11 お邪魔虫達
それからさして間を置かず、少し酷い事になってしまいました。
以前からそういう事はあったのです。
要はシド殿下のいない間に私に言い寄ってくる虚け者達がいるという事でした。
まず、アルバート侯爵家の跡取りであるエドワード。
「これはメリーヌ王女、大変御機嫌麗しゅう。
ぜひとも、この私と一緒に御茶の時間を」
この男は、なんというか……一言で言うのならば、いけ好かない男です。
うちの上の兄と同じような歳であるにも拘わらず、成人前の私に言い寄ってきますし、しかも私にだけではなく、あちこちの御令嬢にも言い寄っています。
そして、どうやら王女を娶りたいらしく、私のまだ幼い妹達にも言い寄っていて、彼女達からも大変に嫌われています。
別に私を好きな訳ではなく、王女を伴侶に娶り、彼の家の権勢を誇りたいだけなのです。
もっとも、そういう男はうちの親からも大変に嫌われているのですが。
とはいえ侯爵家の跡取りともなれば、そうそう邪険にする事も出来ません。
そうは言うものの、シド殿下がいなくなった日からこうも毎日毎日言い寄ってこられては辟易します。
油断などしようものなら、無理やりにでも私を自分の物にしてしまおうと企む危険さえあります。
常に性質の良くなさそうな取り巻き連を連れていますので、王宮の御令嬢達からも見事に鼻つまみ者扱いされております。
「姫様、決してあの者達と姫様だけで御会いになりませぬように。
わかりましたね?」
「うん、わかってるわ」
あの男にはアレーデも非常に警戒しております。
以前、取り巻きに見張らせておき、なんとこの王宮内でどこかの御令嬢を手籠めにしようとしたという噂もあります。
どうやら、それは未遂に終わったようなのですがね。
ここアルバ王宮はミハエル兄様の仕事場なので、そのような胡乱な狼藉が叶う筈もないのです。
これも噂に聞いただけなのですが、その時は【御母様自ら】奴をボコボコにしたという伝説が!
その件に関しては訊いてみても、ミハエル兄様はニコニコしているだけで何も語りませんし、当の御母様は優しく私の頬を撫でてくださるだけです。
にも関わらず、今日もあのエドワードは私に言い寄ってくるのです。
ある意味で見上げた根性の持ち主ではないかと、むしろ甚く感心いたします。
それだけでも辟易するのですが、その他にまだ私に言い寄ってくる者もいるのです。
そいつの名は『キルミス・フォン・バイトン』。
その名を聞いただけで、うちの両親を含めたこの国のすべての人間が辟易するという、あの王国の恥と名高いバイトン公爵家の人間です。
その上、何とあろうことか、そいつは私と血の繋がった従兄妹でもあります。
つまり当然のように、この国の王位継承権を持っている男なのです。
何しろ現国王の甥っ子で、我が父の弟の息子なのですから。
ああ、せめてミハエル兄様と姿の似ている、サイラスの国王になった従兄弟の優しいルイス兄様のようであればよかったのですが。
アンビバボー!
初代国王様の口癖の一つでもあったという、この言葉を思わず叫びたくなるような有り得べからざる存在なのです。
まあそれだけならよいのですが、よりにもよってそいつがこの私に言い寄ってくるのですから、それはもう堪ったものではありません。
今まではシドが一緒にいたので近寄ってきませんでしたが、その前はしょっちゅう声をかけてきていました。
御陰様で、かのエドワードと奴以外の男性からは、一切私に声がかかってこなかったという……。
男除けに使いたいのなら格好のアイテム達なのですが、こちらには特にそういう需要はないので、私にとっては迷惑以外の何物でもありません。
これがまた、とっくの昔に三十路を越えていて、今では三十五歳くらいでしょうか。
彼の父親が酷く若い時分に作ってしまった息子らしいのですが。
彼の父親の兄である国王の息子が、まだ三十歳前ですからね。
また凄くチビな上にデブで、顔には常に卑しい顔を張り付けています。
すこぶる性格が悪く、その上非常に醜悪な貌をしている小男というのが皆の共通認識です。
それは心の内面から溢れ出す醜悪さなので目も当てられません。
その昔は、こいつが性質の良くない真似をして王国の剣たるオルストン家を没落させた張本人でもあり、あの温厚な父をして大いに嘆かせ、また怒り狂わせたほどだそうです。
その時には、今はエミリオの侍従長をしてくれているルーバ子爵が当時の騎士団長として、現騎士団長のケインズと共に彼を捕縛したのですが、結局オルストン伯爵が爵位を剥奪されてしまっただけで、彼は平然と罪を逃れ今に至ります。
今でも王国の恥と呼ばれる事件として、オルストン家没落に関しては貴族の間では禁句に近い扱いになっております。
この千年王国たるアルバトロスにおいて、なんと嘆かわしい事か。
かのバイトン公爵は、かつては自ら王位継承権を捨て父の即位を円滑に進めさせたほどの傑物であったそうですが、今はもうその片鱗は欠片もありません。
おそらくは、その事がブローとなってジワジワと心を蝕み、そして病んでいったのではないかとも言われています。
それまで彼を担いでいた連中も掌を返したりしたでしょうし、その他の連中も大いに噂し、あるいは面と向かって誹るために何か言うような事もあったでしょう。
そんな風に周囲の人間からの扱いもいけなかったのでしょうが、とにかく彼は変わってしまいました。
まるで昔とは別人のように変貌してしまったとルーバ子爵から聞きました。
明らかに、今までとは真逆となる良くない方向へ心が向いてしまったのだと。
だからこそ父にとっては弟一家の行状が、より大きく心の重しとなっているのです。
その結果、我儘三昧に育ったのが彼のキルミスであり、その現在進行形の被害者であるのがこの私なのですから。
いやはや、実に困ったものです。




