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32 速攻御迎え

 もう何と言いったらよいものやら。

 なんと翌日の早朝には、例の空中庭園がやってきてしまいました。


 いきなりアレーデ共々御母様に叩き起こされてしまったかと思ったら、着替えさせられて大きめのバッグ一つを持たされて王宮前に立たされております。


 御弁当(朝食分)はバッグの中です。

 もうやるとなったからには、帝国に察知される前にさっさと疎開を完了させようという腹のようです。


 おそらくは王宮内にもゴロゴロいるだろう帝国の間諜なんかも、まだ寝ている頃なんじゃないですかね。

 ようやく空の端が白み始めたばかりなのですけど。


 思わず欠伸を連発したいところなのですが、見送りの王国騎士団の方々もいらっしゃいますので、それは送られる身の上である王女として出来ない相談です。


 そして猛烈に襲い来る眠気と欠伸の誘惑の波に耐えながら待つ事十数分、そいつはやってきました。

 いやあ、そいつを拝んだ途端に一発で眼が覚めましたね。


「う、でかい。

 あんな物が、この世界の空を延々と飛び続けているなんて信じられない」


 しかも千年もの間。

 この目で見たのでなければ信じがたいような代物でした。


 それは少し長くなったくらいのゴツゴツとした岩で出来た円錐を、逆さにひっくり返したような形をしています。

 下へ行くほど細くなっていく円錐状の節くれだった岩のような感じになっているボディ。


 どうやら、どこかにあった尖った巨大な岩山を切断してひっくり返し、それを構造材として使用している模様です。

 もっと人工的な感じになっているのかと思っていたのですが、これは相当部分を天然素材で賄っている可能性が出てきました。


 変な生き物が沢山住み着いていたりしていなければいいのですが。

 そこまで自然の王国と化していたら泣いて帰ります。


 まあ最悪は自分の魔法に物を言わせて、なんとかするしかないのですが。

 頼もしい、腕に覚えのある助っ人も二人いてくれる事ですし。


 それがやってくると、だだっ広いのが取り柄である王宮前広場がぐぐっと陰になり、それはもう物凄い有様です。

 王国騎士団も、初めて拝む伝説の代物を前にして息を飲んでいる気配がします。


「うわあ、姫様。

 物凄い大きさです。

 これは、どうやって飛ばしているんでしょう。

 やはり魔法でしょうかね」


「たぶんね」


 すると、御母様がにこにこしながら解説をしてくれました。


「これは大地の力で飛んでいるそうよ」

「大地の力?」


「重力魔法を得意とした旧アル・グランド王国の技術ね。

 当時は、この王国とも親しかったそうで、その技術を強く内包している魔導的な存在がこれなのよ」


「へえ。アル・グランド王国かあ」


 それは、今は無き古の王国。


「今はもうゲルス共和国ですよね」


 そう言って思いっきり眉を顰めているアレーデ。

 彼女は情報通なので、その実態にも詳しいのです。

 そのアレーデの嫌そうな顔を見るだけで、ゲルス共和国がどんな国なのかわかってしまいそうなほどです。

 そして一つ大事な事を思い出しました。


「ああっ、しまった。

 しばらく会えない旨、シドに御挨拶が出来ていません……」


 これはもう涙目です。

 シドだって国へ帰る時にちゃんと挨拶をしてくれたというのに。


「御免、メリーヌ。

 さすがにもう間に合わないから諦めてちょうだい。

 将来の義息子とは、私が友好を温めておきますから」


「はああ」


 まだ、先日の茶会を済ませておいただけ良かったと思うしかありません。

 ああ、あの帰りに受けた襲撃を思い出してしまいました。


 おのれ、帝国め。

 あの襲撃のせいで、私は今から旅立たねばならないのです。

 まあ、こいつに乗り込む事を旅立つと表現していいものなのかどうか激しく迷いますが。


 そして、もう一つ気付いてしまいました。


「ねえ、御母様」

「なあに」


「これって、何か決まった動きをしているのです?」


「さあてねえ。

 基本的には地上からは魔導キーで呼び出して着陸させるだけなので。

 たぶん、大昔にセットされた状態で動いているだけなのでしょう。

 緊急時に特別な機動をさせる方法は存在しますが、そこまで動かした事は滅多にないので。

 そのあたりは魔導キーを用いて動かす事は可能じゃないのかな。

 何しろ我々が拝む事さえ初めてで、昔の文献はかなり失われてしまったそうだから、よくわからないわ。

 内部に操作マニュアル的な物があるかもしれないけど」


 そうでしたか。

 まあいいんですけど。

 ちゃんと地上へ戻ってこられるなら。


 それよりも、いつになったらここへ戻ってこられるものか、そっちの方が心配です。


「はて……」

「どうしたの、アレーデ」


「姫様。

 あれって、どうやって乗降するのです。

 かなり高さがありますし、あの形状では着地したらバランスを崩して倒れてしまいそうなのですが。

 王宮側にでも倒れてきたら豪い事になります」


 こいつが倒れた時の事を考えただけで、その引き起こされる大惨事に眩暈がしそうなのですが、その回答は背後から忍び寄った蔭により齎された。


「もうすぐここへ降りてくるけど、あれは地面までピタっと降りないの。

 人の高さよりも少し上くらいで止まるわ。

 乗り降りは、重力エレベーターというもので行うそうよ。

 乗り込む時までは一緒に行ってあげるから安心しなさい」


「へえ、よくわからないけど、それなら大丈夫そうね」


 それから降下してきた空中庭園は、それはもう荘厳な佇まいであり、見上げていると頭が痛くなりました。

 いや、首もなのですが。


 王宮からはかなり離れた位置に降りたったのですが、なんというか上へいくほど太くなっていき、たとえば真下から見上げると、そのまま仰け反っていってしまいそうです。


 圧迫感が半端ではないし。

 うちの王宮は、諸国のそれと比べるとかなり巨大な代物なのですが、その横幅よりも直径が更に大きいのですから。


「千年も前に、よくこんなものを作ったものですねー」

「そうね、本当にね」


「これを作った初代国王様ってどんな御方だったんですかねえ」


「さあー。

 私やミレーヌの御先祖様である事だけは確かなんだけど」


「ですよねー」


 私とアレーデの呆然とした様子を見て、御母様が解説してくれました。


「文献によると、最大直径五百メートルに全体構造材の高さが七百メートル、その上に更に建築された構造物が載っているからもっと高さがあるというわ。

 まあ、大きい事はいい事だという事で」

 

 その『大きい事はいい事だ』は、確か王家に伝わる初代国王様の口癖の一つですよね……。


「うわ、凄すぎ」


「何を言っているの。

 あんた、今からしばらくあれの御厄介になるんだからね」


「そうだった! なんか実感がないなあ」


「はっはっは。

 楽しんでいらっしゃいな。

 滅多に乗り込めるような物ではないのよ」


「御母様も一緒に来ればいいのに」


「いやあ、本音で言えば行きたいのはやまやまなんだけどね。

 さすがに公務に差し支えるから無理だわ」


「そう言うと思ってました。

 ただ言ってみただけだもん。

 でもエミリオなんかは乗りたがるんじゃない?」


「ふうん、一緒に連れてく?」


「や、やめとく。

 さすがに小さな子供の面倒を見ていられる余裕はないから。

 あの子には御土産話で勘弁してもらうわ」


 この時の私は、この先に何が起こるのか、まったく想像できていませんでした。

 少なくとも、小さな頃より御母様の冒険譚を聞かされて育った、まだ幼い私の弟への土産話には事欠かないような事態になってしまったのです。


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