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43 対決灼熱のバラン

「さ、姫様。頑張って」

「え、ええ。きゃっ」


 激しく傾ぎ、揺れ動く空中庭園。

 それは強振動と相まって、度々私達二人の足を止めにかかります。

 一度横座りになってしまい、そこから膝立ちになりながら思わず溢す不安と焦燥。


「あの二人どうなったのかしら」


「さあ。

 でもそう簡単にやられてしまうような御二方ではありませんから。

 なんたって王国の盾の一族の方なのですから。

 いや、あの一族の方が二人いてくれなかったら今頃はもうアウトでしたね。

 後は救援を待つために脱出するだけですわ。

 早く非常口まで辿り着かなくては」


「そうはいかん」


 ぎょっとして振り向いた私達二人のすぐ目の前に、なんとバランが立っていました。

 敵はもう、すぐ背後まで迫って来ていたのです。

 もう、いかにも仕事は終わったと言わんばかりの表情で彼は立っていました。


「ええい、アイスランス!」


 ですが、彼の前に突き出した掌は、その人の背丈の二倍はありそうな氷柱を遮り、まるで見えない大拳で握り潰すかのように私の氷の槍を事も無げに溶かしてしまいました。

 炎には氷、そのような単純思考の戯言は、とてもではないですが通用しそうにない相手でした。


 その後何度も大量の氷の槍をぶつけてみましたが同じ為体で、床に氷柱の残滓となる水溜まりを作る事さえ叶いませんでした。


「う……」


「もう抵抗はよせ、メリーヌ王女。

 逆らわずにこのまま大人しく捕まるのであれば、そこの侍女の命は助けてやろう。

 どの道もう逃げられん。

 わからんのか? ここは帝国領の上空だ」


「え、そんな馬鹿な。

 この空中庭園は、他国の領空を飛ばないように海上を進むようになっているはずなのに」


 それを聞いたアレーデは慌てて魔導キーで座標の確認をしたけれど、力なく肩を落とした。


「姫様、駄目です。

 本当でした。

 ここは帝国領土の真上です。

 王国騎士は帝国領へは入れません。

 なんて事……」


「あう……」


 あのアレーデが力なく項垂れてしまったのを見て、思わず力が抜けてペタンと腰を落としてしまいました。

 もう騎士団も王国軍も私を救出にやってこれません。

 それでは全面戦争になってしまいますから。


 彼らSランク冒険者だけは来てくれるでしょうか。

 それでも、この国の事ですから国境で阻まれかねません。


 ああ、シド。

 御父様、御母様。

 そして兄様や他の姉妹達。

 私はもう、彼らのところへ二度と帰れないのでしょうか。


 ですが、その時。

 天井から白い物が漂ってきました。

 それはやがて凍り付き、天井に氷の膜を作りました。

 先程溶かされた氷の影響で、そういう物が出来易くなっているようです。


「こ、これは、まさか。

 いえ、きっと!」


 そして、その氷を震わせて、今私が世界で一番聞きたい声が放たれました。


「メリーヌ、助けに来たぞ。

 私だ、シドだ」


「ああ、シド!」


 私は思わず涙が零れてしまいました。

 泣いてしまっていていいような時ではないのに。

 シドが助けに来てくれたのも嬉しかったけれど、その声を聞けたのがもう嬉しくて嬉しくて。


「ほお、ハイドの氷雪の貴公子か。

 これは都合がいい。

 いずれ、お前も片づけねばならんのだからな。

 これこそ、まさに一石二鳥というものよ」


「ほざけっ。

 貴様がバランとかいう奴か。

 おのれ、帝国め。

 なんという卑劣な真似を。

 ミレーヌは返してもらうぞ」


「出来るかな、小僧」


 片や、理不尽な危機の最中に在る恋人に対して熱い想いに駆られる若干十六歳の少年王子。

 片や、もはや円熟の域に達したSランクの、まるで無敵の殺し屋にも等しい歴戦の勇士。

 ですがそれはシドにとって、あまりにも分が悪い戦いでありました。


「アレーデ、防御システムを止めて。

 どの道、この男にそんな物は効かないでしょう。

 あれがあるとシドが有利に戦えないわ。

 どうせ戦いは外になるし、この空中庭園も直に瓦解する」


「あ、はい。

 今止めます」


 その様子をしばし泰然と見守っていたバランがシドに呼びかけました。


「小僧、表に出ろ。

 この要塞の中は狭っこくて、貴様が逃げ回るには不利であろう。

 せっかくの御婦人方の心遣いを無駄にするな。

 通路なら今開けてやる」


 そう言うや、焔、いや光の柱が上へ向かって突き抜けました。

 そこには直径三メートルほどの大穴が外に向かって貫通していました。

 瞬時に鮮やかな陽光が入ってきたのでわかります。

 不思議と熱はこちらへ届いたりしません。

 このバランというおじさんは、そういう器用な芸当も出来る御方のようです。


「よかろう。

 相手になってやる」


 シド、無理はしないで。

 相手はこれほどまでの力を持った、超人にも等しい者なのですから。


「姫様、今のうちにトンズラしておきますか?」


「う、ここって帝国領の上空なのよね」

「ですね」


「逃げられるかしら」


 それに私を助けに来てくれたシドを置いて逃げるのも気が引けます。


「どの道ここにいたら大爆発に見舞われますよ」


「その場合は、勝手に進路を変更して落ちる原因まで作った帝国のせいになるのか、これを作って運行していたアルバトロス王国のせいになるものか。

 このままだと帝国領内で爆発してしまうわ。

 これをこのままにしておいていいのかしら」


「わかりました。

 なんとか強引に、元の軌道である海の上へ持っていけないか試してみますが、もうかなり内陸へ来てしまっています。

 いっそアルバトロス方面へ向かった方がいいかもしれません。

 味方との合流も期待して。

 そうしておいて、危なくなったら仕方がないので捨てて逃げるとしましょう」


「そうね、そのあたりの判断はアレーデに任せるわ」


「ではそのように。

 しかし敵の方がコントロール技術は上のようですので、あまり期待しないでください。

 いや本当に参ります」


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