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40 脱出態勢

 とりあえず非常時なので居住区へは戻らずに、この警備室に留まる事になりました。

 ここにはトイレや厨房、それに簡易な寝室なども備わっており、しばし滞在するには問題がなさそうです。


 アレーデが淹れてくれた美味しい御茶をいただきながら、皆静かに座っています。

 エルシュタイン家の御二人は肝まで据わらせた御様子で。


 アレーデは、自分で焼いた御茶請けの焼き菓子の具合を確認がてら堪能しているようです。

 なんという糞度胸でしょう。


 今、まさに私達の頭上で千年も前の防衛システムが頑張ってくれているというのに。

 絶え間ない振動と破壊音のような物が、この大要塞の全身を震わせています。


 私自身も王女という立場上、あまりみっともない姿は見せられませんので一見すると落ち着いているように振る舞っていますが、腹心の女の子の鋭い観察眼は胡麻化せないようでした。


「姫様、この御菓子美味しいですよ。

 まあ落ち着いていきましょう。

 どの道、ここで敵の侵入を見張っていないと脱出も叶いませんので。

 慌てて脱出するなどの迂闊な行動を取ると、敵が二重三重の罠を張っていた場合、思うツボに嵌まってしまいますから」


 あはっ、やっぱりアレーデには見抜かれていましたね。

 私が、苦手な家庭教師の先生の前で背筋はピンと伸ばしていても足先は机の下でバタバタしていたり、時折肩を軽く回していたりと挙動不審な感じを見せる事も彼女はよく見ていました。

 公式な式典に出席している時に、その後に控えている楽しい予定が気になって気もそぞろといった感じの細かい挙動を見せる時なども。


「そ、そうね。

 そのうちには味方と合流出来るのでしょうし」


「ええ、ただ連中もそれは百も承知でしょうから。

 何しろ、おそらく仕掛けて来た者は」


「帝国の瞬神ニールセン侯爵、だな」


「たぶん、そうでしょう。

 そして、あいつが来ているはずです」


「灼熱のバランか」


 エリスさんの確信したような問いかけに、無言で頷くアレーデの顔も大変渋いものでした。


「たぶん……たぶんだと思うのですが、そのバランという奴はこの中へ入ってこれちゃうと思うんですよね」


「アレーデ、何故そう思う」

「その能力はよく知りませんが、二つ名持ちのSランク冒険者ですし、その二つ名がねえ」


「なるほどな。

 まあ奴ならば来るだろう。

 単なる防御魔法ではない我々の能力ならば、奴の特殊なスキルを防ぐ事も可能ではあると思うが……」


「そのバランが持つ未知の戦闘力は計り知れません。

 たぶん王国騎士団の連中でも相手をするのを嫌がるでしょうね。

 出来れば、ここへアルスを連れてこれればよかったのですが」


「そう言うな、エリス。

 それが出来るくらいなら誰も苦労はせん。

 彼も直にこちらへ着くだろう。

 もしかすると、彼はチーム一機動性が高い能力があるというから、彼が他のメンバーよりも先に到着するかもしれないしね」


 その瞬間に、けたたましい警戒音が鳴り響き、壁に並んだ階層別のパネルが真っ赤になりました。

 真っ赤に変わっているのは一番上の階層であったようです。

 

 今いるのは真ん中あたりにある五階層で、上下左右どこから攻められてもいいように、そこの中心付近に警備室が置かれていました。


「正々堂々、最上階にあるあの糞頑丈な正門から来たかあ。

 やるな、バラン。

 二つ名持ちのSランクは伊達じゃないわね。

 もしかしたら、エレベーターのあったあたりを侵入口に選んだかな。

 あの通路にも防衛システムはあったはずだけど、まあ相手が悪いか」


 どうやら当たりのようで、エレベーター経由の私達が入って来た『正門』の辺りが赤く点滅していました。


 敵があの頑丈過ぎる金属製の要害を、強引に実力によって力づくで突破してきたのかと思うと眩暈がしますね。

 これは逃げるが勝ちという事なのでしょうか。

 まあ考えるだけ無駄というものでしょう。 


「えーと、エンデ様。

 これからどうしましょうかね」


 まるで晩のおかずのリクエストを訊くかのようにアレーデがのんびりした声音で訊ねた。


「どうもこうもないよ。

 こんなにも簡単に防衛装置を突破して、しかも正面からぶち破って侵入してくる敵なのだからね。

 さすがにこの面子だけで戦うなどという選択肢は絶対にないわ。

 ここは早めに脱出して、なんとか味方との合流を図る他はあるまいね。

 まったく、なんて事かしらねー」


 専門家の御姉様も私と同じ御意見だったようで何よりです。

 エリス様も立ち上がり、笑顔で私に手を差し出して無言で同意を表しておられます。


 警備室を出る時の隊列は自然と決まりました。

 私の手を引くエリスさんの後に、一番無防備なアレーデが続き、その後ろの最後尾にエンデさんがつきます。


 それは即ち、脱出する際に追いつかれてしまったらエンデさんが残って敵と交戦する事を意味します。


 私が二人を連れて飛び、アレーデが具合を見ながら空中庭園を操作してエンデさんの援護、エリスさんが私達二人の護衛をしつつ追撃者との戦闘で、私も飛びながらやれる範囲での攻撃魔法でエリスさんの補助です。


 一人残るエンデさんが大変不利になってしまいますが、この方ならきっと大丈夫。

 何しろ、あの御母様の相棒としてパーティを組んでいて、ほぼ同格だったらしいですし、絶対防御の盾のような特技もあります。


 エルシュタインの一族の方は王族の警護をするような一族なので、通常は冒険者資格など取らないそうなのですが、何故かこの方はAランク資格を持っていらっしゃって、何よりも年季の入った年の功があります。

 今でも、あの御母様を手玉に取る事が可能らしいですし。

 それが一番凄い事なのですが。

 御母様と同様に、現役の冒険者を続けていたらSランク昇進は間違いなかったでしょう。


 この方に御任せする以外にありません。

 あの方は魔法にも長けていて、それなりに飛べますし、たぶん高空から落ちてしまってもスキルの御蔭で大丈夫でしょうから。


 エミリオの護衛をしているのを見てもわかるように、エリスさんも強者のようなのですが、さすがに実戦経験が豊富なエンデさんの域には及びませんので、自然にこういう体制になったわけです。


「やれやれ、結局こうなりましたか。

 敵が魔導キーを持っていた段階で嫌な予感はしていましたが。

 さあ、皆様参りましょうか」


 この有り得べからざる緊急事態にもまったく動じていない私の侍女の号令で、我がパーティは空中大要塞から決死の脱出を試みる事になりました。


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