30 家族会議の絶望
散々な目に遭って、おうちへ帰った私を待っていたものは、なんと家族会議でした。
議題は言わずもがなです。
そこでは皆、一様に渋い顔をしております。
必然的に私の顔も渋くなってしまいます。
家に帰った頃にはもう日も暮れてしまっていて、エミリオや妹達は自分達の御部屋で食事となり、残された私達の夕食はサンドイッチとカップに入った野菜入りのスープのみです。
会議を優先してシンプルな、『ながら御飯』になるようです。
本日の良き日を締めくくってくれるはずの優雅な夕食は何処かへと消え失せてしまったようで、私も、もそもそとサンドイッチを齧っております。
何しろ、この私自身が会議の中心となる当事者でありますので、大変居心地の悪い晩餐となりました。
私の隣には侍女のアレーデがいて、私と同じように静かに、主従共々もそもそとやっております。
彼女はいきなり大勢の王族と夕食を共にする羽目になって、もっと居心地が悪いのかもしれません。
まあ私だって王族の一人である訳なのですが、王や王妃と一緒に食事ともなると、いつものメリーヌ区画でするほど好き勝手にやれようはずもなく、まあそういう事です。
やや沈黙が支配する細やかな夕餉は、御母様の溜息と共にその沈黙を破られました。
「ふう、参ったわね。
まさか、あそこまでしてくるとは」
「帝国はミレーヌの事を諦めるつもりは、まったくないようじゃのう」
まったくです。
またこの前のように偽ジョアンナみたいな奴に来られては堪ったものではありません。
帝国は私を攫ってから第二皇子と強制的に結婚させて、その後でアルバトロスに攻め込み、私の王位継承権を利用して傀儡の女王に仕立てたいのでしょう。
あるいは帝国の人間を宰相に付けて、私の子供を王位につけようとするやもしれません。
一番心配なのは、あらゆる意味で邪魔になるだろうシドを帝国が殺そうとするかもしれないという事です。
彼がそう簡単にやられてしまう事はないはずなのですが、何しろ彼はまだ若く経験が足りませんので、そこをついてくる可能性がある事です。
もしも彼が実際に襲撃されて、かなり危ない目に遭ったりすれば、ハイド王国は次期国王となる人物の安全を期して国へ呼び戻す恐れさえあります。
そんな事になろうものならば!
私は彼と簡単に会う事など出来なくなってしまうでしょう。
ああ、弱りました。
ちなみに敵に倒されてしまった騎士団のメンバー達は、今頃騎士団の練兵場の一周四キロメートルもあるコースを金属鎧着用で八十キロメートルほど走らされている事でしょう。
ケインズ騎士団長は、こういう時は絶対に容赦しない方ですし。
きっと御自分も先頭を切るか、あるいは後ろから追い立てているか、そのどちらかの真っ最中ではないのかと。
王国騎士団の皆さんも、ついさっき攻撃を食らって馬から落ちて救護されていたばかりでしたのに。
なんだか、あの人達に対してとっても申し訳ない気持ちでいっぱいです。
そして、しばしの間を置いた後に、御母様がこのような事を言い出しました。
「あなた。
いよいよ、最後の手段を使う日がやってきましたかしらね」
「うむ、あれか。しかし、あれはなあ」
そう言って御父様が私の方をチラっと見て渋面をまた濃くしました。
え。
最後の手段⁇
私の知らない何かが起ころうとしている?
御父様が私を見る目に、何と言いますか、一抹の憐憫のような物が混じっている気がするのは気のせい?
そして、何よりもミハエル兄様の不気味な沈黙が気になります。
現在、疾風のミハエルの対極である「沈黙のミハエル」の状態にあるようです。
また王太子たるカルロス兄様も押し黙ったまま一言も仰っていませんし。
こわっ。
「でも家族のためなのですから」
「ううむ、しかしのう。
その家族が……」
もちろん、その家族というのはこの私の事なのですが。
そのような国王夫妻の渋そうな感じに行われている会話を聞いてアレーデは困惑しています。
ここに私の侍女頭であるアリエス夫人ではなく彼女が呼ばれているという事は、おそらくはあまりありがたくない事になるだろう私の運命に関して、彼女アレーデも運命を共にせよという『王命』が下るのではないかと彼女は予想しているのでしょう。
私も段々と、その考えが正しいような予感がしてきました。
「あのう、御母様」
「なあに」
「その……私の処遇はどうなっていますので?
雰囲気から察するところ、概ね話は決まっているのに発表するのは少々躊躇われるというような、非常に不穏な御話にしか聞こえないのですが」
すると御母様はにっこりとお笑いになってこう仰られました。
「さすがはミレーヌ。
私の賢い娘だけの事はあるわね」
やっぱりそうでしたか……。
それを聞いたアレーデの顔に垂れ下がる『垂れ線』の長さと本数が、一気に倍にまで増えたように感じます。
なんといっても、この人は私と運命共同体なのですからね。
私は思い切って訊いてみる事にしました。
その場で椅子から立ち上がると、激しく効果線をバックに背負い、思い切って宣言してしまいました。
「御母様、このままでは埒が明きません。
はっきり仰ってください。
何故、そのように激しく逡巡しておられるのですか。
そんなの、御母様らしくありませんわ」
それを聞いて、御母様もようやく話し始める踏ん切りがついたようです。
というか、ちゃんと話してくれないと何も始まらないので急かしたのです。
たぶん御話自体はもう決まっていて、それを口にするのに躊躇いがあったという事なのでしょう。
私の気持ちを慮ってというか、そういう理由で。
それは家族を大切にする我が王家だからこその沈滞なのだと察します。
わかります。
「わかったわ。
成長したわね、ミレーヌ。
では思い切って言うわね。
ミレーヌ、あなたを一旦『空中庭園』へと送ります。
ごめんなさい。
もう地上では、あなたを守り切る事が困難になってしまったわ」
あははははははは。
事態は私が思っていたよりも、なんというか明後日の方向へ向かっていたようです。
明後日の方角というよりは、遙か空の彼方へ向かって。




