48 帰還(フォーリン)
「よおし、エブリバディ。
出発だあー」
そんな事を陽気に叫んでいらっしゃる、この『筏』の船頭たるアルス。
もちろん、とうに出発して魔力嵐に翻弄されながら木っ端のように流されている状況なのですが。
というのは、一見凄まじい奔流の中を流されているだけのように見えますが、それは実は只のポーズで、本当は単なる『ポジション取り』をしていただけのようなのです。
何か大きな破片とかが飛んでくればアルスが魔法で弾き、どちらかというと「上方」に向かって進んでいたように見受けられましたので。
最適な(最長の)スタート位置を求めての行動ですね。
そして『アトラクション』はスタートいたしました。
すぐ頭の上で、ついに空中庭園が大爆発したのです。
うわあ、まるで星が真近で爆発したみたい!
四方八方へ四散する流星の海の只中にいるようです。
その号砲による衝撃などは、もちろん我らが重力王様の能力により防いでいてくれています。
音はサイレントの魔法を誰かが使ってくれているみたいなので、頭が破裂するような気分は味合わなくて済んだようです。
きっと、このツアーの『主催者』による心配りなのでしょう。
「お、落ちるー」
そんな情けない事を言っているのはアレーデです。
もちろん我々が乗っている空中庭園の天井は落下していますが、我々はそこから実際には落ちません。
我々の乗った瓦礫は、ほぼ垂直に近い角度で凄まじい下方への流れに乗っていますが、我々の体は繊細極まる熟達な重力魔法により『乗物』にピタっと縫い留められているからです。
なんて細かい魔法の操作でしょう。
きっともうスキル化しているのではないかと察します。
私も魔法使いの端くれなのですからわかります。
我々乗客は大地に対して『体の真正面に向かって落ちていく』スタイルで乗車しております。
これは物凄い迫力です。
「うはあ、これは凄いな。
いや楽しい。
済まない、メリーヌ。
私はこんな状況でも、今凄く楽しい」
「心配しないで、シド。
私も楽しいです(アルス、グッジョブよー)」
何しろ、このような赤の他人同士の男女でも恋が芽生えてしまいそうな物凄い吊り橋効果的なシチュエーションで、愛しい彼にべったりとくっついていられるのですから。
このように壮絶な事象の中で愛しい方と共にスリルを味わう経験なんて、王宮では絶対に出来ないのですからね!
「ひょおおう。こいつはスゲエや」
風魔法が得意な公女様にも、大気を垂直に切り裂く『船下りアトラクション』は大好評なようです。
私達二人は座り込んで互いを支え合うようにして抱き合っているのですが、彼女は両手を左右に広げて立ったままバランスを取って楽しんでいます。
さすがは風姫と異名をとる御方だけの事はあります。
極嵐という二つ名の持ち主でもあらせられますしね。
「うーん、まあまあかな」
「ええっ、これすっごく楽しいじゃないですか、おばさま」
王国の盾の方々も、今は特に仕事をする必要はないので結構楽しまれているようです。
一応はエリスさんが私達の隣にいて、アレーデの面倒はエンデさんが見てくれているようです。
まあアルスがわざとやっているのですから、危ない事なんか何もありませんがね。
ですが、どんなに楽しい時にも終わりがあるものです。
やがて眼下に祖国アルバトロスの大地が大迫力で迫ってきました。
フィナーレを飾る鐘の音として、アレーデの情ない悲鳴が響き渡ります。
そして急角度に曲がって着陸態勢を取った後にフィニッシュした着地も、土砂を巻き上げて凄まじく派手にゴールを決めてくれていたのでした。
重力魔法の制御により衝撃は最小限に留められ、危険を感じるほどのショックは伝わってきません。
しかも風魔法を併用して、砂塵を綺麗に回収してくれる気配りも添えて。
「ふう、楽しかったな」
「エンデおばさまも、なんだかんだ言いながら結構楽しんでいるじゃないですか」
「いいじゃないか。
最近はこういう粋な仕事もめっきり減った事だし、たまにはね」
「こんな災難がそうそうあったら堪りませんがね……」
「そういうアレーデだって思いっきり楽しんでいたじゃないの」
「そりゃあ、これは安全な乗物なんですから楽しみますよ。
姫様だって、あれだけシド殿下の胸の中を堪能しておいて人の事が言えるんですか?」
「う、いいのよ。
何を言われようが、今私は幸せなの!」
「はーい、御乗車の皆様方。
終点に到着いたしましたので御降り願いまーす。
御忘れ物は無きように。
ただ今御乗車いただいたこれは、王国から貸与された収納袋に仕舞ってしまいますからねー」
そして私は気が付いて彼に訊いてみました。
「あの、あれの残りの破片はどうなったのかしら。
領内の随分とあちこちに落ちてしまったんじゃあ」
「大丈夫、全部僕が重力魔法で捕まえて、地上へ降りる前に残らず収納袋に突っ込んでおいたから。
僕が到着する前に砕けて帝国内で落ちた分は知りませんけどね。
しかし、この収納袋って凄い性能だ。
いや羨ましいな」
彼の重力王の称号は伊達ではなかったようです。
しかし、うちの収納袋はマジで凄い性能です。
さては王宮の宝物殿から持ち出してきた、初代国王様謹製である特製の物なのでしょう。
うちの御母様は強引な人ですので。
「それならよかったわ。
あれだけの重量のある物が王国領内に落ちていたら大変な事になっていたかも。
思っていたよりも大惨事でした」
まあ帝国の空にいた間はそれなりに破片が帝国領内に落ちてしまったかもしれません。
それでもまったく表沙汰にはならないのでしょうけど。
そんな事をしたら帝国の連中も自分の悪事を自分で公表するようなものでしょうから。




