表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1248/1334

12 凶行

 そんなある日の事でした。

 下校時刻になって、一通の手紙が私の席に届いたのです。

 差出人の名はありません。


 本日はアレーデが授業後に用足しのために出ており、いつもならこのような胡乱な案件は賢い彼女が開封し対処してくれる物なのですが、私は何故か彼女を待たずにそれを不用意に開けてしまいました。


 そこにはこうありました。


『シド殿下の件で情報あり。

 八の刻、学園校舎裏の用具小屋まで来られたし。

 本件は機密事項につき他言無用のこと』


 私はドキっといたしました。

 シドに何かあったのではないかと。

 酷く火急な要件での緊急帰国であった事、どうしても留学途中で帰らなくてはならないような危急な案件、その中で彼に何かあったのではないかと。


 私とて王族の一員、普段ならば決して不用意な行動に出たりはしないのですが、シドと離れ離れになってしまい、酷く心が弱っていたのでしょうか。


 私は恋をして、かなり精神が弱ってしまっていたようです。

 シドと離れている事に心は焦り、少々視野が狭くなっていたのかもしれません。

 私は誰も伴を付けず、その場へ向かいました。

 ですが、そこには誰もいません。


「悪戯だったのかしら……」


 しかし、背後で何か物音がして振り返ろうとした刹那、私は背中から取り押さえられ何かを嗅がされました。

 この独特の甘めの香りには覚えがあります。

 アレーデから習った事があるのです。


(これは!

 人間を昏睡させる系統の錬金薬だわ。

 しまった……なんて迂闊な。ああ、シド……)


 そして闇黒の世界から戻ってきた時に私を迎えてくれた顔は。


「キルミス!」

「やあ、可愛い僕の姫君」


 彼は酒が入っていると思われるグラスを持ち、気取った感じに声をかけてきました。

 気取ったところで、そのゴブリンの如くの醜悪さがどうにかなるようなものではないのですが。


 何故このような男が私の血族に。

 せめて血の繋がりのない姻戚であってほしかった……。


「あなた、これは一体どういうつもり? あの手紙はあなたが出したの?」


「そうさ。

 ついでに、あの邪魔くさいアレーデも偽の用件で追い払っておいたのさ。

 僕って頭がいいだろう」


 それを誇示して悦に入るためだけに、彼は眠ったままの私には手を出さずにニヤニヤ笑いながら、私を蹂躙する想像をしながら寝顔を見ていたのでしょう。


 思わず、その恥辱に顔が赤らみます。

 この馬鹿な小娘は、思慮浅く、まんまとこの無頼漢の奸計に嵌ってしまったのです。


「こ、この!」


 そして頭に血の上った私は彼に向かって魔法を放とうとして、それが放てない事に気が付きました。


「く! こ、ここはまさか」


「そうさあ。

 ここは王宮にある僕の部屋。

 つまり、この王宮は君の家でもある。


 だからわかるだろう。

 ここじゃあ、君も魔法を使えないからね。

 君達姉妹って、あの初代国王譲りで本当に物騒なんだから。

 この君と同じく初代国王の子孫にして画期的なまでに天才的な僕が魔法を使えないというのにな」


 私は青ざめました。

 この王宮内では、むやみに魔法が使えないように魔法を制限する強力な結界魔法が敷かれています。

 ここでは魔法、特に攻撃魔法は絶対に使えません。


「あなた、正気なの。

 王宮内でこんな真似をして。

 今度こそ、王国騎士団があなたを完全捕縛するわよ」


「そうかな?

 あのオルストン騒動の時にも、国内貴族からの圧力で僕は無罪釈放となった。

 僕が何をしようと彼らは公爵家の味方さ。

 僕が捕まって裁かれる事など誰も望んではいないよ」


 それには思わず唇を噛む羽目になった私でした。

 確かに公爵家は簡単にどうこうする事は出来ません。

 たとえ王女一人を力づくで手籠めにしたとしても。


 父だって、いきなり公爵家を潰す事なんて出来ないのです。

 バイトン公爵家は伊達に王国の恥の一族とは呼ばれていないのにも関わらず。

 他の公爵家は、このような事はないのですが。


 そして彼は厭らしい笑顔を浮かべて私に向かってにじり寄ってきました。


「よ、寄らないで」


「はははは、もう逃げられないよ。

 メリーヌ、君はもう僕の物だ」


 王族の居室には、王宮を警備する衛視である近衛兵や、あの王国騎士団ですら無闇には入れません。

 まだ十三歳の私では、いくらチビとはいえ三十五歳の大人の男の腕力には叶いません。

 魔法を使えないのが痛すぎます。


(どうしよう。ああアレーデ、勝手な事をしてごめんなさい)


「ああ、御母様!」

「はあい」


「「え?」」


 私は思わずキルミスとハモってしまいました。


 そしてそこ、部屋の入口には『御母様』がいらしたのです。

 いつものティアラとドレスを纏った王妃としての姿ではなく、ピッチリとした黒の革の上下に身を包んだ姿で。


 よく見れば部屋の入口のドアが開いたままで、そこには外にいたと思われる見張りと思しき者が二名倒れ伏しています。


 御母様は、その見事過ぎるプロポーションを披露しながら、愛用のオリハルコンのレイピアを手にして立っていました。

 Aランク冒険者を意味するミスリル製の冒険者徽章を首からぶら下げた冒険者装束で。


「な、何故……」


 グラスを手にしたまま驚愕を伴に、その醜悪な顔を引き攣らせながら後ずさるキルミス。


「アレーデがね。

 急遽出かける事になったのでと言伝を寄越したので、おかしいと思って学園に確認したのよ。

 それで消息が途絶えたらしいミレーヌを探しても、どこにも見つからない。

 まさかと思いつつも、ここへ来てみれば。

 キルミス、貴様。

 なんという真似を……」


「さ、さすがはアレーデ。

 それにしても、御母様がわざわざ来てくださるなんて!」


「高ランク冒険者の勘よ。

 王妃生活を長く続けていても、まだまだ鈍っちゃいなかったようね。

 ここには騎士団も勝手に入ったりは出来ないからね。

 もし、お前が拉致されているのであれば、きっと居場所はここだと思ったよ。

 さて、キルミスよ。

 この私に向かって何か申し開きする事はあるかな」


 そう問われても、ただ沈黙し睨み返すだけのキルミス。

 この人に何か言い訳をしたところで無駄なのがわかっているから。

 この強面な叔母だけは決して怒らせてしまっていいものではなかったのだから。


 そんなキルミスの日和った様子は意にも介さず、奴の前へズカズカと近づいていった御母様は、奴の無言の回答に対して短い応えだけを返します。


「そう」


 そして御母様の右手が見えないほどの速度で動き、キルミスの手の中のグラスを綺麗に切り裂きました。

 グラスは細かく刻まれ、落ち行く破片と共にその中身が床を濡らしたのですが、キルミスの手には細かな傷一つ付いてはいません。


 ガラスを剣で刻める人は大勢いますが、人の手の中にあるグラスを切り裂きながら相手の手を一切傷付けない芸当が出来る人を私は他に知りません。

 オリハルコンの凄まじい切れ味と、恐るべき高ランク冒険者の剣技による合わせ技です。


「いいか、キルミス。

 もう二度と私の娘に手を出す事は許さない!」


 ピシャンっと、ただそれだけを言葉の刃で突き付けると、御母様はクルリと向きを変えました。


 体が全身震えて言葉もなく立ちすくむキルミスをその場に捨て置き、御母様はもはや奴を一顧だにせず、私の手を引いて歩き出しました。


 私は小さな頃の事を思い出しました。

 どこかの小さな路を歩きながら、私は泣いていました。

 その時の状況がよく思い出せないのですが、今と同じように御母様が冒険者装束で、優しく笑いながら私の手を引いてくれていた記憶があります。


「ありがとう、御母様」

「ふふ、無事でよかったわ。私の可愛い娘ミレーヌ」


 この王宮の真の主である御母様をあそこまで怒らせたのですから、あのキルミスも当分は大人しくしている事でしょう。


 我が従兄妹ながら誠に困ったものです。

 ああ、それにしても無事に済んで良かった事です。

 ありがとう、アレーデ。


 ああシド、早くあなたに会いたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ