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18 新人

 エミリオの侍女が急遽一人辞める事になりました。

 なんと、その理由は御目出度です。


 確かに御目出度い話ですし仕方がない面はあるのですが、現在の情勢におきましてはタイミング的に少々有難くないお話です。

 急遽、代わりの人を捜してもらう事になりました。

 ですが護衛のエリスさんは非常に渋い顔をしています。


「ミレーヌ様、十分御気を付けになってくださいね。

 暗殺や拉致などでは、こういう偶発的な事象が利用される事も少なくないです。

 十分警戒して人材を選んだつもりでも、まさかと思うような事例が実際にはたくさんあるのです。

 本当なら、一人減ってしまっても今までのメンバーだけでやった方がよいのですが……」


 ですが、弟の護衛を務めている彼女にもわかっています。

 人気者のエミリオは、あちこちの式典などに呼ばれる事も多く、あまり人手を減らしてしまう訳にもいかないのです。


 いつも一人で駆けずり回ってばかりのミハエル兄様ではないのですから。

 あそこはまた侍女などは一人もおらず、諜報部門の部下がその代わりを務めているという異様な雰囲気なのですが。


「まあ御母様の伝手でサイラス方面の人を呼ぶそうなので、たぶん大丈夫なのではないでしょうか。

 一応、私も気を付けておきますね」


「そうしてください。

 あのチーム・アーモンもいてくれるので滅多な事はないかと思いますが、油断は禁物です。

 特にあのベルンシュタイン帝国という奴らに限っては絶対にそうした方がいいですから。

 おそらく、今回の件も裏で糸を引いているのがニールセン侯爵でありましょうし」


 私も渋面で頷いておきます。

 それは以前に私を寄越せと言ってきていた連中ですね。

 父が厳重に断ってくれたようですが、まだ油断は出来ません。


 特に、その場合に私の相手となる第二皇子シャリオンと来たら女好きの禄でもない奴だそうですから。

 比較的真っ直ぐな気性である皇太子とは違って、かなり根性も曲がっているそうですし。


 バイトンにエドワードなど、私に言い寄ってくる男ときたら、もう本当に碌な人間がいません。

 こういうのも男運が悪いというのでしょうか。

 いやいや、私にはシド殿下という素敵な方が!



 そして数日後。

 御母様がにこにこして、新しいエミリオの侍女を連れてやってきました。


 それはまだ若い、アレーデとそう変わらないような歳の女性でした。

 なんというか、一言でいうとサイラス人特有の鷹揚な雰囲気を体全体に纏った感じの人でした。


 いわゆるピシっとした感じではなくて、ゆるっとした空気を大気中に放ち、周囲に独特な空間を形成しているような、どちらかというと侍女には見えないタイプの方でした。


 おまけに格好もスカートですらないですしね。

 髪を短めにしてあるのも相まって非常にボーイッシュな印象です。

 とても可愛らしい顔をしていますので、さすがに男の子には見えませんが。


 真っ白なズボンと、同じく白色の大きく前開きになった上着を着ていて、まるで本の挿絵で見た事のある船乗りのような格好です。

 ハイドの船乗りの方はああではないとミハエル兄様は言っていましたが。


 彼女は胸もその歳にしては平らな感じですし。

 まあ私も年齢的に人の事は言えませんが、今は豊満な御母様も私くらいの歳の頃はこんなものだと言ってくださっていますから先の展望は明るいですね。


 しかも彼女の頭にはバンダナキャップ様が鎮座ましましていますし。

 確かあれは、あの国の騎士団が何故か兜の代わりに身に着けている物のはず……。

 あの国の人間にとっては、それを身に着けている事が身嗜みという事なのでしょうか。

 うーん。


 さすがは破天荒な御母様が連れてくる人だけの事はあります。

 まあ最初からわかってはいましたけどね。


 さすがに他の侍女さん方には反響があったようで、相当ざわついていましたが、この中に御母様に逆らうような馬鹿な人はいませんので、どうやらそのまま採用になるようです。


「はい、この子はサイラスから来たサンレディよ。

 本日からエミリオ付きの侍女をやってもらうわ。

 腕は立つから安心してちょうだい」


 それには皆も納得の様子です。

 最近のあまり良くない情勢から、御母様が新入り侍女にもそちら方面へ全力でスキルポイントを振ってきたのですね。


 まあ、それはそれでいいのですけど、その他の要素が王族の侍女としてはあまりにも……。

 ですが、アレーデは少し目を眇めるような感じにして彼女を見ています。


「アレーデ、彼女が何か?」


「いえ、特に何がという訳ではないのですがね。

 うーん、何なのでしょう。

 はっきりと言葉に出来るような物ではないのですが、なんと言ったらいいんでしょうかね」


 彼女は情報通ですが、観察力もまた非常に優れた物があります。

 その彼女が何か違和感を覚えているというのなら、それは間違いなく何かあるのです。


 私は今までの経験から、少し注意して彼女の振る舞いなどを見ておこうと思いました。

 この方もパッと見には、明るくて大変良い人そうに見えるのですが。


 エリスさんも、なんというか斜めに見るといった感じに彼女を観察しています。

 まあ、この方の場合は最初から油断していないというか、すべてにおいて疑いの眼で見ているというか。


 私が彼女から信用されているのは、ただエミリオの実の姉で彼の事を猫可愛がりしている人間だからという、ただそれだけの理由からです。


 本来ならば、王族というものにおいては兄弟姉妹の方が信用出来ないものなので、なんですが。

 まあ、うちの場合は従来からそのような要素はないため、彼女としては気が楽な部分もあるでしょう。

 あ、一応バイトン公爵家の人間は除いておきますね。


 そして彼女サンレディからの挨拶がありました。

 片手を上げて非常にフランクな感じに。


「ちわーす。

 私がサンレディっす。

 皆さん、どうぞよろしくう」


 あはっ。

 敵味方云々を言う前に、なんというかアレな方でしたね。

 まあそんな事は、雰囲気からわかってはいたんですけどね。

 さすがにエリスさんも苦笑いをしていました。


「はい、元気な御挨拶が出来ましたね。

 じゃあアリエス夫人、後の事はよろしく御願いしますね~」


 それだけ言うと、御母様はエミリオの頭をくりくりと撫でてから、スタスタと歩いて行ってしまいました。


 さすがの御母様も、この難物そうな子をいきなり同じ歳くらいのアレーデに預けていかないだけの分別はあったようです。

 アリエス夫人も苦笑いをしていましたが。


 でもエミリオ本人の意見は異なっていたようです。


「わあ、よろしくね、サンレディ。

 サイラスのお話を聞かせてー。

 僕、まだ一度も行った事がないの」


「はいはい、まーかせてー。

 あそこは農業国ですから、美味しい物がいっぱいありますよー」


「へえ」


 まあ、あっという間に仲良くなったようで良かったことです。

 エミリオは懐っこい性格ですから。


 チーム・アーモンの方々はエリスさんと同じ御意見のようで、少し離れたところから彼女を観察していらっしゃるようです。

 さすがですね。


 でもアレーデの言う事が少し気にかかりますね。


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