26 浮かれミレーヌ
そして、ついに御茶会の当日になりました。
この日のために用意しておいた、おニューのホームドレスに袖を通し、姿見の前でくるくると回って自分の姿を丹念に確認します。
新しい髪飾りも似合っているようで一安心です。
本日のドレスの色合いに合わせた首飾りとブレスレットを身に付け、そちらの具合も確認いたします。
「アレーデ、何かおかしいところはないかしら」
「大丈夫でございますよ。
それはもうバッチリ。
お肌の艶や紅の乗りも完璧です」
そんな具合に、そわそわ浮き浮きと落ち着かない私をアリエス夫人は窘めます。
「姫様。
久しぶりのシド殿下との御茶会で浮かれる御気持ちはわかりますが、現在は情勢もよくありませんので、それだけはくれぐれも肝に銘じておいてくださいね」
「はあい」
「では、アレーデ。
御願いしましたよ」
「はい、御任せください」
「姉上、いってらっしゃーい」
「はい、いってきます。
じゃあね、エミリオ」
今日も御茶会についてきたそうな顔をしていますが、さすがにエミリオも我儘は言いません。
本当にいい子です。
以前の御茶会の時は私のためについてきてくれていたようですし。
その御蔭で本当にシドと良いムードになったのですよ。
もう本当に可愛らしい事この上ないです。
それから本日の御茶会メンバーの皆さんと御一緒に広い王宮内を移動して、王宮前広場の王宮入り口前に停められた馬車に乗り込みます。
それから間もなく精鋭たる王国騎士団二十名が騎乗する馬に護られ、私達の馬車は出発いたしました。
さすがに帝国の手先も、これだけの数の王国騎士団の護衛付きでは道中で手が出せない事でしょう。
会場も、帝国が手を出せないようにという配慮でハイドの大使館を選定したのですから。
さすがのあの蛮族どもも他国の大使館まで手を出してこないとは、ミハエル御兄様からの入れ知恵です。
それをやったら即ハイドと不利な条件で戦争ですものね。
そもそもハイドの在アルバトロス大使館へ行くには、王宮前から伸びる西門までの見晴らしの良い道路を行き、それから第三隔壁を越えて王宮ゾーンを出た貴族街などのある第二区画へ出たら、人通りの多い環状線を通って北西方向にあるアルバ山を見られる場所へ行くだけです。
比較的警備の緩い一般区画へすら行くでもないのに、こんな王都のど真ん中で王族が他国からの襲撃を受けていたら堪ったものではありません。
貴族街区画にはまた、国軍による警備の他に貴族の護衛や騎士などもいて警戒は厳しいです。
この区画に屋敷を持てるような大商人なども冒険者を雇って護衛にしていますし。
ここのところ王宮にて事件が相次いでいましたので、特に警戒するよう、王都全域に通達が出されています。
馬車の中にも護衛として心強い御二人がいらっしゃいますし、王宮内でなければ私も魔法が使えます。
もし今度何かあったとしても、前回ほど無様な事にはならないと信じたいです。
まあ油断は大敵ですけどね。
道中に、もし何かある懸念があるとしたならば、この馬車が通過する西門を守る公爵家の本邸たる西宮フォートレスが、あのバイトン公爵家だという事くらいでしょうか。
さすがの彼らも、ここで正々堂々私をかどわかすような事はないと信じていますが、ちょっぴり不安があります。
本当に困ったものです。
何しろ西の公爵家といえば、国の守りを預かる重要なポジションのはずなのですが、それをよりにもよってあのバイトン公爵家が預かっているとは。
でもまあ、あの人達ときたら、どこのポジションにいたところで困ったものなのは致し方のない事なのですがね。
他の公爵様方も、内心ではきっといい顔はしていないのでしょう。
「さて、今日も無事に済むとよいのですけれど」
「ははは、まあそいつはどうなんだろうね。
どうせ相手はあの帝国だろうから。
まあ、どんと構えておく事だね」
どうやらエリスさんは、その件に関しては非常に懐疑的なようです。
サマンサさんは笑い飛ばしていますが。
何しろエミリオを攫おうとした敵に、侍女さんに化けて王宮へ入り込まれてしまって、それをあのサンレディとアルスに取り押さえられてしまいましたので。
また、まだ王宮本体の外にいたとはいえ、私を狙ってきたらしい手練れの敵を、またしても今度はアルバへ留学中であるシドの従姉妹の方に仕留められてしまいましたし。
本当にハイドの王族というのは凄い人が多いです。
女性でもあれだけの御力をお持ちなのですから。
護衛のエリスさんとしては面白くないと言うか、面子が潰されたというか、そういう気持ちもあるのでしょう。
そもそも王国の盾の一族の方の御仕事は、防御スキルを用いて物理や魔法・精神攻撃などのあらゆる敵から王族への攻撃を防ぐ役割なのであって、離れた場所で警戒するような仕事をやる方ではないはずなのですが。
ですから、今回もSランク冒険者チームが招聘されているのです。
それでも護衛として十分な能力を身に着けるために日々研鑽を積んでこられたのですから、敵に出し抜かれるのは面白くないのに決まっています。
またエリスさんは寝室などに詰めている最終防衛線なので、絶対にそこから動けません。
敵を迎え撃つ役割にはなっていないのですから無理もないのです。
しかも今日は、本来の彼女の任務ではない私の護衛なのです。
いや本当に申し訳ないです。
でも手練れの女性の方に来ていただけるのは心強いのです。
女性でないと入れない場所などもありますので。
本日は、あのサンレディがメンバーから外されているのもわかる気がしますね。
彼のような者が女の格好をして入り込んでしまってもいいのは一般の侍女が居てよい区画までで、王女の身辺のデリケートな関係の世話は駄目という事です。
ましてや、他国の領土扱いである大使館への帯同はね。
そして道中は何事もなく、無事にハイドの大使館へと到着いたしました。




