31 千年の時を越えて
「空中庭園……」
それは伝説の。
このアルバトロス王国に千年伝わる、初代国王ヤマトの遺産。
その名も、通称フライング・フォートレス。
「ええ。何かあった時には、このホスト空港である王宮前広場へ帰還させられるようになっていますが、そのような物は滅多な事では使わないのですけれど。
私もまだそれを見た事がないわ。
前回使われたのは、数百年前の魔界の鎧事件の時ね。
時の我が国の王太子アスラッドは、今も死せる事無く、あの空中庭園にて魔界の鎧と共に眠っています。
いえ、眠っているというのは正しくないのかもしれない。
彼は永遠にそれと戦い続けているのだから。
もしかしたら意識さえ保っているのかも」
「魔界の鎧……」
もう普段は伝説を記した希少な本とか、禁書庫の中の本でしか見る事の出来なくなったような言葉が続きます。
でも、それらはこの国では今も伝わる真実というか、歴史の生き証人達なのです。
私も王族でなければ、それらの存在を知る事すらなかったかもしれません。
Aランク冒険者の御母様ですら一度も見た事もないような伝説の空中庭園。
「御母様、私なんだか怖いです」
「ええ、わかるわ。
でも今の状態では、私達もあなたを守れないわ。
ハイドやサイラスなどとも協議し、帝国に対抗してあなたを守れるような体制作りをしなくては。
帝国と対立している草原の国ザイードとも協議した方がいいかもしれない。
とりあえず、悪いけどアレーデと共にしばらく空中庭園で暮らしてちょうだい。
アレーデ、あなたも申し訳ないけれど」
もはや半分覚悟は出来ていたらしいアレーデが、おずおずと手を挙げた。
「あのう、王妃様。
私が空中庭園へ行くのはよいのですが、護衛の方は?
私と姫様の二人だけで行くのでしょうか?
私は、そのお、なんというか腕っぷしの方はさっぱりでしてね。
私は一介の侍女でありますので」
それを聞いて、皆まで言うなと言わんばかりに御母様は頷いて、部屋のすぐ外で待機してくれていたらしいその方達を呼んでくれました。
「やあ、メリーヌ様。
しばらくの間、御一緒させていただきますよ」
御一人はエリスさん。
これは心強い。
そして、もう一人は知らない顔なのですが、三十代半ばくらい……ではないですね。
これは多分、御母様と同じくらいの御歳の……そして、エリスさんに大変よく似ておられる。
「もしかして、そちらの女性もエルシュタイン家の方なのですか?」
「ええ、私の昔の知り合いで、今も必要な時には護衛をやっていただいているエンデさんよ。
御挨拶なさい」
「あ、メリーヌです。
よろしく御願いいたします。
え、御母様って女性なのにエルシュタイン家の方が護衛についていたのです⁇」
そもそも、うちの豪傑な母親に護衛なんていうものが必要なのでしょうか。
御父様とカルロス兄様にエルシュタイン家の方の護衛がいるのは知っていますが。
確か、王家でも女性にそれはなかったのでは。
「ふふふ、不思議そうね。
私はね、その昔彼女がプリティドッグを求めてあちこちを旅した時、一緒に旅をしていたのよ。
あなたの御爺様である、当時の国王陛下であられたフウウンジ国王様から御願いされてね」
「あ、そういう関係なのです?」
「なのです。
普通は女性王族に、うちのエルシュタインの一族から護衛はつかないのだけれど、私は本家の子爵家ではなくて分家のエルシュタイン男爵家の出身なのです。
それで私に白羽の矢が立ったの。
今はもう結婚してエーデルワイス伯爵夫人となっておりますが」
なるほど。
つまり、うちの母親といい勝負という方なのですね。
それは心強い。
大変心強いのですが……。
「あのう、しばらく家を空けてしまう形になるのですが、えーと伯爵夫人ともあろう御方がそれでよろしいので?」
「ええ。
そこのプリティドッグ脳の御方に呼ばれれば家を空けるなんていう事はしょっちゅうですのでね。
もう子供達も充分過ぎるほど成長して跡継ぎも育ち、他の子達もみんな独立しましたので問題ないのよ。
まあ暇な時には、こうやってロッテと旧交を温める感じかしらね」
「そうですか。
あの、御母様。
それで、行くのはこの四人だけなので?」
すかさず頷く御母様。
「さすがに、あの空中庭園は我が国にとって重要機密の案件であるのと、もう一つ。
魔界の鎧の封印場所でもあるので、滅多な人は乗せられないのよ。
でも我が国に女性の騎士はいないし。
ですからエンデに応援を頼んだの。
本当に信頼出来る人間でないと任せられない仕事だからね」
それから、御母様はエンデさんの方を見てから話を続けました。
「王家からもっとも信頼の厚い『王国の盾』エルシュタイン一族の女性を二人、それにあなたがこの世でもっとも信頼する人間であるアレーデ。
もうこれしかないというメンバーなの。
あの優秀で信用のあるSランク冒険者達でさえも乗せられないのよ。
これ以上は人数を減らす事しか出来ないの。
メリーヌ、それともあんた一人で空中庭園へ行く?
それでもいいわよ」
私は大慌てで、ぶんぶんと首を横に振っておきました。
それはさすがに御勘弁願いたいです。
「ね!
まあこれで最低限の事は賄えると思うわ。
身の回りの事は食事を含めてアレーデが何不自由なくやってくれると思うし、他の二人も一通りの事は出来るから。
この中で一番あれこれと出来ないのがあんたかな」
「うぐっ」
それを見て、エンデさんは大笑いしております。
「相変わらずねえ、ロッテ。
じゃあ、娘ちゃんは空中庭園で少し花嫁修業でもしておく?
何せ、嫁入りする行先があのハイドなんだからなあ」
私もその考えは抜けていましたので、一応訊いておきました。
「そんなにハイドは大変ですか?」
「まあそうでもないけどね。
なんというか、あの公爵家のセネラ嬢のような人間が勝手に育ってしまうような御国柄ですからね。
あの方は、まるで女版シド王子みたいな人ですもの。
公爵家の姫である公女様なのですが、自国の民も他国の民も皆『プリンセス・セネラ』と呼んでいますから。
あるいは最高の風魔法の使い手たる『極嵐のセネラ』とも。
まあ別に恐れられているとか嫌われているわけではないので問題はないのだけれど。
ああいう御国柄なので、むしろ庶民からは熱烈な人気を保っているわ」
「はあ。
では私も古き魔道の王国出身という事で、向こうでは稀人由縁の存在である魔法少女として頑張らせていただきます」
「ほっほっほ、いいわね。
鍛え甲斐がありそうで楽しみですわ」
あ……れ? もしかして今回の疎開は、何か私の強化合宿っぽい感じに舵が切られつつあるのでしょうか⁇
御母様は笑ってしまっていますが、なんとなく洒落になりませんねえ。
私的には、エリスさんが「やれやれ、これだからうちの一族の人間は」といった感じに頭を振っているのがとても気になりますね!




