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44 炎のゴング

 表というか、もはや崩れかけ始めた空中庭園の上面に立つ二人。

 空中庭園上部に在った構造物は倒壊し、銀色に輝いていた砲台も全て溶け落ちていた。

 飄々とマントをはためかせるバランに対し、白を基調としたハイドの礼服というか、王族の着る軍事用の軍礼服というか、愛する女性の救援のため敢えてそういう物を着込んできて勝負に臨むシド。

 まさに勝負服であった。


「小僧、いつでもいいぞ」

「では御言葉に甘えて」 


 次の瞬間にバランの背後から無言で襲う影。

 凄まじい切れ味の風魔法を纏わせた刃がバランを襲った。

 だが影は地上に誕生した太陽のように燃え上がった。


「セネラ姉!」


 どうやらバランを相手にするのは非常に分が悪い戦いであるという事はシド本人も理解出来ていたようだ。

 さすがはあのハイドの王子だけの事はある。

 決して露ほども思い上がってなどいない。


 そして勇敢なハイドの公女セネラは文句を言いながら立ち上がった。


「くそ、何故わかった」


 だが、その愚問は意に介さず鼻で笑った『Sランク冒険者』は、もう一つの影に目線を移動させた。


「なるほど、あの侍女がセキュリティを黙らせたから戻ってきていたか」


 そこにいたのはエリスであった。

 様子見に近づいてきたら対決が始まりかけていたので急遽援護に入ったのだ。

 通常の魔法によるシールドも併用しての、ぎりぎりの防御であった。


 こんなありきたりの奇襲が通じるような柔な相手ではないと肌で感じていたので、彼女の護りに入ったのだ。

 このあたりが厳しい修練を積んできた王国の盾たる者と、温い生活に甘んじて来た王子公女あたりとの感覚の違いであった。


「お前は」


 その存在に驚くシド。

 シドはセネラに頼んで風魔法で空中庭園へ乗り込んだのだ。

 強引に魔法を駆使して対空砲火を黙らせ、空中庭園上面の防御システムまで掻い潜り。


 彼女達が戻っている話は知らなかった。

 すかさずシドの傍に素早く現れたエンデがシドに挨拶する。


「シド殿下、助太刀いたす。

 というか、むしろそっちの方が援軍なんですがね。

 いやあ、本当に助かりますわ。

 こっちの援軍はちょっと怪しい状況でして」


 シドは黙って頷いた。

 彼はそのために頼りになる親戚まで連れてやってきたのだから。


 だが、いかに風魔法さえも使いこなすとはいえ、シドはそれが本領ではない。

 さすがに彼女に頼まないとシドだけではここまでやってこれない。

 来れたとしても魔力を馬鹿食いする飛行魔法のせいで、本番前に魔力が尽きてしまうだろう。

 そして一緒に戦場へ行くとなれば、セネラにとっても共に戦う以外の選択肢はない。


「そうだな。ここは帝国上空だからね」


「ほお。

 ハイドの王子ともあろう者が違法を承知の上で帝国上空へ不法侵入か。

 このアルバトロスの空中庭園とやらも」


「黙れ、皆お前達の奸計による結果ではないか」


 だがバランは不敵に嗤うのみであった。

 正直、四対一でも四の方が圧倒的に分が良くない。

 それほどまでの存在がSランク冒険者という者であり、またその中でも、このバランという二つ名持ちの強者は別格で圧倒的な存在なのであった。


「やれやれ、こいつとやりあう羽目になるなんて、今日はマジで厄日だねえ」


「おばさま、愚痴っている暇はなくてよ。

 なあ、そこのバランとやら。

 もうこの空中庭園が爆発するまで時間がないぞ。

 ここいらで御開きにせんか?

 それとも、ここで全員纏めてあの世に行くかい」


 だが更に嗤うバラン。

 それを不審そうに見るも、エリスは皆に声をかけた。


「どうやらこのおじさん、やる気満々らしい。

 こっちもやるしかないようだ。

 あの様子じゃ何か企んでいそうだから気を付けて」


 そう言う彼女の足元が既にベキベキと激しく音を立てて、向かい合って犇めく力同士が互いに軋轢の調べを奏でている。

 今にも真っ二つに裂けてしまいそうな、実にいい音を出している。


 音だけでなく左右の足を置いた部分がそれぞれ独立した挙動を示すようになってきていた。

 じっとしていても、体が揺れる揺れる。

 今は皹が入ってもなんとか持ち堪えているが、やがて砕けてバラバラになっていくであろう。


 まさにデスマッチにはピッタリの舞台であった。

 地球の電流金網地雷デスマッチが温く感じるほどの代物であった。


 そして死闘の開始を告げるゴング代わりに吹き荒れる、灼熱の熱塊。

 そいつを必殺スキルで受け止めたエンデもさすがにボヤいた。

 まさにスキルとスキルのぶつかりあいとなる死闘であった。


「ふう。

 こいつを一人で防ぐのは骨が折れる。

 シールドあたりと併用するしかないが、それだとそのうちに魔力切れを起こしそうだね。

 やれやれ」


「では、これを渡しておこう。

 こいつは魔力ポーションだ」


「いいのかい。

 そいつは助かるけど、王子様あんただって」


「私は魔力量には自信がある。

 あなた方にバテられると、あいつのスキルを防げない」


 見ればエリスもセネラから何本もポーションを受取っていた。


「わかった。

 御厚意には甘んじておくよ。

 しかし、問題はあいつのスキルだね。

 あの灼熱のスキルだけでも厄介なのだが、あいつは体をスキルの力で覆っているみたいだ。

 さしずめ灼熱の鎧っていうところかね。

 剣戟のような物理攻撃はあいつのスキルに耐えられそうにないし、少々の魔法は奴の鎧スキルで撥ね返しちまうだろう。

 あれをどうやって引っぺがす?」


「うーん、スキル化されている能力を打ち消すのは難しいな。

 まるで攻撃と防御を一体化させたようなスキルだ」


「ああ、まるで魔道鎧みたいな性質を持っているようだな。

 だが、あいつは必殺のユニークスキルだけに頼っていない。

 冒険者達からの情報によると、剣の腕も魔法の腕も超一流だとさ。

 正直に言って、我々だけで勝てるような温い相手ではない。

 せめて応援が来るまで持ち堪えたいもんだ。

 さっきは見事に放り出されちまった」


「応援? 一体誰を?」


「そりゃあ、あいつと同格の奴が来てくれるのを待つのさ」


「ああ、そういう事か。

 出来れば、自らの手で愛しき姫を守りたいものだが」


「王子様、あんたもうじき国王になる身なんだろう?

 それはもう少し修行を積んで、年季が入ってからにおし。

 ところで肝心の姫は?」


「まだ中にいるはずだ。

 外に出ると危ないからな。

 あの子は賢いし、あの有能な侍女が一緒だからきっと大丈夫だろう」


「あの御姫様は魔法も王家随一だしね。

 まあ自分の身くらいは自分で守れるか」


 そしてバランが静かに語りかけてきた。


「相談は終わったか?

 ならば参るとしようか」


 そして揺れ割れる崩壊寸前である中空の大地の上で死闘が始まった。


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