13 再会の日
そして、とうとうシドが王都学園に帰ってきました。
あれから、なんと毎日御母様が私に付き添ってくださっていて、学園でも日々授業参観状態でした。
その御蔭で、さしものしつこいエドワードなども寄って来ませんでした。
別に冒険者装束でいたわけではないのですが、逆に王妃としての格好で物凄いオーラを放っていましたので、却って大迫力の存在感を見せつけていたのです。
公務をほったらかしてそうしていたので、御父様や宰相が苦笑いをしていそうです。
その王妃たる者にあまり相応しくない強面な立ち居振る舞いに、教師や生徒達も目を剥いていましたが、その程度の事であの強心臓な御母様がビクともするはずがありません。
むしろ、堂々と視線の強圧のみで周囲を制圧し、皆が眼を逸らしていました。
あの方の場合は、この国へ嫁いできて以来そういうエピソードには事欠かないようですしね。
ああ、これで私もしばらくの刻は、皆の間で明後日の方角を向いた話題の主になってしまいそうです。
でも本音を言えば、その母の愛が非常にありがたかったのです。
あんな目に遭うのはもう二度と御免ですから。
ここはやはり『ティアラの騎士』でも目指して、御母様に剣の扱い方でも習っておくべきなのでしょうかね。
シドの妻になるという事は、ハイド本国からはそっち方面を目指す事も期待されているような気がいたします。
今回、魔法だけでは世の中に通用しない事を無様に露呈してしまいましたので。
そして放課後にシドは私に会いにやってきてくれました。
心なしか、少しやつれているかのように見えるのは気のせいなのでしょうか。
もしかしたら、この私自身もそうであったのかもしれません。
あんな目に遭ったのですから無理もありませんが。
シドも少し違和感を覚えたようです。
「メリーヌ? 私が留守中に何かあったか」
「ううん、何でもありません。私は大丈夫です」
「そうか、それならばよいのだが。
会いたかった、メリーヌ」
「私もです。シド、愛しい方」
こうして、再び私とシドは愛の言葉を囁き合う日々に戻れたのでした。
その後に起こる波乱など予想する事さえも叶わずに。
幸せな日々、それは周囲からも祝福され、血縁からも認められた二人の関係でありました。
当初、私は知りもしなかったのですが、ミハエル兄様がハイドの関係者と協議し、なんと遥々ハイドまで父の親書を持って訪問して『その事』に関してハイド王家と話し合いの場を設けてくれていたようなのです。
かつてハイド王国と我がアルバトロス王国の兄弟国であるサイラス王国は少々良くない関係にあったのです。
別に過去において戦争に至っていたわけではないのですが、地理的にも兄弟国同士の間にハイド王国があった訳ですし、いろいろとあったのでしょう。
直近の軋轢となる出来事といえば、上の第一王子たるカルロス兄様の縁談の破談でありましょうか。
それは今から三年前の事でした。
兄様が十五歳の時に先方の、なんとハイド王国の当時五歳になる姫と婚約したのですが、姫の成人を待つ間に先方の都合で話が拗れ、成人を迎えた先方の姫が他の国へ嫁ぐ形で、うやむやの内に破談になったのです。
これには、さすがの我が国も頭を抱える事態となり、ハイド王国との関係も非常にギクシャクしたという無残な経緯があります。
それが私達の関係にまで及ぶのではないかと、ミハエル兄様が危惧したものでしょう。
もとより、そういった方面の話の中でベルンシュタイン帝国の脅威が日々増す中、ハイド王国との同盟は急務であり、今回の私達の話は国同士におきましても是非とも進めたい案件ではあったのです。
そのような環境的な後押しもあって、私達の愛は日々二人で育てていったのです。
そんなある日の事でした。
家族が集められ、御父様から話がありました。
「皆、気を落ちつけて聞いておくれ。
突如、ベルンシュタイン帝国から、このような申し入れがあった。
ミレーヌを帝国第二皇子シャリオンに嫁がせろと。
無論、そのような無理無体な話は聞けぬが、突然あの国が理もなくそのような事を言ってきおったのじゃ。
また何か企んでおるのやもしれん。
皆も心しておいておくれ」
そして、御父様はミハエル兄様を見ました。
兄様も少し難しい顔で父王を見返しています。
当事者である私も、思わず顔が曇ります。
ですが、御母様が言ってくださいました。
「大丈夫。家族はきっと守るわ。
ね、ミレーヌ」
つい先日も、その言葉通りに私を守ってくださった彼女の力強い笑顔は、私にとって何よりも心強いものなのでした。
「第二皇子派ですか。
あの、かつては瞬神と謳われた将軍が頭という訳ですね」
カルロス兄様も、そのように呟かれました。
その言葉に、御父様は静かに頷きました。
瞬神、かつては帝国軍の将軍として名を馳せ、先王陛下である武闘派国王であった御爺様が自ら先頭を切って戦ったりした軍人だと記憶しています。
確か、彼も今は軍を引退して帝都ベルンにいるはず。
その名もニールセン侯爵。
あと、その他にも性質の良くない一癖も二癖もあるような人士のいる一党のはずです。
ミハエル兄様は、そういう帝国の動きを察知していたのでしょうか。
御茶会の時と言い、ハイド大使館へ行った時の事といい、そのように何かを感じさせる振る舞いもあったのですから。
やはり連中は、アルバトロス王国とハイド王国の婚姻による結び付きの動きを快く思っていなかったみたい。
でもそんな事には絶対に負けたくないわ。
そして、ふと気が付くと家族全員が私の顔を見つめていました。
それはなんというか少し柔らかい感じに、厳しい決意を表に出していた私を見守るかのように。
私も彼らに向かって微笑みを返しました。
言葉にしなくても、私達家族は心をしっかりと一つにしていたのです。




