34 本日は絶景なり
「ふう、これはまた絶景ねえ。
さすがは我が先祖が遺した遺産だけの事はあるわね。
いっそ我が家の離宮にしてしまいたいくらいだわ」
念のために付き添いのため一緒に空中庭園へ乗り込んでくれた御母様が、そんなアレな事を言っていらっしゃいます。
ぐいぐいと登っていった魔導エレベーターは、この空中庭園の頂上の縁に止まって、ビューポイントのような物を提供してくれています。
「王妃様、御戯れを。
『魔界の鎧付きの別荘』など狂気の沙汰でございます。
それに、ここに居座っていたら王妃様の公務が滞ってしまいますよ」
つまり、我々がしばらく滞在しないといけない場所がそういう物だというわけです。
これはまた豪い事になったものです。
単に周辺の景色との距離的な理由を除いても、この絶景は私にとっては気の遠くなるような光景です。
まあ、ここには遙か昔の我が一族であられるアスラッド様もいらっしゃるわけなのですが。
決してここが彼の墓標という訳ではなく、世界を守るため魔界の鎧を宿した状態で生きたまま封印されている訳なのですが。
そのような崇高な使命と、その現在進行形である凄まじい生き様を想像しただけで、私のような小娘は目も眩む思いがいたしますわ。
「もうアレーデったら。
あなた、随分と口煩くなったものね。
あの剃刀シェルミナと謳われたシェルミナさんを彷彿とさせるわよ。
まあ、あなたも彼女に比べたらまだまだだなとは思うけれど」
「えー、さすがにそれはありませんって。
少なくとも、この私が『剃刀アレーデ』などと呼ばれるような日はやってこないでしょうから」
とはいいつつ、こうして御母様と普通に馴れ合いのような会話をしていられるだけ、十分に凄いと思うのですが。
何せ、うちの御母様と言えば『アルバ王宮の真の主』『王宮の蔭の支配者』などと呼ばれている人なのですから。
この成人したばかりの若さで、その御母様からも大いに頼りにされているのですから、このアレーデも大概なのです。
この間、私が思いっきり味噌をつけた一件でも、彼女の機転の御蔭でかろうじて助かったわけなので、もう感謝の念しかありません。
そして私達はそこで魔道エレベーターを降り、通路のような場所へと移りました。
「じゃあ私は下界へ戻りますので、皆さんメリーヌの事をよろしく御願いしますね」
「は! 王国の盾エルシュタインの名にかけまして必ずや」
「ふふ、あんたの大好きなプリティドッグの名にかけて」
「えーと、それでは私は日常業務の一環として」
最後の台詞を言っている人が一番凄いような気がするのは、決してこのメリーヌの気のせいではないはずです。
長年王家の護衛を任されている王国の盾などと呼ばれる誉れの一族の方々、そのうちの御一方は女性Aランク冒険者で、かつては御母様と冒険を共にした方だそうですし。
その方々と一緒に堂々と肩を並べて、魔界の鎧なる『世界を脅かす最悪な災厄との同居』を単なる日常と宣言してしまう人なのですから。
頼りにしていますよ、アレーデ。
「ほっほっほ、いいわね。
私も時間があるようなら、ここの探検をしてから帰りたいところですが、まだ狙われているかもしれないエミリオの事も心配ですしね。
第一、王宮にも紛れ込んでいるだろう帝国の間諜に乗り込まれてしまっては元も子もありません。
だから、このような早朝に出立してもらうのですから。
まあ連中のメインターゲットは『帝国第二皇子の花嫁候補』である貴女でしょうから、しばらくはここの滞在を楽しんでいてちょうだいな。
では愛娘よ、さらば!」
「もう、御母様ったら!」
しかし御母様の言う通り、確かに敵は私をつけ狙っているようで、あれからエミリオのところへの襲撃はありません。
やはり、私が女であるという事で強引に婚姻による取り込みを狙っているようです。
あの一派が実権を握らせたい傀儡が皇子なので自然とそうなるのでしょうね。
それと同時にハイドとの縁組も潰したいのでしょうから。
あの、ハイドの『御姉様』にも感謝ですね。
あの方もパッと見たところ、少々難ありな性格をしていらっしゃるようですが、まあうちの御母様といい勝負といったところでしょう。
身内にああいう破天荒なタイプな人がいると、そういう同じような性格の方に対しても、かなり順応性が高くなっている事を自分でも感じますね。
いや、親近感を感じるという事なのでしょうか。
あのシドの従姉妹でもある頼もしいセネラ様とは、この先も仲良くやっていけそうな按排で何よりです。
しかし、ハイド人の女性って本当に凄いです。
一般のハイド人女性の方でも、かなり腕が立つという話をシドから聞いていたのですが、うちの母親も含めて『公爵家御令嬢』ともなると、どこの国でもああいうものなのかしら。
しかし、そこはかとなく、これ違う感が漂ってくるのは決して私の気のせいではないはずです。
「さて姫様。
今夜からの塒を目指すといたしますか。
ここの探検はベースを定めてからゆっくりとね」
「もう、アレーデまで」
でもここの管理権限は、この空中庭園を擁するアルバトロス王国の王女であり、またここへ皆がやってくる事になった原因でもある私ではなく、魔導キーと共にアレーデに託されていたのでした。
他のお二方は、どちらかというと脳筋方面にリソースを振っていらっしゃるようですしね。
彼女は夕べ、御母様より魔導キーの扱いに関してのレクチャーを受けていたようで、もはやこの大要塞の専門家も同然です。
「ま、そうですよね」
エンデさんの素直な感慨にエリスさんも頷いて、アレーデと仕事の話を始めました。
「ここのセキュリティはどのような具合ですか?」
「ええ、それに関しては防衛機構も装備されており、また侵入者に対する索敵も自動で行われ、この魔導キーがなければ、ここへの侵入もコントロールする事も叶いません」
「ほおほお」
「へえ、興味深いですわね」
御仕事モードの三名を尻目に私はといえば、次にシドとの御茶会を開けるのは何時になるものかと、遠い目をしつつ場違いな事を考えていたのでした。




