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3 恐怖と戦慄の追撃

「な、なんなんだい? それは」


「わかりません。

 突然、列車も車も街の外へ行き来が出来なくなったそうで。

 列車なんかは凄い大事故が起きて大騒ぎになっているんですが、本当に知らないのですか」


 聞いていない、というか知ろうともしなかったが。

 スマホでネットすら検索していない。


 あのいきなり身に付いた変な能力のせいで、食い物や物資の確保だけに夢中だった。

 何かそうする事が必要だったとでもいうように、激し過ぎる内なる強い衝動が止まらないほど山盛りに押し寄せてきていたし。


 きっと、いつもの感覚のせいなのだ。

 普通ならば、こういう非常時にはもっと他にする事もあっただろうに。


 俺は内心で『あいつ』に問いかけた。

 俺の中にいるあいつ、もう一人の俺のような者に。

 時と空間を越えて何でも知っている全知のあいつ、『俺の中のあいつ』に。


「なあ、そうなのか?」


『災厄の予感 最悪・災害・滅亡・ソナエヨ。パラベラム』


 俺の頭の中を白抜き括弧で表される、とんでもない語句が駆け抜けた。

 それ自体はいつもの通りの出来事だ。

 しかし、その内容はそうではなかった。

 なんだ、そりゃあ。


 災厄? それに『戦いに備えよ(パラベラム)』だと⁉


 このように奇天烈な脳内を流れていく白抜き文字ビューなんていう物は、俺にはよくある事なのだが、その内容はよくあるでは済まされないアボカリプス的な代物だった。

 今回は、そんなにヤバイのか!?


 だが奴はもう何も答えなかった。

 最初の答えが全てなのだ。

 これもいつもの通りだ。


 ソナエヨ、パラベラムか。

 昭和生まれのガンマニアなら、中学生時分に『9ミリパラベラム弾』の由来から習い覚えた言葉だな。

 俺はもう帰る予定だったのだが、駅に近い方面に来ていたので駅へ寄って様子を見てから帰る事にした。


 駅まで、ここから自転車で十五分もかからない。

 場合によってはこのまま駅から一旦市外へトンズラしてもいいくらいだ。

 もう部屋も綺麗に片付けてあり、車も持ち歩いているのだし。


「あいつ」が災厄だなんていうからには、これから本当に碌でもない事が起こるのに決まっている。

 俺は、あの真っ赤な円で囲まれた地図を思い出していた。


 あれが意味する事はわからないのだが、あれが関係していることに疑いはない。

 だから奴は最初にあれを見せてくれたのだ。

 あの変な能力も、おそらく「俺の中のあいつ」の仕業だ。


 そして私鉄の駅員からは更に衝撃的な事実を知らされた。


「どこかでニュースとかを見ていませんか?

 電車は完全に不通です。

 線路自体が完全に破壊されていますので復旧の目途が立ちません。

 JRも同様です。

 高速道路も幹線道路も。

 いや、それよりも、あの厄介な壁が問題です。

 全ての道路もあれで遮断されていますので、物資はまったく届かないのです」


 な、んて、こった。

 壁だと? 壁?


「壁って一体、何のお話です?」


「今朝、突然この街の中心部に透明な壁が出来たのです。

 ぐるっと円形にね。

 それは決して何物も通さず、ただそこにあるのだと。

 もう訳がわかりませんよ」


 あれかよ!

 あの、如何にもヤバそうに表示されていた真っ赤な円か。

 あれが目に見えない壁になっているのだと⁉


「そして、その壁が現われたタイミングで不幸な事に走行していた列車が円の中に挟まっており、高速で壁に激突したのです。

 あまりにも間が悪すぎました。


 集中してその区間を走っていた七本の列車が壁に衝突し、その全てが大破しました。

 まるで終点駅の行き止まりに突っ込んだかのように。

 外から壁にぶつかった列車もあります。

 鉄道会社も事態を把握出来ずにいたので列車を止められませんでした。

 

 それどころではなく、突如現れた堅固で不可視の壁に時速百キロ以上で正面からぶつかった訳で、先頭車両は跡形もないほどひしゃげて潰れてしまい、残りも直進状態で真正面に向けて潰れたので凄惨な有様でした。


 乗っていた方は、その殆どが亡くなられました。

 運び込まれた怪我人で市内の病院も完全にパンクしています。

 通勤時間帯なのが災いして、死者数千人に達する大事故でした。

 へたな大地震なんかよりも悲惨な状況だったのです。

 壁の正体はまだ判明していないそうで。

 いや本当に困った事になったものです」


 な、なんという事だ。

 こいつはヤバイ。

 これからどうするべきか。


「上空からヘリとかは中に入って来られるのですか?」

「ええ、既に自衛隊のヘリが何機かやってきているそうですが」


 よ、よし。

 ヘリをチャーターして空から逃げるか。

 往復一時間くらいなら二十万円くらいで借りられるはずだ。

 あの円の外に出られれば大丈夫なはずだろう。


「どうも、ありがとう」


 俺は早速スマホでヘリチャーターの検索をして電話をかけてみた。


「もしもし」

「もしもし、こちらは名古屋第三航空です」


「あのう、今からヘリのチャーターって可能ですか?」


「すみません。

 現在、ヘリコプターの一般チャーターは出来ません。

 周辺のどこの航空会社もそうです」


「え?」


 社員の方の申し訳なさそうな声が、続いて絶望を伝えてきた。


「もしかして、例の事件の被災者の方ですか?

 大変なところ申し訳ありません。

 現在災害地区付近の空域は自衛隊が統制しており、民間機は勝手に飛行出来ないのです」


「なんですか、そりゃあ」


 確かに大災害の直後は被災地の空域を民間機が飛べないけど、もうそんな扱いになっているのか。


「御力になれなくて本当にすみません」

「そうですか。ど、どうも」


 うわあ、これじゃ逃げ出せないじゃあないか。

 一体どうするんだ、これ。

 地震なんかと違って、空以外に逃げる道がないというのに。


 俺は仕方が無いので家へ帰る事にした。

 ついでに駅でやっているファーストフードとかも全種類仕入れて、駅の近所の居酒屋でヤケ酒にした。

 入り口に、本日半額と黒板に書かれてあったので。


「いや、店をやっていてくれて助かったぜ」


「はあ。

 自家発電も、もう明日は無理ですので冷蔵庫も動きません。

 こんなビルのテナントじゃ太陽光パネルも設置出来ないですし。

 材料の在庫は本日なるべく出してしまわないと駄目になってしまうだけですから。

 後は材料も腐ってしまうだけですので、本日は料理も半額提供ですから、宜しかったら御好きなだけどうぞ。

 ただし、通信の関係でクレジットカードが使えませんので支払いは現金で御願いします。

 あとトイレが真面に使えませんので、それに関しては御了承ください」


 ヤバイ!

 俺は片っ端から料理や酒を頼んだ。

 そして、出て来たそれらを次々と皿ごとグラスごとコピーしまくった。

 

 なんという事だ。

 もちろん、今食う事も忘れない。


「お客さん、いい食べっぷりですね」


 さすがに店員が目を丸くしていたが、そのような些事を気にしている暇などはない。

 全メニューを制覇すると、また違う開いていた店へと入っていき、同じ事を繰り返し、都合四軒ほど梯子しておいた。

 怪しまれないよう皿を空けるために料理のみでも収納した。

 とてもじゃないが全部は食えないので、かなりの料理を食わずに収納しておいた。


 ふう、これで店が閉まっていても当分は美味い料理を楽しめる。

 当然支払いは、まるでぼったくりバー並みの料金となり、相当な現金を使ってしまったが後悔は無いぜ。

 だから『あいつ』が金を降ろしてこいって言ったのか。

 いや言わずに御知らせをしてきただけだけどな。


 もう俺は既にかなりへべれけな状態で、とてもじゃないが当然自転車にも乗れないので、自転車をシルバーカー代わりにしていたのだが、川を越えた辺りでふと気になった。


 左方にある公園というか神社というか、その方面がだ。

 そこは例の円の中心にあった場所だ。

 そして、そこを見ているうちに段々と俺の顔は引き攣っていった。


「なんだ? 一体なんだ?」


 得も言われぬ恐怖の悪寒に身が震えて、嫌な汗が止まらない。

 俺は一気に酔いが醒めてしまった。


 戦慄に体が、心が激しく慄いた。

 俺自身の何もかもが軋み、体の奥底から突き上げてくる凄まじい衝動が、激しく俺を急かし強引なまでに無理やり動かした。


 俺はその場で飛び上り、無様な悲鳴を上げながら、その場から逃げ出した。

 何かから逃れるように、尻に帆かけて。


 その今まで俺がボケっと立っていた『処刑場』の大地から!


「ひいっ! ひい~」


 自転車でも酒を飲んでいれば飲酒運転になるのだが、それどころの騒ぎではない。

 俺は何というか、上手く言えないのだが、まるで恐怖そのものに追われるかのように自転車を漕ぎまくった。


 国道一号の階段付きの歩道橋を、自転車は一旦収納に仕舞ってから必死に自前の二本足で駆け上がり、また自転車を収納から出して更に家までの坂をしゃにむに、ひたすらに自転車を漕いで駆け上がっていった。


 おっさんの息は完全に上がってしまい、坂の頂上で荒い息を吐いていた。

 極度の緊張を強いられていたせいか、幸いな事にゲロを吐くような事態にはなっていない。


 運動不足のせいで、いきなりの激しい運動にガクガクする膝をなんとか宥めながら、俺は自転車に跨った体勢のまま、やっとの事で後ろを振り向いた。


「なんだ? あそこに何がいるっていうんだ? 何が恐ろしいというんだ」


 だが俺の中のあいつは答えてはくれなかった。


 俺は、収納から9ミリ拳銃を取り出した。

 軽くスライドを半分ほど引いてみると、排莢口からマガジンに収まった弾薬が覗いていた。


 被甲された弾丸の輝きを、スライドを戻して再び封じ込め、そいつを両手で握り締めると何故かホッとして全身から力が抜けるのを感じた。


 自分でもよくわからない理解不能な安息感。

 俺は銃をアイテムボックスに仕舞い、再び自転車に跨った。


 そして、ゆっくりと引力に引っ張られながら坂を下りていった。

 ほどなくして自宅マンションへ辿り着いたが、それはまるで魔王の城のように聳えていて、無力で無様な俺を見下ろしていた。


 くっ。

 ここから上層階まで階段で上がるのかよ。

 もう無理、体力の限界だ。


 俺は自分の車をコピーして取り出して、俺の割り当てられたいつもの駐車スペースに置くと、その中に毛布を敷き後席で足を曲げ気味にして寝転がる。

 それから御守り代わりの拳銃を抱き締めて掛け布団を被った。


「おっさんのリメイク冒険日記」コミカライズ8巻、本日2月24発売です。

 頑張ってよく続いております。

 自分が思っていた以上に御支援をいただけているようなので、このまま行けば、そのうちには帯に部数が載るのではないかと密かに期待しておるのですが、如何なものでしょうか。 

https://syosetu.com/syuppan/view/bookid/6287/

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