのは非力な日本人には厳しい。
西洋剣といっても各種あって、切れ味を追及しているような物もあったように思うが、さすがに日本刀のように特殊な物は他に存在しない。
だから刀身の美しさと相まって、あれほどまでに世界中の刀剣マニアの財布の紐を緩めるのだ。
まあ俺のような素人の戦士? には斧かシャベルが一番と思うのだ。
シャベルもそれなりに重くて、武器として振り回すには結構きつい。
鉄パイプだって武器として使う場合には、重量が重いから穴を開けて使ったりするのだ。
まだ金属バットの方が軽くて扱い易い。
それはスポーツ店で手に入れてある。
もちろん、ごついシャベルはホームセンターで入手済だ。
ここでは斧を仕入れておこうと思ったのだ。
ホームセンターには鉈や手斧しかなかった。
中には軽量な物もあるが、大きな斧の方が威力はでかいし、何よりも叩きつけるだけでいいのでな。
軽い物は投げてもいいのだ。
その他のごつい刃物やナイフの類もコピーしていく。
やはり専門店は品揃えがいい。
「これなんかどうです?」
そう言って御主人は俺にピッタリな感じの斧を見せてくれた。
「なんか、これが一本あると何にでも使えそうで心強いですよね。
キャンプに持っていってもいいし」
「あはは。男のアイテムですよ」
そいつだけは、しっかりと現金で買わせてもらった。
全部ただではあまりに申し訳が無い。
ここはスーパーやコンビニと違って、こういう時に客が殺到する訳でもないのだから。
笑顔で挨拶を交わして店を出た。
表には凄まじい代物が飾ってあるので、そいつもコピーした。
俺が個人的に馬斬大鉈と呼んでいる、刃の部分が大斧よりも遥かに長く、その全長の四分の三が刃渡りとなっている特大の『中華包丁』のような大鉈だ。
大昔、あんな物を何に使っていたのか知らないが、その重さは日本刀など問題にもならない重量だ。
さっきの資料館に飾ってあった極太の馬上剣とどちらが重いのだろうか。
現代の日本人では決して持つことが出来ないそれを、昔の人間は平気で振り回していた。
昔の鍛練は現代のスポーツ的な鍛え方と異なり、体の芯から強くするやり方なので、こんな物すら持てたのだ。
現代でも、そういう昔ながらの鍛練をしている人は、最大で百三十キロにも及ぶ大岩をがっちりと担ぐ事が可能だと言う。
俺には想像もつかない世界だ。
かなり武装が進んだので、心が少し軽かった。
しかし、その事自体が俺にとっては不穏な気配でもあったのだ。
他の人達は何も感じ取っていないのだろうか。
それから何故か、帰り道の通りすがりにある宝石屋に寄った。
やはり、あの強い衝動に襲われたのだ。
ここもどうしてか、御客もいないのに開いていた。
あれこれと見せてもらって、ここはかなり高額商品ばかりなので悪いけどコピーだけさせてもらって帰った。
特に心が惹かれたのが、各種の金板や金製品のネックレスなどや、大きめの高価な宝石類だった。後は金貨銀貨などの類か。
そんな物がこの状況で一体何の役に立つというのか。
まあ値打ち物なので、とりあえず全部コピーしておいた。
帰り際にたまたま、この前の交番とは違う最寄の交番の前を通りすがると、パトカーの中から何か重そうな荷物を担いだ警官が出てきた。
彼らは少し周囲を警戒している感じがする。
通りがかる俺の方にも少し厳しい目線を向けていた。
もう一人も違う物を担いでいた。
それを見た瞬間に強き衝動が全身を襲う。
この御都合主義レベルとしか言いようがないタイミングの良さこそ、あの「俺の中のあいつ」が齎してくれる物なのだ。
(これはっ!)
俺は迷わず、その二つの長細い黒いバッグに仕舞われた物体を超高速収納コピーしてみた。
一瞬肩に担いだそれが軽くなった気配を敏感に感じたものか、その警官達は荷物を一瞬降ろして確認するようだったが、ちゃんと中身はあるので安心して中へと入っていた。
さすが警官は一般人とは違って鋭いな。
あれを気付かれたのは初めてだぜ。
(ドキドキドキドキ)
俺はもう車を出して、そこから全力で家までの道のりの坂道をガツンっとアクセルを踏んで駆け上がっていった。
そして家に着いたら、ハアハア言いながらマンションの上層階の部屋まで駆け上がった。
俺は勇んで先程のバッグをコピーしてみてから、それらをアイテムボックスから取り出した。
片一方のバッグからは三十口径の国産ライフルが出て来た。
もちろん、それ用の弾薬も入っていた。
普段なら弾薬を他の場所へ別保管しておくのだろうが、今日は運搬の都合なのだろう。
それは狙撃銃として海外の警察からも御用命があるほどの名銃だった。
そしてもう片方からは、海保などでも使っている世界的に定番商品である9ミリ口径のサブマシンガンが弾薬と共に出てきたのだ。
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