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7 胡乱な気配

「エミリオ。

 こ、これは一体?」


 それは紛れもなく、本日の御茶会の招待状でした。

 これはまた、なんという事でしょう。

 私は驚きを隠せませんでした。


 それを見てエミリオは何故か嬉しそうにしていました。


「はい。実はヒルメ様からいただいてしまったのです!」


 ええっ、ヒルメ様が?

 それは一体全体どういう事なのでしょうか??


 だが、そんな事に思いを馳せている時間はありませんでした。


「さあさあさあ、姫様!

 何をやっているんですか。

 ついに決戦の時来たる!

 御茶会に行く御仕度を整えますよ~。

 皆の者ー、であえ、であえ~」


 駆けつけてきたアレーデを始めとする侍女達に、半ば担がれるかのようにその場から連れ去られた私は、それ以上その件について追求する事はできませんでした。



「姉様。

 御茶会、楽しみです」


「え、ええ。そうね」


 私は、なんというか生暖かいような目で、馬車に同乗してきている五歳の弟を見詰めていました。

 何故今日、この可愛いものが私についてきたがるのか不思議で堪りませんでした。


 でもまあ、可愛いからいいかな。

 うちの家族は、この子に関する事は大体その一言で片付けてしまいます。

 私はシド殿下との御茶会に想いを馳せて、思わず微笑を(おもて)に貼り付けるのでした。


 エミリオはただ、にこにことして私の顔を見ていました。

 ただ一つだけ気になるのは、あの家の者がついてきているという事です。


 エリス・フォン・エルシュタイン。

 美しい金髪と青い瞳。

 その類稀なる端正な顔からは窺い知れない強力なスキルの持ち主です。


 そして、その心に秘めたる熱き忠誠心。

 かつては王国の危機が巻き起こる度に、その命を賭して尽くしてくれた忠義なる家系。

 父からの信頼もとても厚い一族の方なのです。


『王国の盾』の一族。


 かつてこの国には、王国の剣と呼ばれた忠義な一族がおりました。

 今は不幸な経緯で御家断絶になってしまいましたが。

 そこには、御隣の覇権に狂ったベルンシュタイン帝国の陰謀があったのではないかとも密かに囁かれていました。

 ですが、その真偽は定かではありません。


 エルシュタイン家は王国の盾として、その王国の剣と並ぶ名声を誇った一族なのです。

 そして今日、エミリオが御伴として一緒に連れてきたのは、彼の侍従長である元王国騎士団長ルーバではなく、エミリオの侍女でもなく、そのエルシュタイン家の三女エリス嬢。


 何故この人が今日私達と一緒にいるのか?

 彼女は、私の不思議そうに見る物問いたげな視線にも無言の笑顔を返してくるのみです。

 まあ特に怪しい人ではなく、むしろいらしてくださったら心強い方なのですけれど。


 彼らの一族が用いるのは『絶対防御の盾』というスキル。

 別名、再生シールドとも言われる恐るべき能力です。


 それ故、彼女の兄君達は下級貴族である子爵家の人間でありながら、父の護衛などを務める栄えある王国騎士団の重鎮でもあるのです。


 まあ本日は確かに私とエミリオの二人の王族がいて、シド殿下や御友人の身分の高い方もたくさんいらっしゃるのですが、果たしてプライベート・パーティにそこまでするものなのでしょうか?


 この王都にはたくさんの王国騎士団や王国軍兵士が駐在しており、そうそう滅多な事はありません。

 王宮ゾーンなどは彼らのための演習場だらけで、その隙間に王宮や公爵邸があるようなものです。


『いざ鎌倉』


 それが我がアルバトロス王国に伝えられる稀人の逸話。

 その実態は、何か少し言い伝えと違うのではないかという論議がたまにされるようですが、そこは曲げない一徹さ。

 それが我がアルバトロス王家の家訓です。


「備えあれば憂い無し」と稀人の国の言葉で書かれた額縁も、国王執務室にある国王の椅子の背後上部に飾られています。


 シド殿下とて武功に秀でた『氷雪の貴公子』の名を欲しいままにする、剣も魔法も優れた御方です。

 実際に強力な海の魔物の討伐も行なわれる方なのです。

 何かあったとしても、大人しく女の盾に護られているような方ではありません。


 そのような過保護な扱いは、むしろ逆に失礼であると言われかねないのです。

 それについてはまあ、護衛されるしかない立場である王女の私がとやかく言うべきではありません。


 エルシュタイン家の人間がここにいるという事は、精鋭の中の精鋭である王国騎士団が動いたという事であり、それは取りも直さず、あの元王国騎士団長ルーバが動いたという事に他なりません。


 おそらくは父も承知の事であり、宰相にも通知されているはず。

 へたをすれば我が国の諜報機関トップたるミハエル兄様自らが率先して動いたという可能性さえあるのです。


 それは即ち、あのベルンシュタイン帝国が動く可能性を加味しているという事に他ならなりません。


 アルバトロス王国の姫とハイドの王太子が正式に出会う。

 それはある意味ではベルンシュタイン帝国にとり悪夢でしかないわけですから、何らかの策謀が無いとは言い切れないのですが。


 しかし……本日は只の御茶会なのですよ?

 それに最初から危ないのがわかっているのだったら、まだ小さなエミリオは一緒に来ませんよね? 


 なんだかよくわかりませんが、そのエリスというエルシュタイン家の子爵令嬢とエミリオは何故かにこにこして、時々顔を見合わせて笑ったりしていて緊張感など何もないような雰囲気を醸し出しています。


 胡乱な笑顔であります。

 確かに胡乱だけれども、そんな些細な事に構ってなんかいられないのです。

 この私にとって本日は一大事の日なのですから!


 そんな私の困惑を他所に、馬車は貴族街にあるメロウ伯爵家の王都屋敷へと到着しました。


 私は、あれほどまでに焦がれていた勢いをすっかり削がれてしまっていましたが、気負いすぎてしまっていたのも事実ですし、これくらい落ち着いていてもよいのかなと思い直しました。


 さあ、いよいよです。

 気合を入れていくのですよ、メリーヌ!


 ですが、玄関前で出迎えてくれた肝心のヒルメ様は、少し青い顔をして精気の無い感じで出迎えてくれたのです。


 はて? ここにもまた胡乱な要素が?

 そして開口一番、ヒルメ様がこのような事を。


「ひ、姫様。

 大変申し訳ありません。

 このような一大事になってしまうなんて」


「はい?」


 はて、それは何の事でしょう。


「ヒルメ様、一体どうしたというのです?」


 事情が飲み込めなくて呆けている私に代わり、先に馬車から降りたアレーデが問い質してくれました。


「その、あの」


 一体、彼女はどうしてしまったのでしょうか。

 聡明な彼女も何か言い澱んでいるばかりで、さっぱり要領を得ません。


 しかし、その様子を見ていたアレーデが何かに気が付いたかのように、ハッとして小声で叫びました。


「ま、まさか、あの方が御見えに!?」


「……そのまさかなのでございます。

 こんな内輪の催しを一体どこで聞きつけてきたものやら。

 トホホ」


「な、なんて事……!」


 それを聞いたアレーデは、眩暈がしたと言わんばかりのポーズを取り、よろけて馬車に手を付いてしまいました。


 何々、一体何事なのです~?


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