45 魔力嵐
灼熱の塊、氷の嵐、そして揺れ動く足場。
しかも、あちこちが崩れて削れて行く最中の戦いであった。
風魔法の刃が灼熱の鎧にぶつかり、削れた鎧の破片が大量の火の粉を散らし、そして炎のスキルの鎧はあっという間に再生する。
灼熱塊と物理シールドがぶつかって、その境界が赤熱してスパークを散らし、重ね張りしてあったシールドが消滅する。
そして、その残滓を無敵の盾が食い止める。
こんな事を屋内でやっていたら大惨事は必至であった。
そのためにバランが戦場を外へ持ち出したのだ。
スキルを延々と行使するバランに対し、盾係は二手に分かれているために防御魔法の消耗が激しい。
シールドなどの防御魔法で魔法力を消耗するため、それを補うために補充のためのポーションの消耗も激しい。
しかし二手から攻撃しないと、バランを相手に長く持ち堪えられないだろう。
「この要塞は、後どれくらい持ち堪えられる?」
「さあね。
あたしはこれの専門家じゃないし、たぶん専門家なんて者すら現存していないよ。
強いて言うのであれば、中で王女様と一緒にこれを動かしているらしい侍女さんが、今一番詳しいのかもね」
「これは今動いているのか」
「みたいよ。
気が付かないかい。
船が進むような感じに体が東の方面へ持っていかれている事に。
どうやらアルバトロス方面へ向かってね。
賢い子達さ。
こんな物を帝国領内へ落とすとまた七面倒臭い。
自国の領土上空で爆発させるつもりみたいよ。
へたに元の進路である海へ出すよりはそっちの方が確実に帝国領土外へ進めるだろうし、こっちへ向かう援軍と合流するつもりなんだろう」
「そ、そんな事をして大丈夫なのか⁉」
「たぶん爆発するのはコア部分だけ。
他の部位はバラバラになるだけさ。
だから今も無事に原形を留めている。
被害は最小限に留まるだろうよ。
まあ落ちるのは時間の問題なんだけど。
あの子達は今、時間と戦っているのさ。
まあそれに関しては救援を待っているこっちだって同じような物なんだけどね」
「そうか。
ならば我々も頑張るとしようか」
「ああ。
ん? 何かおかしいな」
「何がだ?」
だが、すぐにシドも気付き始めた。
何かこう魔素が乱れているというか、魔力の流れに影響が出ている。
「確かに! バランの奴が何かしている?」
だが、そうではなかった。
「エンデおばさま、大変だ。
魔素の流れが凄く乱れている。
これはきっと、この超巨大な魔導設備である空中庭園が崩壊しだしているせいに違いない。
魔法が、魔法が上手く使えなくなってきた」
エンデほど魔法に長けていないエリスは、一早くその影響を受けだしていた。
「シド、あたしもなんだかヤバイ」
セネラからも苦しそうな苦鳴が届く。
そしてバランの高笑いが響き渡った。
「ふははは、未熟な小僧っ子ども。
ようやく気付いたか。
こういう時には魔力嵐という物が起きて、魔法を凄く使いにくくなるのさ。
この空中庭園という凄まじい魔導の怪物が堕ちる時には一体どのような魔力嵐が起きる事か。
俺はこういう事には慣れている。
さて、それでは本番といくか。
さっさと邪魔者を片付けて姫君を迎えに行かねばならんのでな」
「くっ、仕方がない。
エリス、我々がそっちへ行く。
もう少し踏ん張れ!」
そしてバランの攻撃を凌ぎつつ、シドを抱えて飛んだエンデ。
ただでさえ制御の難しい飛行魔法が、もうふらふらな状態だ。
この床のあるところだからなんとか短距離なら飛べたが、もう空中からの脱出には使えない。
今も、浮遊魔法のレビテーションを併用する器用さでなんとか一息に飛べたのだ。
「おばさま、これからどうする?」
「むう。そっちの風魔法を使う娘。
この魔力嵐の中で、自力で飛んで脱出できそうか?」
問われて力なく首を左右に振るセネラ。
「そうか。
では籠城だな。
ところで、このタイミングでトイレに行きたい人いる?」
あまり笑えないジョークに全員が力なく笑ったが、エンデは肩を竦めた。
「ならいい。
後になって途中でトイレに行きたいと言っても許さんからな。
特にエリス」
そう、今はエルシュタインが二人がかりで、魔法抜きのスキルのみで攻撃を持ち堪えているので、片方が抜けるとバランの攻撃に耐えられない。
向こうは本気で殺しにかかってきているので。
そうなると今度はまた、数に限りのある貴重なアイテムの御世話になる破目に。
それもエンデが行使するぎりぎりな状態の魔法で、たまに弱く抜けてくるバランの攻撃をかろうじて防いでいるため魔力消費が大きくなり、貴重なアイテムの消耗が激しい。
「シド殿下、もう少し頑張れるか。
魔法の相性からいって、あなたの攻撃が一番有効なのだが」
「ああ、魔力量自体はまだ大丈夫だと思うが、魔法の威力が大幅に落ちているから牽制くらいにしか役に立たない」
「十分だ。
護ってばかりじゃ、そのうちに奴の攻撃で空中庭園の底が抜けるかもな」
ここにいる全員が、バランが何層にも渡るぶ厚い金属製の床を纏めてぶち抜いた芸当を見ていた。
奴が拉致したいメリーヌ王女が中にいるので、今はそこまでの狼藉はしないようであったが。
そのうちにタイムアップすれば、バラン以外は魔法を使えずに空から真っ逆さまで、後は御姫様一人を攫っていくだけの簡単な御仕事なのだ。
だからバランも無理はしなかった。
不敵な笑みを浮かべて距離を保ったまま、嬲るような感じに本気ではないだろうスキル攻撃を絶え間なく持続している。
それが彼にとり一番有益な道であった。
どの道シドも始末しておかねばならないのだし。
だが、スキルによるやたらな攻撃を加えると不用意な空中要塞の崩壊を招き、中にいる王女に危害が加わる可能性もあった。
やがて彼らは疲弊し、手持ちの魔力ポーションも尽きる。
むしろバランは早い段階での空中庭園の自然崩壊を待っている節さえある。
「ふふ、よい魔力嵐だ。
嵐の風のように心地よい」
そんな事を嘯きながら、口元へ微かな笑みさえ浮かべていた。
「くそ、なんて奴だ。
あいつだって、魔力嵐の影響を受けていないなんて事はないはずなのだが。
ああ、最初に進路変更されていなければ、もうとっくに救援が来ていただろうに」
そしてエンデのボヤキに反応するかのように、無情にも天空の大地は罅割れ、崩れ、砕けていった。
断末魔として強大な魔力嵐を奏でながら。




