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16 王女はつらいよ

「アルスー、待ってー」

「ははは。早くおいでよ、エミリオ殿下」


 現状の緊迫したムードとは打って変わって、新しく警護の任についてくれた冒険者であるアルスと一緒に明るくはしゃぐ弟の声が王宮に響きます。


 彼アルスは不思議な雰囲気の人です。

 相手が王族だろうと必要以上に媚びる事はしないし、その天性の明るさに周囲を巻き込んでしまうようなところがあります。


 中には、そういう彼の奔放な振る舞いを疎ましく思う貴族の雇用主などもいるかもしれませんが、それは今の我々にとっては非常にありがたい資質なのであります。


 ですが、彼は時折遠くを見つめているような、心ここに在らずという感じの表情を見せる事があります。

 しかし私が見ているのに気付くと、ふっと柔らかい笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにいつも通りの彼に戻るのです。


 本日エミリオはSランク冒険者による剣術の御稽古のようです。

 幼くとも王族たる者は自分で自分の身くらいは守れなければなりません。


 とはいえ、アルスのノリなので限りなく御遊びに近いものなのですが。

 まだ小さな子供のエミリオが相手なので、こういう事は比較的歳の近いアルスの担当のようです。


「メリーヌ殿下、御茶は如何です?」

「ああ、ありがとうございます」


 本来は侍女の仕事なのですが、今は毒殺防止の観点から御茶出しをエリスさんがやってくれています。


 エミリオの侍女だって信用出来る人間を集めているはずなのですが、現在王国内の人間が些か信用出来ない情勢であるので、そのようにしてあるとミハエル兄様が言っていました。


 何しろ、その信用出来ない奴らの中にミハエル兄様自身のシンパが混じっているのが、彼にとっても頭が痛いところです。


 エリスさんは護衛専門の一族本家の方でありますので、単にスキルや腕っぷしのみならず毒殺等の暗殺に対応する知識も素晴らしい物があり、私もこのように御傍で勉強させていただいている次第です。


 今回の件に巻き込まれないためというのもありますが、私はシド殿下のところへ王太子妃として嫁ぐ事になるだろうという事もあり、そちらへも帝国の魔手が伸びかねません。


 心構えのようなつもりで御勉強させてもらうようにと、ミハエル兄様より仰せつかっています。

 今なら貴族の護衛なども指名依頼で請け負うようなSランク冒険者パーティからも学べるのですから。


「ミレーヌ。

 まあ命が惜しかったら、学園の授業よりは身を入れる事だね」


 ミハエル兄様は笑顔で、そのような怖い事を仰っていました。

 ですが、それは冗談半分であり、また半分本気である事を私は知っています。


 何しろ御嫁に行ってしまえば、いくらシスコン兄様とて、そうそう妹に構ってくれるわけにはいかないのですから。


「ミレーヌ殿下、本日は一般的な毒物を紅茶に入れた時の香りのようなものを御勉強いたしましょうか。

 貴女は、いずれ他国にて王妃になられる方なのですから」


 彼女はニコっと笑って、表情とはまったく正反対の物凄く恐ろしい事を言い出しました。

 言われてみれば確かにそうなのですがね……。


「まずは、この紅茶の素の香りを覚えておいてください。

 無味無臭とはいえ、何か混ざっていれば、おそらく僅かな違和感は残ると思われます。


 紅茶などの飲み物を飲む時は、軽く舌先を僅かにつけて、しばらくそのままですぐに飲まない事。

 違和感を覚えたり体に異常を感じたりした時はすぐに吐き出せるように手にはハンカチを持っている事。

 その裏をかくために沈殿タイプの薬物が使用されている場合がありますので、飲み物は必ず三分の一を残す事。

 何かおかしいなと思ったら水魔法ですぐに口をゆすぐのもよいです。

 後は毒消しのポーションは常に携帯しておきましょう。


 各種魔法に長けたミレーヌ様ならば、解毒魔法や状態異常を解除するキャンセル魔法を発動待機状態にして常時準備しておくのもよいかもしれません。

 それも自然体で複数待機させられるよう日頃から訓練を積んでおけば、なおよし。

 息を吸って吐くような感じにそれをやれるよう修練しましょう。

 もしも他の方が被害に遭った時などにも、それは大変有効な対処法となりますし、ポーションと二枚看板という事で。


 その他の備えとして、魔法音痴が使う魔法のスクロールという物があります。

 通常ならば使用禁止となっている代物でありますが、王族ならば使用可能です。

 昨今の情勢ならば、別途そういう物を用意しておくのもありかと。

 アルバ冒険者ギルドなれば、その種の通常ならばないような準備もありましょう。

 王家随一で魔法上等な姫様ならば、相応に強力な回復魔法スクロールを製作できるはずですから」

 

「ひゃああ」


「ははは。

 今度、プライベートではない一般的な茶会などで他の貴婦人の所作を御覧になられると、きっと多くの方がそうしていらっしゃいますよ。


 常に毒殺を意識して、飲食物には神経を研ぎ澄ませておきましょう。

 周囲全てが暗殺者だと思っておけば心構えとしては上出来です。

 気心の知れた間柄だからといって油断していると、間者による材料のすり替えなどで嵌められる場合もあります。


 毒見役を当てにしてはいけません。

 中には暗殺者とグルになっているような耐毒性のある毒見役もおりますので。 

 そもそも手練れの毒見役という者は、ある程度は対毒性を持っております。

 彼らも、そうそう死にたいと思ってはおりませぬでしょうから、常時軽く各種の毒を服用しながらそういう物を身に着けているのです。

 しかし先程の事情がありますゆえ、そういう毒見役はそのうちに外されますが、その果てに暗殺者に雇われ、過去の経歴を隠して潜り込んで仕事をするという話も実際にありますから。


 鑑定を過信するのも考え物です。

 暗殺者は、そういう鑑定をして安心しているような弛緩した隙を突いてくる事さえあります。

 いくらなんでも常時鑑定し続けるのは不可能ですし。


 特に戦争時ないし不穏な情勢の時には、そのような『非正規戦』を警戒する事は貴族王族にとっては常識です。

 今が正にその時なのですし。

 たとえ貴女様が無事にハイドへ嫁ごうとも、帝国からみれば、あそこもハイドを越えた他国や他大陸への足掛かりとなる重要な戦略的ターゲットなのですから」


「あわわわわ」


 ひ、非常に恐ろしい話を聞いてしまいました。

 今まで私が王族でありながら、いかにふわっとして気の抜けたような人生を歩いてきたものか思い知らされました。

 さすがは我がゆるゆる王家ですね。


「それでは、まずこちらの軽い毒で、毒を盛られた時の実際の対応をやってみましょうか」

「え?」


 唐突に始まった実戦的な授業の内容に思わず気の抜けた返事をしてしまった私なのですが、彼女は真剣な表情で私のカップに集中した手付きで細長い小瓶からポチョンと中身を一滴垂らししました。


「これは殺すための毒ではなく体の自由を奪うための毒ですが、それなりに強力な効果があります。

 この前キルミスに拉致された時なんかに使われてしまうと非常に面倒な事になる代物ですね。

 もちろん、これも無味無臭です。

 あの馬鹿(キルミス)が懲りずにパーティなどで使用人を抱き込んで何かしでかさないとも限りませんので、こういう事を姫様も【実地で】勉強しておきましょうね」


「は、はひ~」


 ああ、王女稼業も楽じゃない?

 きっと、他の貴族家の女性などは幼少の頃からこういう事を叩き込まれているのではないでしょうか。

 うちは、ゆるゆる王家なので今までこういう事は学んできませんでしたが、そうもいかなくなってきたようです。


 ああ、王女は辛いよ。

 でも頑張らなくっちゃ。

 愛するシドと結ばれるまでは死んでも死にきれませんので!


久し振りの投稿となります。

おっさんリメイク冒険日記コミックス7巻、明日7月23日発売です。

コミックスの一巻が発売されてから、もう四年近く経つと思いますが、今頃紙書籍の一巻が重版されて驚きました。

いつも応援ありがとうございます。

https://twitter.com/comic_boost/status/1547777986291675136

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