16-11 招かれざる客パート2
今夜、クリフト侯爵の家で夜会を開くという。
俺なんかにまでも御誘いの招待状が来ていた。
ちょっとゲン直しに行ってこようか。
ファルにどうするか訊いてみる。
「んー。おうち帰る」
ああ、あのデブの衝撃がまだ残っているのか。
俺も夜会へ寄ったらもう帰るとするかな。
とりあえずファルをケモミミ園まで転移魔法で送ってから大使館の馬車で出掛けた。
うちの大使と共にクリフト侯爵邸へ行くと、なんだか雰囲気が妙だ。
ざわついているというか、妙に騒がしいというか。
もしやと思ってマーカーを見たら……いたよ、あいつベッケンハイムが。
なんでここにいるんだよ。
回れ右をして帰ろうかと思ったら、いきなり背後から肩を掴まれてクリフト侯爵に捕まってしまった。
俺は小声にて侯爵の耳元で訊いた。
(なんで、あいつがここにいるんですか)
(こんな事はしょっちゅうなんですよ。
神出鬼没のやりたい放題で、帝国貴族も皆辟易しています)
顔合わせに丁度いい機会だとでも思ったのだろう。
それに俺が上手く奴を追い返してくれたら儲けものだと思っているらしい。
あまり気乗りはしないのだが、来てしまったものは仕方が無い。
諦めて屋敷の中へ入ると、参加者が皆この世の終わりのような顔をしていらっしゃる。
そこへ俺が登場したものだから更に絶望が深まったようだ。
なんだか申し訳ない事になってしまったな。
やっぱりファルに来てもらえばよかったか。
それとも、あいつも野生の勘で察知して逃げたのか。
本来ならば、俺だってそういう事は得意中の得意分野だというのに、なんて無様な事だ。
だが下手をすると、これすらも『俺の中のあいつ』が采配した可能性があるな。
その場合は何かヤバイ事になりそうな気が……。
そして案の定、あの馬鹿公爵はなんと真っ直ぐ俺に向かって絡んできた。
畜生、やっぱりセブンスセンスの奴に嵌められたか~。
「貴様がグランバーストとやらか。
この冒険者上がりめが!
はっ、アルバトロス王国の人間など、お里が知れるわ」
いや、すまん。
俺は日本生まれなんでアルバトロス王国なんて本当は関係ないんだわ。
そして冒険者上がりなのではなく、れっきとした現役冒険者なのだ。
生憎な事に冒険者としての仕事はまったくしていないのだがな。
俺は腹が立つよりも、思わず笑みが浮かんでしまった。
なるほどなあ。
王国の恥よりも完全にグレードが高いよな、これ。
何、以前帝国にいたリックほどじゃないさ。
あれは冤罪込みで全世界に放映してやったから、言うなれば世界の恥だな。
それからは『ベッケンハイム・コンサート』の開幕だった。
いや、濁声オペラといってもいいのか。
曰く、アルバトロス王国は歴史が古いだけの干からびた国家だの、やれとっととエミリオ王子を人質に寄越せだの、あのミレーヌとかいう王女は第二皇子にくれてやるはずだったものをとか。
もうとやかくとやかく。
御役所の、市民からのクレームを聞く部署の人みたいな気持ちで聞き流しておいた。
具体的に言うと、魔法PCでCDを再生し、ガツンとボリュームを上げて聞いていたのだ。
豚の汚らしい濁声も聞こえないようにサイレントの魔法もかけておいた。
まだ本物の豚の鳴き声の方が遥かにマシだわ。
そして俺は、いつの間にか立ったまま寝ていた。
その間に起きた奴の狼藉の一部始終は、自動撮影モードで出しておいたカメラアイのポッドが撮影していた。
俺が大きな鼾をかいている事にようやく豚公爵も気が付いて、凄い顔をしていたようだ。
周りの人間はとっくに気付いており、くすくすと笑って見ていて、公爵はカンカンになって帰っていったそうな。
何を言っても聞こえていないし、しまいに俺の顔を何発も殴ったら手を傷めてしまって、のた打ち回っていたらしい。
映像で確認したら右左二発ずつ、感情に任せて間髪入れずに殴るもんだから痛みがまとめて来たろうに。
HP800万もの耐久力を持つ人間を素手で殴ってはならない。
鋼鉄、いや魔法金属製の彫像を殴りつけるようなものだから。
俺が寝ていたので、左右交互に殴られる度に頭も景気良く左右に振られていて、いい具合の映像が仕上がっていた。
ついでに俺が派手に吹っ飛んでおけば最高の絵になったのに。
生憎と奴のパンチなんかたいしてダメージにならないので、俺は全く気付かずに立ったまま寝ていた。
大使に起こされて、気が付いたら奴はもう帰った後だった。
話を聞いて残念に思った。
「なんだ、俺に思いっきり殴りかかってくればよかったのに。
そうすりゃ今頃あいつの拳はぐちゃぐちゃだった」
瞬間沸騰型の男が、その場の勢いだけで殴りかかってきたテレホンパンチだからな。
所詮は、せいぜい平手打ち程度のもんだ。
「しかし他所様の国の高位貴族に向かって、いきなり殴りかかったのには驚きました。
御付きの人も真っ青になって止めていましたけど。
何せ、その殴られている人間の国の大使がいる目の前ですからな。
他の帝国貴族の方もたくさんおられる前で」
なんて嬉しそうな顔をするのだろう、このタヌキ。
まあ俺が大使の立場でも嬉しくて嬉しくて踊っちゃうような展開だけどさ。
うん、あの公爵は生かしておいて、俺とじゃれてもらうだけでいいかもしれない。
それだけで帝国が王国に対して二度と頭が上がらなくなってしまいそうだ。
ついでにファルも絡めてやったら帝国中の貴族が頭を抱えそうだ。
そんな時でも、あの第二王子は女とハッスルしていやがるのに違いない。
もういっそ、自分のランクをSSSランクにまで上げて名誉公爵位を手にし、俺も公爵なんだからとあのデブに粘着してやるのもいいかもしれない。
転移魔法を駆使して、行く先々に纏わりついて因縁を付けてくれる。
こっちは先に一発もらっているんだからな。
正確には四発か。
どっちかっていうと、俺も本当はそういう根暗で陰湿なやり方の方が得意なんだが。
いけすかないだけの奴だと思っていたが、玩具にして遊ぶには都合がいいのかもしれない。
それだけで王国は帝国に勝利宣言できそうなほどだ。
あのバカ、帝国の恥どころか大陸の恥級だな。
大使は今回の件について大問題にしてやったらしい。
向こうの文官達も相当顔色が青かったという。
何しろ、大使本人がその絶対にあってはならないような狼藉の目撃者なのだからな。
これがその辺の雑魚貴族が相手なのだったら、まだ帝国の連中も強気だったのだろうが、相手が俺であったのとファルが訪問していた時期の出来事だったので、彼らも全面降伏するしかなかったようだ。
もちろん大使はその事実を帝国内で大いに広め、事ある如くに機会を捉えては大袈裟に吹聴して回った。
そこまで大問題になっていたのに、あの第二皇子は姿一つ見せなかった。
普通なら第二皇子が表に立ち、派閥の人間の粗相を軽く謝罪してさっと手打ちにするのだが、それすらも出来ない無能。
いや、最初から謝罪する気もないのだろう。
そんな事があった事にすら気が付いていないかもしれない。
この事実は帝国全土に、第二皇子のクーデターに対して猛反発する機運をもたらし、皇太子の復権を望む声が一気に高まった。
今までは粛清を恐れ、小声でしか話されなかった第二皇子シャリオンへの不満が国中に大声で響く事態となった。
アルバトロスの間諜どもも話の拡散のために、ここぞとばかりに活躍したことだろう。
それは貴族や文官だけでなく、一般市民や、果ては獣人奴隷の間でさえ囁かれる始末だった。
そして、その奴隷の狼藉を咎めるどころか、取り締まる連中でさえそれに同調する有様だった。
この件の御蔭で一番笑っていたのは、何を隠そう全ての黒幕である疾風のミハエルその人であったのだ。




