47 大崩壊
「シドっ」
「メリーヌ!」
ひしと抱き合った二人。
それを収納袋から取り出した果実水で喉を潤しながら見物している他の衆。
そして、おそるおそるアルスに御伺いを立てるアレーデ。
「ところで、あのですね、アルス様。
そのう、つかぬ事をお伺いいたしますが、もしかしたら私達はこんな悠長な事をやっている余裕はないのでは。
あの、直に爆発しますよね、ここ」
「うん、もちろんそうだけど」
「え、本当に大丈夫なんですか⁉」
「大丈夫さあ。
もう支度はとっくに出来ているんだから。
あとは、あの人達次第なのかなあ」
そう言って、熱い涙を流しながら堅く抱き合う二人を指差すアルス。
「う」
超敏腕をもってなる腕利きの侍女として、あの主の超感動タイムに水を差すなどとんでもない話である。
とはいえ、このままではせっかく助かったにも関わらず、皆が木っ端微塵の運命。
彼女にしては珍しく、激しく逡巡するアレーデ。
だが迷わない御方はいらっしゃった。
「エリス」
「はい、おばさま」
そう言って、エリスはつかつかと力強い歩みで二人に迫ると、無情に言い放った。
「ちょっと失礼しますよ、御二人さん」
そして抱き合ったままの二人を両手で斜めに抱え上げて小走りに戻ってきた。
さすがの王国の盾パワーであった。
「あの、エリスさん?」
「うぬ。王国の盾め、なかなか強引だな」
「喧しいぞ、この色気づいたジャリどもめ。
そろそろ空中庭園最期のシーンなんだから、死にたくないんならもう降りるぞ。
乳繰り合うんなら続きは下でやれ!
もうすぐ『感動のラストシーン』なんだからな。
それとも抱き合ったまま、お前ら二人だけでここに残るか、あん?」
「エ、エリスさん、言葉遣いが乱暴ですよ~」
「そうか、もう落ちるか」
だがそこでアルスは平然と彼らに言い放った。
「エリスさん、せっかちだね。
まだ深呼吸二回分くらいは時間に余裕があったのに」
「じゃかあしいわ!」
「え?」
「そうか。そいつは『お時間です』っていう奴だな」
そして間髪入れずにそれは始まった。
ビッグスペクタルな崩壊が。
揺れる。
強引に重力魔法の頸木に繋がれていた仮初めの大地がコントロールを失ったかのように揺れ動く。
一行も立っていられず、全員が膝を着いたり座り込んだりしてしまっていた。
「おい、これ本当に大丈夫なのか、アルス」
さしものエンデも思わず顔を顰めた。
とても脱出に相応しい雰囲気ではない。
「平気、平気。
こういう非常事こそ、僕の能力の真骨頂なんだから。
じゃあ、みんな行くよ。
しゅっぱーつ!」
そして重力魔法を断ち切られた、そのかつては天空島の天井であった区画の一角が、暴風に引き千切られた屋根の一辺が吹き飛ぶように弾け飛んだ。
まるで激しい流れの大河にて巨大な滝の直前に繋がれていた筏において、その繋いでいたロープを断ち切って滝壺へ堕ちていく儀式であるかのようだった。
「うわあああああ」
叫んでいたのは侍女のアレーデだけで、主であるメリーヌ王女は愛する人にしがみつく機会を堪能していただけであった。
◆◇◆◇◆
揺れます!
揺れています。
なんて激しい。
これが我が祖先の残した空中庭園最期の姿。
なんという事でしょう。
アルバトロス王国千年の遺産が、この私のためにこのような最期を遂げてしまうなんて。
呆然として、その凄まじい最終分解劇を目の当たりにしながらも、愛しい人の腕を命綱のように握り締めている私。
「メリーヌ、この惨状は君のせいなんかじゃない。
これは皆、あの帝国が悪いんだから」
「シド……」
他の皆さんが、「お前ら、こんなところでよくやるなあ」みたいな顔で呆れて見ておられますが、そんな物は気になんかしてはいられません。
今の私には、圧倒的にシド成分が不足しているのですから!
しかし、これはまた凄まじい光景です。
魔力嵐とはよく言ったもので、大暴走する魔力が巻き起こす風や荒れ狂う大型の破片などが渦を巻いて、また無軌道に吹きすさんでおります。
でもシドの胸の中にいる今の私に怖い物などありません。
そして、そんな中でアルスが私に向かって悪戯そうな目付きでウインクしてきます。
もしかして、これは。
満面の笑顔を友としたアルスは、片手でこうなんと言いますか、まるで船が荒れ狂う海を翻弄されるかのようなジェスチャーをしています。
なんとなくSランク冒険者の気遣いが伝わってきますね。
少なくとも、このアルスはそういう気遣いに関してもSランクのようです。
「レッツ・ショーターイム!」
「え、アルス。
何を始める気だ、お前」
エンデさんが胡乱そうに問いかけましたが、彼はにっこりと笑って、こう言い切りました。
「みんな!
こんな凄い光景を、その真っ只中で体験出来るなんてきっと一生に一度の事なんだから、大いに楽しもうじゃないか」
「あのなあ」
「いいね!」
もちろん、そのいの一番に乗る賛同者はセネラ公女その人だった。
「では御伴しますよ」
ああ、エリスさんもそっち方面の人でしたか。
同じ王国の盾の一族でも、やはり若さが勝りましたね。
「やれやれ、代金は払いませんからね」
そう言いながらもちゃっかりと、空も飛べる能力を持つ王国の盾のおばさまにしがみつく我が友。
そのちょっと楽しみといった感想を顔に張り付けている様子は、いかにもアレーデというべきなのでしょうか。
相変わらず、いい根性をしています。
そして愛しの我が君といえば。
「メリーヌ。君と一緒ならば、どこへでも」
「はい、シド」
だって、せっかくのアルスの御厚意なんですもの。
ここで乗らずにどういたしましょう。




