23 方針転換
「やれやれ、攫われた侍女も無事に見つかって良かったな。
さすがに王都中の大捜索は御免だ」
「あっは、それだと冒険者ギルドにも依頼が入って冒険者が皆儲かったのにね」
「やめろ、サマンサ。
そんな事にでもなった日には警護どころじゃなくなっちまう」
「今後も、そういう手を使われないとも限らないですがね」
だが、アルスは些か懐疑的な様子であった。
「でも王子を国外へ連れ出すにしては、やけに作戦が小規模だよね。
捕まえた他の連中も、スポット契約で王子の運搬のためだけに雇われたゴロツキが数人いただけだし」
「ああ、怪しいな。
最初から何かの陽動である可能性も高い。
上手くやれたら御慰みといった感じの空気を感じる」
「となると、狙いは当然」
「次に狙われるのは本命のメリーヌ王女という事なんでしょうね」
妻の台詞をレッグが引き継いだ。
「そういう訳で、今回は王子の護衛を依頼された仕事であり、その護衛対象である王子にちょっかいをかけられたばかりなのだが、ここは王女の方の警護を厳重にすべし、だな」
「ねえ、アーモン。
あくまで念のためにという事で訊いておきたいんだけどさ。
シド王子の方の護衛は?
狙いがメリーヌ王女となると、その御相手もターゲットなのでは」
「あのなあ。
他国へ留学するのに自分の護衛として王国騎士の一人も連れてこないような、あの強者としてその二つ名を諸国に響かせている王太子に護衛がいると思うのか?
我々Sランク冒険者とて邪魔だと言われるのがオチだ」
「だよねえ。
ま、ちょっと訊いてみただけさ」
だが実は今アルスが一番興味あるのが、件のシド王子なのであった。
もちろん女性のように彼の容姿や振る舞いに惹かれるのではなく、『氷雪の貴公子』と呼ばれるその魔法や腕っぷしに関しての興味だ。
何しろ、ハイドの男といえば魔物溢れる大海へ敢然と乗り出していく剛の者達なのだから。
一般の船乗りでも半端ない力の持ち主であるという。
若きSランク冒険者としては非常に気になるところなのだ。
しかし警護対象の姉の婚約者に向かって「是非お手合わせを」とはさすがに言い出し辛い。
これがハイド王家に雇われていたのだったら、あの強者には敬意を表する国ならば多分『雇い主に向かって』言ってしまっても許されるのかもしれないが。
そしてメリーヌ王女と侍女のアレーデを呼んで、アーモンからその説明をしておいた。
「そういう訳なので、メリーヌ王女。
今まで以上に注意して行動してください。
警護には必ずエリス嬢とサマンサを二人とも御連れください。
他にアルスもあなたの方へ付き添いますので」
「わかりました。
あの、でもエミリオの方は?」
「そちらへは我々おっさんチームとサンレディが付きます。
王宮には王国騎士団もおりますし。
必要ならば王家から王国の盾エルシュタインへ応援を依頼していただきましょう。
サンレディがいればエミリオ殿下の御相手は十分でしょう。
何か可愛いペットも飼い出したようですし」
「そう、ならいいですわ」
何しろ、自分はこの前の失態があるので警護を厳重にされたりする方針には逆らえない。
そもそも、この人達は元々エミリオ王子のために呼ばれた人員なのであり、自分の警護についてもらうのは報酬を貰う業務外のサービス任務であるのでメリーヌとしては激しく抵抗があるのだが、そこはもう致し方なし。
件のエミリオ王子と来た日には、例の可愛い奴と一緒に公然と御遊び出来るので超御機嫌なのであった。
まあ幼児が自分のセキュリティに関して、そうそう細かい部分まで気に留めたりしないものだが。
「ほら、サンボ……レディ。見てー、可愛いよ~」
「そうですねー」
丁度、件のネズ公っぽい感じの奴が二本足で立ち上がって前足をバタバタさせており、何かユーモラスな踊りでも踊っているかのようであった。
これが地球の動画サイトなら再生回数を百万回稼ぐ事も夢ではないほどの反響があった事だろう。
だが生憎と、この世界にはそんな良い物はなかったのであった。
そして、次の襲撃はその夜半にあった。
それは何気ない、本当に何気ない予兆の後に起こった。
「ん?
ランダル、今何か微かな物音がしなかったか?」
「さあ、何かあったか?
もしかして聞き逃したかな。
でも故郷で狩人をしていたロックの耳は確かだからな」
王宮を巡回する兵士である二人組は用心深く辺りを見回した。
この前エミリオ王子が襲撃を受けたので、注意喚起が周知徹底されているため、王宮を守る兵士達は神経過敏になっている。
この王宮ゾーンは、王国騎士団に国軍・公爵家騎士団などが犇めいている地帯で、その総面積の殆どを兵士の宿舎や練兵場などで埋め尽くされている。
他国に雇われたような悪党にとってはこれ以上ないくらい危険な場所なのだ。
よって滅多な事はないはずなのだが、今はそういう滅多な事が起こりやすい時期なのだと、この国を守る兵は皆知っていた。
だが次の瞬間、二人は意識を刈り取られていた。
戦で敵兵を減らすつもりならばいざ知らず、しばしの間大人しくしていてほしいだけならば、殺すよりも寝かしつけておいた方が容易い。
無理して殺し合いに持ち込むと、へたを打って失敗したりして、どうしても騒がれる羽目になる確率が高くなるのだ。
この襲撃者自身も、相手がモブな兵士の振りをしていたのだが実は密かに雇われて秘密の警護についていたハイレベルな高ランク冒険者だったという悲惨な経験もある。
そういう場合、大概は襲撃者の方が英雄譚に登場するやられ役になると相場が決まっている。
彼の場合、相手はいつSランクに上がってもいいような二つ名持ちのAランク冒険者であった。
生憎と、とびきり手練れな男であったため、這う這うの体で逃げ出して事無きを得たのだが、任務は見事に失敗して同業者や剰え雇い主にまで笑われてしまったという、プロとしては涙目もので悲惨な顛末だった。
このアルバにおいては、そういう事態も計算しておいた方がよい。
なにせ、このアルバこそが冒険者ギルド発祥の地なのだから。
殺しに失敗して襲撃を悟られるよりも、奇襲で眠らせる方がてっとりばやくてよい。
それは長年に渡って多くの悪党達によって培われた多大な犠牲に基づく結果なので、大概の場合はそういう手法が好まれる。
今夜の襲撃者にとっても、その方が都合よかったようだ。
御蔭で、二人の兵士にとっては生き残って明日の朝日を拝めるという、非常に幸いな方へ運命の賽子が転がったようだった。




