16-8 新しい住人
「ヤマモト、私だ。
入るぞ」
「ああローリーさん、今新作の御菓子を作っているところです。
試作品の味見をしてみますか?」
「どれどれ。
ほお。
これはまた変わった食感だね。
しかも非常に上品な味わいだな」
おおー、干菓子だ。
しかも素晴らしい色合いだった。
「山本さん、私も御一つ頂いてよろしいですか?
あ、私は井上隆裕と申します。
初めまして。
私は愛知県なんですけど、山本さんは和三盆産地の徳島とか香川の方?
それとも和菓子の本場、京都とかの方面かな」
俺は日本語で一気にまくし立てた。
彼は驚いて固まり、どんぐり眼で俺を見ていた。
そして、そう間を置かずに笑顔でこう言ってくれる。
「あ、えーと。
私、うどん県の者です」
俺達は互いに破顔した。
山本さんは朴訥とした感じの人で、何かこう人をホッとさせてくれるような空気を纏ったタイプだった。
「あ、私は山本昭二といいます。
うどん屋の次男に生まれました。
田舎なんで、うちは商売柄もあって洋菓子よりは和菓子という雰囲気でした。
最近の和菓子屋の跡継ぎさんは、和菓子屋を継がずに洋菓子屋を始める人も多いそうですが、私はすっかり和菓子に魅せられてしまって。
家の近くに讃岐和三盆を使う和菓子屋さんがあって子供の頃から出入りしていたのですが、いつの間にか本職になっていました」
よっしゃあ~。
ケモミミ園、本格的な和菓子職人をゲット。
これで御菓子は和洋二枚看板が確定した!
山本さんは、なんというか色男っていう感じじゃない。
頭は短く刈り上げて、いかにも職人さんといった風情だ。
だが決して厳ついような感じではなく、懐っこい笑みを浮かべている。
それはよく和菓子屋さんのHPあたりで、職人紹介の写真なんかで見かけるような柔らかい感じの笑みだった。
子供には好かれそうな人だな。
おまけに、もう全身から甘い匂いをさせているし。
こいつは、うちの子達には厳しい攻撃だぜ。
これならうちに来てもらっても大丈夫だろう。
「あ、でも材料とかは?
御菓子をたくさん作られていましたけど……」
「ピギャアー」
俺のセリフは例の叫び声? により遮られた。
「あ、こらあ、ファル。
勝手に食べているんじゃない!」
早くも口いっぱいに御菓子を頬張って、可愛いハムスター状態だ!
「ははは。
いいんですよ。
御嬢ちゃん、美味しいかい?」
ファルは嬉しそうに、ぶんぶんと頭を前に振る。
口いっぱいに頬ばっているので返事が出来ないのだ。
これが、この大陸では誰もが平伏するという神の御使いたる神聖エリオンなる御方だと知れたら……あ、山本さんは多分エリオンの話を知らないよな。
「必要な材料はね、好きなだけ出せるんです。
今まで日本で使った事があるものなら」
なんと、MP変換の公式さえなく必要なものを必要なだけ手に入れる方式か。
よくわからん能力だな。
なんか変な事になったので、とりあえず生業として本職たる和菓子を好きなだけ作れる能力を! みたいにスキルを構築したのだろうか。
たぶん、『プロの和菓子職人』としてのユニークスキルという形で自然に構築された物なのだろう。
だって、この人って自力でそんな事が出来るようなタイプには見えない。
俺じゃあるまいし。
プロ根性なのか、俺のセブンスセンスと同じような物なのか。
まあ俺も人の事は言えないけれど。
実をいうとこの人は、どちらかというとセブンスセンス持ちの才能がありそうなタイプなのだ。
「セブンスセンス持ち」などという、あやふやな言葉自体が非常に紛らわしいのだが。
一言で言うと、この世界で精霊どもが自主的に自分から寄ってきそうな、こういうタイプにそういう疑惑がある。
また性質の悪い事に、あれを持っていてもまったくその自覚がないという、とんでもない奴も世の中にはいるのだ。
この人の場合、もしセブンスセンスを持っていた時は、間違いなくそういう厄介なタイプだ。
オマケにこの人って天然精霊ホイホイと言ってもいいような、御菓子職人まで兼ねているからなあ。
御菓子の材料を際限なく生み出せるようだから、また魔力も凄く豊富そうだし。
もちろん、こういう性格の人って、只の天然という可能性も大いに捨てきれないのだがな。
「すいません。
山本さんは、今から私と一緒に来ていただく事になりました。
ブラウン伯爵とも話はついております」
特に話はしてないけどな。
自ら公爵殺しを名乗った以外には。
「そ、そうですか……日本人と一緒にいられるのは嬉しいのですが、ローリーさんには大変御世話になったので、突然御暇するのは大変心苦しいのですけど。
店の用事で買い物に出た時に、霧にまかれて何故かこの世界へ。
訳もわからずにうろうろしていたらローリーさんが声をかけてくださって。
そのまま、ここで御世話になりっぱなしなのです」
それには俺も思わず目を見開いた。
なんという強運か。
この帝国なんかでブラウン伯爵みたいな優しい人に拾ってもらえるなんて、ますますもって怪しいわ。
セブンスセンスには、そういう御都合主義な側面もあるのだ。
強いて言うのならば、あれは『御都合主義の塊』のような代物だ。
これが実在の代物なんだから本当に困ったものだ。
へたな創作の物語なんかよりも、セブンスセンスが引き起こした御都合主義の方がよっぽど奇天烈な代物なのだから。
たとえセブンスセンスを持っている本人にその自覚がなかろうとも、タイミング一発でそうなる。
そして伯爵が、頃合を見計らって山本さんに声をかける。
「いや、いいんだ。
もうここにいても、君の才能を埋もれさせてしまうだけになってしまうだろう。
ヤマモト、君はやっぱり他の世界から来た稀人なのだね。
そんなような気がしていたよ」
「ローリーさん、本当に御世話になりました。
この御恩は決して忘れません」
俺は伯爵に一言謝っておいた。
「済まんな、ブラウン伯爵。
この埋め合わせは必ずしよう。
それに」
俺はチラリと侯爵を盗み見た。
暴れちゃうからな。
後悔するなよ、クリフト侯爵。
俺達は丁寧に挨拶をして伯爵邸を辞する事とした。
伯爵が用意してくれただろう菓子作りの道具は有難く頂いてきた。
見送りに来たブラウン伯爵がドアの惨状を目の当たりにして驚いていたが、その場で再生のスキルにより復旧した。
ブラウン伯爵には素敵な笑顔を向けて胡麻化しておいた。
まったく誤魔化せていないけどね。
同じく門扉もスキルで復旧させて、転移魔法でアルバトロス王国大使館へ向かう。
「いやあ、派手にやりましたね」
さっそく出迎えてくれた狸1号が、にこにこしてそのようにのたまった。
これでミハエル殿下からのミッションをクリヤできたのだ。
功績をまた積み上げることが出来たので、大変に嬉しそうな元祖狸貴族。
俺達を送ってくれた馬車の御者が通信の魔導具で報告していたのだろう。
さすがは音に聞こえた魔導大国アルバトロスだな。
「さすが大使、耳が早いですね。
こちらは新しい稀人さんです。
この方は俺のところで保護する事にしましたので宜しく。
それでは」
手短に報告すると、山本氏に向かって頼んだ。
「ちょっとだけ目を瞑っていてください」
そしてケモミミ園へ転移した。
さっそく目聡い園児達の御出迎えだ。
「おかえりー」
「おみやげはー?」
「はい、御土産」
俺はそう言って子供達に山本さんを差し出した。
「えー、おっさんじゃん!」
「おっさんだあ」
「こんなおっさんなんかより、たべものほうがずっといいのにー」
山本氏は、いきなりこんなところへ連れてこられた上に、姦しい園児どもからおっさん呼ばわりの超連呼である。
大変にショックな御様子だ。
主に、おっさん呼ばわりの方に。
どうやら馬鹿正直な人のようで、考えている事がすぐ顔に出るタイプらしい。
「まあまあ。
私なんか、十九歳で園児からおじさんと呼ばれた事がありますよ。
これでも結構童顔だったんですけどね……」
一応は慰めておく。
何かこの人には敬意を持って接してしまうな。
今までこの世界で出会ってきたような人間とは、まったく異なる人種だ。
朴訥な感じだが、言葉使いも丁寧な感じで、何よりも話していてホッとさせてくれる。
俺は今まであまりにも殺伐とした異世界生活を送り過ぎた気がする。
「お前ら!
もうちょっとくらい敬え。
この人はな、エリちゃんに匹敵するくらい凄い御菓子職人さんなんだぞ」
匹敵っていうか、この人こそが日本から来た本職の和菓子職人さんなんだけど。
それを聞いて、その場に居合わせたケモチビ全員が目を丸くして、ミミを立てて一斉に山本さんに注目した。
そして次の瞬間に奴らは、堂々と手の平を返してこう言いやがった。
「「「おにいちゃん、おかしちょうだいー」」」
まったくもって現金な奴らである。
山本さんも苦笑しながら、どうやらこれもスキルで出してくれたらしい出来合いの御菓子を配ってくれていた。




