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27 行きはよいよい

「シド!」


「メリーヌ、君との茶会も久しぶりとなるな。

 いろいろ大変だったね。

 いや、先日はあのセネラ姉に対して見事に貸しを作ってしまったし。

 あれは後が怖いな。


 それにしても、あの堅固な警備を誇るアルバ王宮ともあろう場所が、ああも簡単に攻められてしまうとは。

 帝国もいよいよもって本気だな。

 やはり狙いは君のようだね」


「ええ。護衛のシフトなどでも対策はとってくれてありますし、一応は私自身も備えはしてあるつもりなのですが……」


 私は懐に入れてある、小柄な特殊魔導杖を握り締めました。

 これはドワーフ製の特別な杖で、魔法の威力を数倍にしてくれる特殊な魔導具です。

 かなり希少な物で、特別にミハエル兄様が御父様の許可を貰って持たせてくれたのです。


 他にもドワーフ製で、錬金術で加工された魔法効果のある魔法金属製の特殊な懐剣も持っています。

 これらの出番がないとよいのですが。

 能力は別として、私はあまり荒事に向いていない性格なので。


 その辺の素養は妹である第二王女シルベスターの方が向いています。

 あの子は活発で母親によく似ているのです。


 おそらく兄妹の中では、シルベスターが一番御母様の魔法戦闘力を受け継いでいるのではないでしょうか。

 魔法全般に関しては私が一番能力が高いのですけれど。


 シルは悪戯なんかも、御母様が子供の頃にやったような事を素でやってしまうので、そういう時は御母様も少し叱りにくいようです。

 サイラスの御爺様がいらした時なんかですと「血は争えんな」とか言われて思いっきり笑われてしまいますので。


 普段そういう御母様の昔話に関しましては、大体は御母様の従兄弟兼幼馴染であった南の公爵であるマクファーソン叔父様が苦笑交じりに解説してくださる事が多いです。

 あの方も、御母様似であるシルの事はよく可愛がってくれています。


「私が常についていられればよいのだが、さすがにそういう訳にもいかん」


「大丈夫です。

 ただ帝国が何をしてくるかわからないので、そこが不安ですわ」


「ああ。でも今日は楽しんでおくれ。

 それで君の不安が少しは薄れるようならよいのだが」


 シドは、やはりそういう目的で御茶会を企画してくれたのですね。

 きっとミハエル兄様も。


 ここのところ不安に苛まされてきた心が、ほわっと温かくなるのを感じます。

 それが顔にも表れるものか、共にあるシドも表情が明るいです。


 今日は私の好きな甘い香料の焼き菓子や柑橘系の果実水なども用意してくださっています。


「ミレーヌ王女殿下におかれましては大変御機嫌麗しゅう。

 いや、なかなかに大変な情勢ではありますが、本日ばかりは連中も手は出せないでしょうから、安心して当大使館にてごゆるりと御過ごしくださいませ」


「大使様、ありがとうございます」


 そして護衛である三人は少し離れる感じの絶妙な距離を保ってくれており、私とシドを親密に過ごさせてくれております。

 もとよりシド自身が二つ名持ちの強者でありますので、そのあたりは信頼されているというのもあります。


 大使館の方々が音楽を演奏してくださるので、私達は踊りました。


 シドが曲をリクエストしてくれ、時にはアップテンポな若い貴族の間で流行っている流行の曲を演奏してくれたり、あるいは普段なら王族が絶対にやってはいけないだろう、市井の男女が街の酒場で踊るような曲を奏でてくれたり。


 ハイド王国の国風は文化的に開けており、また多くの国の文化を積極的に取り入れようと努力していたりしますので、大使館の人達もなかなか多芸なのです。


 王宮などの公式行事で儀礼的に社交ダンスを踊るのとは違って、なんと楽しき事でしょう。

 ああ、この時がいつまでも続いたらいいのに。


 私達は時を忘れて踊り、また夢中で愛を語り合いました。

 でもそんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、やがて帰る時間が近づいてきてしまいました。

 私の表情も、それに従い照度が落ちてきているのが自分でもわかります。


「ああ、もう帰る時間だなんて。

 世の中は切ないわ」


「そうだね。

 でもまた楽しい御茶会を企画しよう。

 それに明日もまた学園で会えるさ」


「そうよね。

 ああ、私の大好きなシド」


 そして私達はシド達に見送られて再び馬車上の人となったのでした。


「ああ、シドだって同じアルバの王宮で暮らしているというのに、何故一緒に帰れないのかしら」


「まあ、そういう王族の仕来りですので。

 外から見えない馬車の中、未婚の王族同士が一緒というのは、やはりまずうございますから」


 エリスさんはそのように仰いますが、サマンサさんは楽しそうに笑っています。


「いや、王族なんてものは実に面倒なものだねえ。

 私らなんかは、もうチーム全員で馬車の中だし、未婚もへったくれもない。

 夜間行軍なんていったら交代で手綱を取って強行軍さ。

 まあ、そういう中でうちは旦那とくっついたわけなんだけど」


「あはは、サマンサ嬢。

 もう冒険者のそういう話をしだしたらキリがないよ。

 ダンジョンの休憩所なんかでもザコ寝なんだろうし、それが男女で混ざっていたら、いついい仲になってしまうかもわからない。

 命懸けの冒険を共にする仲間で、また明日の命も知れぬという部分に関しては、刹那な生き方をする傭兵なんかと変わらんのだし」


「まったくさね。

 ダンジョンか。

 あそこも最近はまったく御無沙汰だねえ。

 もう体力的にあれに潜るのもきつくなってきたしね。

 元々、この国にはダンジョンが少ないのもあるが。


 うちも若いアルスはともかくとして、他はもう冒険者を引退してもいいくらいの歳にはなった。

 まあ貴重なSランク冒険者だから他よりは頑張ったっていうところなんだがね。

 そろそろ店仕舞いの季節も近いよ」


 そういえば冒険者の方々は体が資本の商売なので、もう三十代の半ばくらいまでには引退なさる方も多いと聞きます。


「チーム・アーモンの皆様は冒険者を引退されたら、どうなさるのですか?」


「そうさね。

 お金は十分に溜まったし、ギルドで若いもんを鍛えてやるのもいいし。

 まあ、ゆっくりと考える予定でね。

 うちは旦那が家柄的に薬学なんかの出身だし、事務職なんかも充分やれる。

 アーモンはギルドで教官や管理の仕事なんかをしたら有意義な気もするしね」


「アルスは?」


「まあチームが解散したら、あの子はソロでやるだろう。

 それだけの力があるし、あの子は少し訳ありなんで、別でやる事もあるのさ」


「そうですか。

 うちの仕事がチームとして最後の仕事になってしまうかもしれませんね」


「そうかもねえ」


 そしてエリスさんの様子が少しおかしいのに気が付きました。

 会話から外れて、窓の外ばかりを気にしています。


「エリスさん、どうかなさいましたか」


「ああ、いや。

 何かこう気になりましてね。

 特に何があるかっていう事でもないのですが、何かこうね。

 経験則から来る『何か』といいますか。

 姫様、しばらく私の傍から絶対に離れませぬように」


「え? ええ」


 なんだろう。

 彼女には、私に知る術がないような不穏を感じ取る事が出来るものなのだろうか。

 そんな私の様子を見て、サマンサさんからも忠告が飛んできた。


「姫様。

 そういう、なんというかね、職業上の直感という奴はそう馬鹿にしたもんじゃない。

 かくいうあたしも、なんか首の後ろがチリチリしてきたよ。

 ここには、そういう感覚みたいなものがあって、結構そういう冒険者はいるもんでしてね。

 それはたぶん人間の体の構造からきている器官的な内容だから、根拠がない訳じゃない。

 だからこそ、ここがチリチリしてきた時は余計始末に負えない」


 私は驚いてしまいました。

 こんな街中で襲撃か何かが?

 今は大使館からの帰り道で、大通りの環状道路を回っているところなのです。

 随伴する王国騎士団員も大勢いるのですし。


 ですがサマンサさんは、首の後ろを擦りながらますます顔を顰め、ついにはこのような事を言い出しました。


「いけない、これはヤバイ。

 ねえ二人とも。

 こいつは絶対に何かが起こる。

 用心しておくれ。

 外にはアルスがいるから、何かあれば奴が対応してくれるとは思うんだけどね。

 何かあったらあたしも外へ出るから、姫様は馬車の中にいて絶対にエリスから離れないで」


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