28 強襲
(アルス、アルス。外の具合はどう?)
(え? 今のところ、特におかしな様子はないんだけど。
あれ、もしかしていつもの奴なの)
(うん、そう。
よく注意しておいてちょうだい。
おそらく、何かあるとしたら)
(この馬車が止まった時だね。
シンゴウキで止まるか、王宮ゾーンへ戻る時)
(一応、アーモンにも伝えておいたわ。
さすがに小さな王子様を放っておいて応援に来るのは無理でしょうけど。
まあ最悪の時はね。
でも逆にそれすらも陽動であるやもしれないから気は抜けないけれど。
奴らから見れば、あの王位継承権を持つ二人の内のどちらかを抑えておけば将来への布石となるのさ。
頼んだよ、アルス)
(りょうかいー、マム)
それからアルスは念話を中断し、馬車の横にいるポジションから抜け出すと、馬をそっと王国騎士団前方集団の先頭に寄せた。
「隊長、うちのメンバーの一人から要警戒と」
「ほお、Sランク冒険者のアンテナに何か引っかかると?」
「みたいですね。
彼女のあれは毎回確実に当てになりますので」
「心得た。
おい、貴様ら。
ここから王都ゾーンへ入るまで第一級戦闘態勢で行くぞ」
騎士達も、さすがにこのような場所でのいきなりの号令に驚きを隠さなかったが、王国騎士団に相応しい練度にて即応で馬車を取り囲む非常警戒体制に切り替わった。
それを見た後方騎士団の連中も、後方集団を預かる隊長が手を振るだけで同様に展開した。
その見事なまでの手際は、おそらく後方部隊を率いる者が、前方集団の指揮官の副官か何かなのだろう。
ここの王国騎士団は、総指揮官が先頭に立つ方針のようであった。
敢えて眼に見える形でこの隊型を取るのは、もし何かあるとしても示威行動により予防するという意味合いもある。
そして。
同時に馬車はミレーヌ王女の手によって、馬ごと見事にシールドされていた。
それを知る騎士達は全員がニヤリと唇の端のみで笑い、アルスは表情へ出さずに感心していた。
「やるなあ、アルバトロスの御姫様」
先頭をアルスと併走しながら、今回の総隊長がやや不遜な台詞で嘯く。
「くく、うちの姫様方は魔法が大の得意でな。
何故か男の方は、魔法がからっきしに近いのだが」
「よく聞くよね、王族でそういう話」
そう言いつつも、自分がそうでなくてよかったなと思うアルスなのであった。
「だが、我が王子連はそれを補って余りある素晴らしい王族としての才がある」
「うんうん。ここは、なかなかいい王家だよね」
「ああ、ロス大陸随一のな。
彼らの事は絶対に守らなくてはならない」
それになんたって今回護るのは可愛い御姫様なんだものね、という野暮な台詞は喉の奥に引っ込めておくアルスなのであった。
だが、突然後方集団が遅れだした。
本来ならば精鋭の中の精鋭たる王国騎士団で、絶対にあるはずのない失態だった。
「ほお、止まる前に始めるか。
これはまたせっかちな。
くくく、慌てる男はもてんぞ」
「やり口が少々陰険だから、もしかしたらまた女かもしれないよね」
「そうかもなあ」
そんな会話の合間に、前方集団の半分は馬車の後方をカバーする動きへと素早くシフトしている。
もう緊急時にどう動くかという手順は訓練にて全て体に叩き込まれている。
「どう見ます?」
これだけの練度を誇る一流の王国騎士団が、攻撃を察知していながら一瞬にして半分持っていかれた。
あらかじめ戦闘態勢に移っていたにも関わらず。
その恐るべき意味を知らぬわけでもあるまいに、先頭の二人は顔色一つ変えずに平常心であった。
アルスも、もうサマンサとアーモンに念話で連絡済みだ。
そして隊長は次の瞬間に錬金信号弾を打ち上げていた。
もっともヤバイ時にしか打ち上げない赤色信号弾を、この王都最奥たる王宮ゾーンの一歩手前で。
「アルス殿。
うちの後ろはもう追いついてこれない。
あの感じでは死んではいないと思うが既に戦闘不能であろう。
出来れば応援が来るまで持ち堪えてほしい。
最悪は中のサマンサ殿にも出てもらって」
「アイサー」
すでに馬上にて抜刀しかけていた隊長。
敵の襲撃を受ければ馬から飛び上り、飛行魔法フライによる空中戦にさえ持ち込む構えであろう。
だが次の瞬間、彼はずり落ちるように高速で走る馬から滑り落ちていった。
「おっとう!」
さすがにアルスも顔色が変わる。
ここの隊長は強者の中の強者にしか務められない。
たとえ他の人間がすべて倒れようとも、隊長だけは最後の一人になろうとも警護をなし遂げる。
そうであるにも関わらず、それがこの有様とは。
これでは自分だって絶対に大丈夫とは言い切れない。
(アルス、騎士団は駄目かい⁉)
(ああ、たった今全滅したよ。
いやあ、サマンサの首筋チリチリは相変わらず効くねえ)
(あたしも出ようか?)
(いやいい。
この惨状では、もし僕に止められないなら、たぶん)
(そうだね。
じゃあ、こっちは最後の砦ごと御姫様を守るナイトの続きを)
(オッケー、マム)
そして只一騎、まるで決闘の相手を待つかの如くに毅然として馬車前にて馬を駆るアルス。
王家の馬車も揺ぎ無い落ち着いた軌道を保っている。
それを横目に見ながら、アルスの顔にはむしろ面白いとか、こうでなくっちゃなみたいな表情さえ窺われる。
そして何の前触れもなく攻撃が来た。
それは物理的な物ではない。
瞬時に馬を捨て、逡巡する事なく跳んだアルス。
跳ぶというよりも、飛んだという方が正しい。
魔力馬鹿食いで非効率な上に不安定な風魔法のフライではなく、かつてこの大陸に存在したアル・グランド王国所縁の重力魔法で。
自らが落馬し空馬を走らせていた他の騎士達とは異なり、馬そのものを倒され自分は馬車が小さく見えるほどの位置まで飛び上っていた。
超強力な精神攻撃を食らったようなので、通常は戦闘中に飛ばないような超高高度まで一息に高度を上げて攻撃を振り切ったのだ。
この高さだと、若干呼吸補助の魔法や体温維持の魔法なども併用せねばならないが、そのような事はこのSランク冒険者にとっては児戯に等しい。
御丁寧な事に、アルスの場合だけはSランクに敬意を表してか、人馬共に攻撃を食らっていた。
軽く頭を振って混濁しかけていた意識をクリヤにし、視力を魔力により強化する。
このあたりの芸当をやれてしまうのが、経験を積み修羅場を潜って昇格してきたSランク冒険者の真骨頂であった。
彼が只の高ランク冒険者ならば、王国騎士団と命運を共にして斃されてしまっていただろう。
ハヤブサと化した彼は眼下の景色を俯瞰し、ただ一か所の異常を察知した。
即ち、攻撃の意思を放つ者の存在を。
敵はすぐさま、その攻撃の気配を断ったが、もう遅い。
空飛ぶSランクは急襲する速度さえハヤブサに等しかった。
いや、それ以上か。
重力に惹かれる流星の如くの圧倒的な速度で舞い降りた。
敵は二十名もの精鋭王国騎士をたった二撃で無力化するほどの凄まじい能力を持ってはいたが、それはつまり能力特化こそが為し得たものなのだ。
よりにもよって、おそらくは本命の攻撃対象であったろう重力魔法使いのSランクを逃がしてしまったのが運の尽き。
襲撃者は天空からの逆襲撃を防ぐ事は出来ずに、五名ほどいたそいつの護衛集団ごと速攻で意識を狩られた。
「馬鹿だな。
先に邪魔者を排除したつもりだったんだろうけど、こういう時は不意討ちで僕を狙わなくっちゃ。
もっとも、それでも僕は逃げちゃっただろうけどね。
はい終了」
先程の天空から俯瞰した時に、王国騎士団が数十名応援に駆けつけて来ていたのをアルスは確認していた。
下へと降りると馬車の上に降り立ち、そのまま腕組みをして立ったまま、しばし待つ。
その屋根に降り立った時の僅かなシールド越しの物音で、サマンサも襲撃の終焉を理解してくれている。
(終わったよ、マム)
(御苦労さま)
(まったく油断も隙もないよね)
(まあ、王族の護衛なんてこういうもんさ。
だから高額の報酬が頂けるんだから。
でもまあ、あんたを馬車の直営にしておいて大正解だったね)
(いやあ、びっくりしたよー。
こいつはヤバイと思って、さっさと空へ飛び上っておいて大正解だった。
あと一秒遅かったら僕もやられていたかもね~。
騎士団の皆様の貴重な犠牲の御蔭で助かったよ)
(なあに、あの剛毅な連中はあれくらいの些事で死んでやしないさ)
ほどなくしてやってきた王国騎士団の大群は速やかに三隊へと別れ、まず一つは馬車の護衛に、次にもう一つは倒された騎士達の救護に、最後の一つが敵を捕縛しに向かった。
それぞれの部隊が先程の護衛団と同等の規模の集団であった。
物事の順番もきちんと正確に守っている練度に、馬車上のアルスは満足そうな笑みを浮かべてウインクで彼らを出迎えた。




