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29 大物

 補充された王国騎士団に護られながら、私達の馬車は王宮へと無事に戻る事が出来ました。

 まったく油断も隙も無いとはこの事です。

 普通はこの王都アルバの中で、このような襲撃があっていいわけがないのですが、それはもう当然のようにありましたね。


 幸いにして、騎士団の方々は全員御無事であったようで何よりです。

 何しろ敵の攻撃を予測して高速で移動していた最中に、受け身も取れない完全に無防備な態勢で馬から落ちましたので、全員死んでしまっていてもおかしくないような状態でした。

 こういう事を日頃の鍛練の賜物というのでしょうね。


「それにしても護衛の方に死者が出なくて本当によかったわ」


 するとエリスさんはこのように解説をくれました。


「メリーヌ様、これほどの威力を持つ強力な術者ともなると、能力を最大限に発揮させるために一人一人を殺すほどの威力を持たないというか、そこまで一人あたりに能力を使わないのが普通です」


「そういうものなのです?」


「ええ、もっともアルスのように特別な強者に対してはまた別ですが。

 本気で攻撃しないと自分がやられてしまいますので。

 だから先に邪魔者を片付けて彼への攻撃に専念しようとしたのでしょう。

 まあ結果は無駄な足掻きに終わったわけですが」


「ええ、Sランク冒険者って本当に凄いですわ」


「馬車の御者や馬達にも攻撃はありましたが、姫様の強力なシールド越しで攻撃が弱くなっている上に、私の再生シールドでちゃんと攻撃を弾けましたので無事でした」


 うわあ、馬車も攻撃を食らっていたんですね~。

 まったく気付いていませんでした。

 危ない、危ない。


 しかし今回は私もなんとか御役に立っていたようで何よりです。


「私の能力は、この手の精神干渉のような攻撃にも有効です。

 しかし、そっちに気を取られてばかりいると、馬車への直接襲撃に対する備えがおろそかになります。

 もう一人サマンサ嬢がいてくださったおかげで、私も落ち着いて未知の攻撃に対応出来ましたので非常に助かりました」


「たぶん、賊も全部は捕縛できなかったろうね」


 サマンサさんも首を竦めてそう言っています。


「ええ。おそらく精神攻撃チームとは別で馬車への襲撃チームが待機していたはずです。

 そいつらは逃げてしまったと思いますが。

 まあ王国騎士団さえもあっさりと倒すような、危険過ぎる精神攻撃能力者の方を捕縛出来たようなので良しといたしましょう。


 直営冒険者もアルスでなければ速やかに敵を倒せませんでしたので、他の人だとその人がやられてしまったり、増援の騎士団も倒されたりしていたかもしれません。

 何一つ無駄のない、実に良い布陣でした」


「あうっ」


 もしかしたら、ここまでするのは過剰な護衛じゃないのかしらなどと思っていた自分が恥ずかしいです。

 もう本当にギリギリ崖っぷちに等しかったようですね。

 首の皮一枚で無事に残ったという感じでしょうか。


「まずい……」


「あれ、姫様。

 どうされました?」


「ああいや、今回がこの為体(ていたらく)でしたから、もしかすると次回のシドとの御茶会は当分の間無しになってしまうかもと心配で……」


 この私の言い草に護衛の御二人は大爆笑でした。


「いやいや、エリス殿。

 この御姫様は大物だねえ。

 さすがは、あの『はねっ返りシャルロット』の長女だけの事はあるわ。

 あのまま帝国に拉致されていたら、今頃自分がどうなっていたかなんていう事は頭の片隅にもないらしいよ。

 あたしなら想像もしたくなくてブルっちまうところなんだが。

 これだから恋する乙女っていう奴は」


「いやはや、まったくもって護衛のし甲斐があるというものです。

 エミリオ殿下の担当である私やサマンサ嬢を配置換えしてでも、強引にこの態勢を敷いたアーモン殿の眼力には感心いたしますわ。

 おまけに、あの慧眼の持ち主であるミハエル王子も同じ考えでしたので、多分こうなるかなとは思っていたのですが、それにしてもねえ」


「あうう」


 い、言われてしまいました。

 えー、私って他人から見ると、あの天衣無縫にして豪胆な御母様っぽく見えるのでしょうか。


 まあ、あの御母様も御父様に一目惚れして、若い頃にはかなりやらかしていたそうなのですが。

 それにしても、うーん。


「まあまあ、姫様。

 そういう恋に夢中な時代は今だけの特権。

 存分に楽しみなさいな」


「そうそう。

 なんといっても『地域の平和と安定』なんかもかかっている、国防にも必須な恋愛なのですからねえ」


 何かまた凄い事を言われています。

 自分でもそういう事は思っていたのですが、あんな事があった直後に護衛の方々から言われてしまうとまた特別ですね。


「ああ、そうそう姫様。

 ついでだから言っておきますね。

 帝国貴族のSランク、『灼熱のバラン』には御気を付けてください。

 姫様絡みで、もし帝国がSランクを派遣してくるとしたら、おそらくあの男が来るでしょう。

 もし、まだ帝国が姫様の拉致を目論むのであれば、次回は虎の子のSランクを寄越す可能性もありますので」


 サマンサさんが、このタイミングでこう言ってくる理由はわかります。

 つい先程アルスという、まるで超人のようなSランク冒険者の大活躍を見てしまったばかりですから。


 もし、あのクラスの能力を持った敵が襲ってきたらどうしましょう。

 このサマンサさんもSランク冒険者なのですから、敵のレベルはよくわかっての発言なのでしょう。


「あのう、そのバランさんとやらはどのような御方なので?

 御強いのですか」


 訊く前から嫌な予感しかしませんが、一応情報として訊くだけは訊いておきます。


「まあ、ここの王国騎士団が相手ならば、彼は少なくともアルス以上に戦えるでしょう。

 しかも、あの男は仕事に対しては非常に厳しい人間のため、やる時は半端な事などせずにとことんやりますので、もし今回奴が来ていれば護衛の騎士達は皆殺しになっていたでしょうね。


 落ち着いた性格で思慮深く、まるで学者然とした風貌から『英知の殺戮者』とも呼ばれております。

 ですが、その見かけに騙されてはなりません。

 そして、あれが仕事をしくじったという話を我々は聞いた事がありません。

 よって、あやつが次回に姫様拉致の襲撃に参加すれば、死人の山が築かれるのは間違いないところですわ。


 はっきり言わせていただけるならば、受け身にならざるを得ない不利な体制の王国騎士団が丸ごと全滅しかねません。

 その場合には、当然アルバトロス王国にとっては痛恨の極みとなるでしょう。

 今の良くない情勢の中では、そのためだけに帝国が彼を派遣してきたっておかしくはないのですから。

 それほどまでに圧倒的な能力の持ち主です」


「ひええええ」


 うわあ、なんというか『これは思ったよりもアカン奴』とでも言えばいいような御方でした。


 おお、我らが主神ロスよ。

 あなたの敬謙な信徒を救いたまえ!


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