16-10 皇宮散歩
俺は堂々とベルンシュタイン帝国の帝都にある皇宮をぶらぶらする。
目の前にファルを突き出してやると、門番が平伏して通してくれた。
俺を見かけると帝国の奴らが皆目を丸くしたが、モーゼが海を割るかの如く道は開けた。
そんなこんなで俺が気分よくほっつき歩いていると、顔馴染みがずかずかと歩いて近寄ってきた。
「おい。
やりたい放題だな、この他所者め」
見ると、あのリヒター伯爵が睨んでいたのだ。
お、ちょうどいいガイドを見つけた。
「よお。
いいところに来たな。
丁度、案内係が欲しかったところなんだ。
ええい、頭が高い。
神聖エリオン様の御前であらせられるぞ」
リヒターは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、なんと大人しく膝を着いた。
「おー、ちゃんと膝を着くんだ。
偉い偉い」
「別にお前に対して膝を着いたわけじゃないぞ。
何しろ本物の神聖エリオン様なのだからな」
なんか物凄く俺の事を睨んでいる。
こういうところも、こいつってアントニオを思い起こさせるなあ。
始めの頃は、あいつもよく俺の事を睨んでいたっけね。
「なあ。お前らにとって、神聖エリオンってそんなに大事な物なわけ?」
リヒターは呆れたような顔をして解説してくれた。
「何を言っている。
我らが偉大なる主神ロス。
その御使いにして、地上の社にて世界を見守る祭神として精霊の森におわす御方。
地上における神の代行者、それが神聖エリオン様だ。
その名の如くに神聖そのものの存在よ。
人に非ざるが故、人の邪まで矮小な価値観などには左右されぬ、公正明大にして寛大な御心。
いくら幼き御姿とはいえ、本来お前のような者が、そのようにしていていいわけはないのだぞ」
おーおー。
日頃の神の御使いの御姿を知らぬが仏とは。
「なあ、ファル。
おいちゃんはこうしていてはいかんのかい?」
ファルを抱っこしながら聞いてみる。
「えー、なんでー。
ファルはおいちゃんに抱っこされていたいけど」
魔力を充電したいもんね~。
あと、最初にしっかりと摺り込みも入っているし。
卵を孵したのは俺の魔力だしね。
それを聞いたリヒターの、なんとも言えないというような顔がいい味を出していた。
それを見た俺もつい笑ってしまった。
「ささっ、リヒター卿よ。
神聖エリオン様が案内を御所望だぞ」
「出発進行ー」とファルも笑顔で片手を突き上げる。
「わ、わかりました。
では神聖エリオン様、御一緒に参りましょうか」
リヒターはファルに向かって恭しく頭を下げると、前に立って歩き始めた。
日当たりのいい帝宮外縁の広い通路を抜けると、綺麗な庭園に出た。
良い形に整えられた木々、咲き誇る花々。
あちこちに配置された、石造りのモニュメントや彫像。
本当にこの国って、強権国家らしからぬ感じで、こういうところの趣味はいいんだよなあ。
カメラどもにはしっかりと、それらを撮影させてある。
動画サイトに上げた映像も膨大な量になった。
御陰様で広告料もかなりの額に上っている。
それらは子供達の服の型紙代や、ネット教材代なんかに化けるのだ。
ファルは楽しそうに、その辺を走り回っている。
それを眩しそうに眺めている、敵国である帝国に属する青年貴族の横顔に俺も見入った。
「なあ、リヒター卿。
あんたはいいのか?」
「何がだい?」
「俺みたいな問題児に関わってさ。
他の連中はみんな避けていくのに」
「ははは、それに関しては自分でもよくわからない部分があるのでね。
正直なところ、あんたがこの帝国に何らかの変化をもたらしてくれるような気がするのさ。
それが何かよくわからないが、鬱屈した空気を払ってくれるような、何か新しい風のようなものを。
あんたが巻き起こした波乱の行く末を見届けたい。
俺には、そんな想いもあるのだ。
だが、あんたはあまりにもやりたい放題にやりすぎる。
それをただ看過は出来んよ」
むう。
なんか知らないが、問題児は俺が見張っていなきゃ駄目だみたいな義務感でもあるのか?
なかなか面倒くさい野郎だな。
まあいいんだけれども。
そういう奴も世の中には必要なものなのさ。
庭の真ん中にはでっかい噴水もある。
そいつを見つけたファルがさっそく突撃していく。
そしてよく子供がやる感じに噴水の淵を歩いていて、つるっと中側へと落ちた。
それを見たリヒターが慌てているが、うちではこんな事はよくある事なので俺は慌てない。
ファルはプカっと仰向けになって水面に浮かぶと、悠々と泳ぎ始めた。
なんていうか手足も碌に動かしていないのに、何かこう悠然と浮かんだまま、いかにも泳いでいますみたいな感じの謎泳法。
もしかして水中で霊翼を出して動かしているのだろうか。
代々こうなのだろうか?
今度レインに聞いてみよう。
リヒターは慌てて走っていったが、俺はゆっくりと歩いていった。
必要なら最新型のゴーレム兵が面倒を見てくれるようにしてある。
それから噴水に腰掛けて、ファルが楽しそうに足をバチャバチャさせて水浴びを楽しんでいるのを眺めている。
もう十一月になろうという肌寒い季節だが、あの謎生物には関係ないものらしい。
その後で、庭園に植えられた秋に咲く御花の間をファルが飛び回っている。
すこぶる御機嫌だな。
やっぱり曲がりなりにも四つ足で尻尾のある生き物だから、こういう庭園なんかが好きなのかな?
とか思っていたら、今度はべったりとくっついてくる。
充電タイムか。
こいつといると、よく自分がケータイ充電器にでもなったような気がする。
まあ可愛いからいいかな。
今回は色々と、あちこちを回って引っかき回してみたが、果たしてミハエル王子が望むような戦果は十分に出たのだろうか。
庭園の東屋のような屋根付きのテーブル席のある場所にて御飯にする事にして、リヒターにも食わせてやった。
「これは初めて食べる味だ。
しかし悪くない。
いや相当に美味い」
和食はちょっと驚きだったようだ。
彼には色々と味見してもらった。
この帝国でも和食は受けそうだな。
それからリヒターに礼を言って皇宮を辞した。
大使館に戻ると、タヌキもとい、大使が馬車の用意をしてくれていた。
そして劇場見物へ出かけた。
文字通り『劇場を』見物するだけだ。
正確には、劇場にやってくるはずのベッケンハイム公爵を見物に行ったのだが。
俺達は馬車の中で待っていた。
そして周りに帝国の奴らが集まっていて、わんさかと俺達を見張っていた。
中には他国の間諜も混じっているかもしれないな。
もっとも、帝国の連中が大使館の馬車へ手を出せるはずもないのだが。
それくらいなら、あのアントニオのAランク試験の時にやられている。
しかも今回は、その中に神聖エリオン様も乗っていらっしゃるわけだし。
そして噂の奴がやって来た。
しかし馬車から降りてきたのは、これがまたなんともいけすかない奴だった。
でっぷりと肥えた体躯を揺すりながらのし歩く、脂ぎったその顔がまたなあ。
まだ五十代だという話だったが、まるで老人のようなそれ。
特になんといっても目がいけない。
卑しさ、貪欲さ、品の無さなどを湛え、見事なまでに濁り切った、まさしく死んだ魚の目だった。
金と欲望に濁った、魚の死んだ目をしたような奴なら日本でもいくらでも見たのだが、さすがにこれはちょっといただけないな。
ファルがなんか嫌がって俺の後ろに隠れた。
俺も誰かの背中に隠れたい。
奴にマーカーはつけたのだが、それを通して嫌な感じがべっとりとする。
それを通してリンクのようにセブンスセンスが感じ取るのだ。
うわあ、エンガッチョ。
こ、こいつは不快だな。
だが苦労して奴を探し当てたんだから、せっかく付けたマーカーを外すわけにもいかないし。
もう家に帰りたい。
クリフト侯爵、公爵殺しの御約束を果たすのはまた次回にね。




