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24 侵入者の末路

 それは『アサシン・ギルド』の人間であった。

 とはいっても、ターゲットを暗殺する事が目的ではない。

 アルバ王宮の警戒が厳重になってしまったので、アルバの王宮へ忍び込むのに必要な技量を持った人材が、そこにしかいなかったという理由で雇われただけなのだ。


 そして腕利きの暗殺者アーザヌス・ベネスはボヤいていた。


「くそ、なんで精鋭暗殺部隊の一員たる俺様アザスが、こんな女一人を攫うための仕事なんかで人攫いの片棒を担がにゃあならんのだ。

 これじゃあ必殺の暗殺スキルが泣くぜ」


 さっきも発見されるのを防ぐためとはいえ、雑魚相手に殺しではなく意識を刈り取るに留め、その片付けまでやらざるを得なかった。

 しかも結局相手は特に精鋭が化けていた訳でもない、本物の雑魚兵士なのであった。

 彼のプライドは大きく傷付いたのである。


「こんなくだらねえ仕事はさっさと片付けて、早く本業である暗殺業に戻るぜ」


「それは難しいんじゃないかな」

「何っ」


 思わず振り向いた男の前に立っていたのは、一人の美しい女性であった。

 歳の頃は二十歳を過ぎたか過ぎないか。


 流れるような金髪と華奢なシルエット。

 そして黒尽くめの男とは対照的に、金刺繍の入った艶やかなシルクか何かの素材による薄絹のベールのような物を纏っていた。


 そのベールの下にあるのはズボンと上着のようであったのだが、はっきりとは見えず、むしろ逆に艶めかしくさえある。


「見られたからには」

「およし、アザス」


 名を愛称で呼ばれ、ビクっとするアザス。

 さっき口の中で呟いただけの独り言を聞かれてしまったのかと身を固くした。

 実際にはそうではなかったのだが。


「何っ、お前は何者だ!」


 だが、彼がその応えを聞く事はなかった。

 何故ならば。


 彼女がハイド人だったからだ。

 彼女は素晴らしい笑顔と共にベールを脱ぎ棄て、その『漁師姿』を男の前に晒した。


「お前はっ! そんな馬鹿な。

 何故ハイドの女がこんなところに」


 眼を見開いた男の戯言などは捨て置き、足捌きなどガン無視した力押しで間合いを詰め、一瞬にしてアザスを殴り飛ばした。


 避けられない。

 アサシン・ギルドの精鋭たる彼が。


 それは何故なら、彼女がハイド人だったからだ。

 たとえ女性といえども、ハイド人たる者は。


『ただただ強者であらねばならぬ』


 国を挙げてそう決まっているのだから。

 そして彼女こそは。


「ふう、ったくシドの奴め。

 手前の彼女くらい手前で守れってえの。

 まあ帝国の手先を思いっきりぶっとばせたので気分がいいから、今日のところは赦してやるとするかな」


 そう言い放ってから、男を海竜でも逃げ出せないほどギチギチに縛り上げて大満足そうなハイド王国エルオーシャン公爵家の息女『極嵐のセネラ』は、その馬鹿を担いでのしのしと王宮の巡回兵士詰所へ赴き、ゴロリと中へ放り込んで兵士達に引き渡した。


「これはセネラ様。そ、その御姿は⁉」

「もしかして、その男は賊なので?」


「ああ、ミレーヌ殿下を狙ってきたらしいな。

 貴様ら、この私の大活躍を忘れるな。

 そして称えよ。

 特に、我が国の王太子シドの前で!」


 それを聞いて兵士全員が脱力したのだが、とりあえず保身のために彼女を持ち上げておいた。

 だって、そうしておかないと自分達が賊を見逃してしまっていた事実を追及されてしまいそうなので。


「「「偉大なるプリンセス・セネラ様万歳」」」


 彼女はその必死な兵士達からの賛辞を受けて、満足そうに自室へと引き上げていった。


 現在、彼女はシドと同じくアルバの王都学園へ留学中で、今王宮で大変ホットな話題である従兄弟であるシドの恋愛物語をアルバトロス王国側から記録中なのであった。


 むしろ、そのためにわざわざ大得意な風魔法で飛んで、距離三千キロにも及ぶ大洋を自力で越えてきて、ここ王都学園へ強引に飛び込み留学したという強引さだ。


 これ一冊で、おそらくシドが一生彼女に頭が上がらないのではないかという奴を身内目線で鋭意執筆中なのだ。

 その御蔭で、こんな夜半にも起きていて見事に賊を仕留める事が出来た。


 そういう事なので、彼女は只今絶賛噂の的であるカップルをストーキング中なのであった。


 彼女は風魔法のハイド王国一の大家なのであるが、もっぱら腕っぷしに物を言わせるほうが好きなのである。

 いかにも海の強者ハイド人らしいエピソードであった。


「たとえ女であったとしてもハイド人に喧嘩を売ってはいけない」


 その格言を軽視した者の末路は大概惨めなものになるのであった。

 今日も、相手がハイド人と知らなかったとはいえ、それを無視したプロフェッショナルな男が一人犠牲になった。


 そんな事とは露知らぬミレーヌ王女はすやすやと安らかな寝息を立てていたし、シドはうっかりと寝ている間に、強面な従姉弟の御姉様に凄い借りを作ってしまっていた。


 何しろ、そのエピソードを記した著作は数年後に母国で出版されてしまう物なのだから。

 その時にはシドも戴冠して国王になっている筈なのだが、身分云々ではなく単に目上といってしまってもいいような親しい御姉様の出版はさすがに止められない。


 そういうものもハイド国民にとっては、いいつまみである。

 シドもセネラも、国民からは非常に人気の高い王族なのだった。


 それを蔭から監視していた人物がいた。

 それはもちろん、ミハエルから言われて、その暗殺者の動向にも気を配っていたアルスなのであった。

 セネラ公女が要注意人物であったアザスに関して知っていたのも、その方面からの情報なのだろう。


 その一部始終を見届けていたアルスは思いっきり首を振るのであった。

 そして改めて再評価したハイド人の、二つ名持ちである王太子シドと是非手合わせをという欲望を更に燃え上がらせたのであった。


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