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4 素敵なお兄様

 第三王子エミリオは出立準備を整えていた。

 別にダンジョンまで御出掛けというわけではない。

 噂のあの人を観察しにだ。


「エミリオ様~。

 ハンカチは持ちましたか~、鼻紙は?」


 エミリオの事が可愛くて仕方が無い侍女連によって、さっと準備が進められ、お出掛けの準備はすぐに整った。


 エミリオは、そーっと部屋のドアから通路を伺ってから、またそっとドアを閉めて忍び出る。

 子供の足音とすぐに知れる可愛い足音を響かせて。


 通路の角に隠れ、辺りを見回し安全を確信してから慎重に進む。

 気分は諜報員だ。

 まあ御付きの侍女は一緒について来ているのだけれど。

 とてもニコニコしながら。


 彼女も、エミリオの様子があまりにも可愛いらし過ぎて思わず頬も緩むようだ。

 だがエミリオ本人は真剣そのものであった。

(ターゲット発見!)


 今回のターゲットはシド殿下だ。

 昨日のうちにしっかりと下調べをしておいたのだ。

 本日、シド殿下が王宮のこの区画を御訪問するという情報は仕入れてあった。

 さすがはこの国の諜報部最高権力者たる疾風のミハエルの弟だ。


 というか、単にその兄にシド王子の予定を聞いてきただけなのだが。

 ミハエル第二王子もそれを聞かれて思わず顔を綻ばせた。

 面白い結果になるかもしれないと思ったのか、あっさりと教えてくれた。


 いや単に親子ほどに歳の離れた末の弟が可愛かっただけなのかもしれないが。

 特にたいした機密事項ではないのだし。


 この王宮内で、二つ名で呼ばれるほどの強者であるシドを暗殺出来るような凶悪過ぎる暗殺者などがうろついていたら、あっという間に騎士団に捕縛されてしまう。


 ここは王国国軍・超精鋭王国騎士団・公爵家騎士団などが犇めく王都の王宮ゾーンの中心にある。

 むしろ、この巨大な王宮本体が、広大な王宮ゾーンの中ではおまけのような物であり、そもそも王宮は魔法すら使えない特殊な場所なのだ。


 エミリオはそーっとシド殿下の事を覗いていた。

 柱の影から半分ほど顔を出して。

 更に花瓶台の影から、観葉植物の影からと。

 もうバレバレで、それはもう可愛すぎる。


 さすがは五歳児のやる事であった。

 シド殿下と一緒にいる人達もくすくす笑っていて、ついには爆笑してしまった。


「おい、シド。

 御客さんだぜ」


「女だけじゃ飽き足らなくて、あんな可愛い男の子にまで手を出したのか?」

「いいぞー、色魔」


「お前ら……」


 シドはやれやれといった風情で悪友どもを軽く睨んだ。


「あの子の事は覚えているぞ。

 確か、第三王子のエミリオ殿下だな。

 この国の国民には大の人気だと聞き及ぶが。

 それがまたなんで」


 やや訝しんだものの、シドは立ち上がり歩み寄ると、エミリオの御付きの侍女に声をかけた。


「そちらは、アルバトロス王国第三王子エミリオ殿下と御見受けいたしますが、こちらで御一緒に御茶でもいかがですか?」 


 すると侍女は真っ赤になってしまって、大いに狼狽えた。


「え? え? え? まあ、どうしましょう~」


「いや、別に貴女を御茶に誘っているわけではないのだが」


 宮廷で王族の侍女をしているのは大概は下級貴族の子女か、せいぜい伯爵家までの子女。

 それが今をときめく隣国王太子シド殿下に声をかけられたとあっては、それも無理のない話ではあるのだが。


「あ、は、はい。

 今、御伺いを立ててきます」


 御伺いを立てるも何も、その本人がすぐ足元にいるのである。

 だがエミリオはまったく物怖じもせずにシド王子に話しかけた。


「初めまして、シド殿下。

 僕はアルバトロス王国第三王子エミリオ・フォン・アルバトロスです。

 宜しく御見知りおきを」


 それからエミリオは、この大陸でほぼ共通の貴族王族での間の挨拶を行った。

 手の平を心臓の前において、指はまっすぐに綺麗に揃える。

 そして軽く礼をする。


 五歳とはいえ、(いやしく)も大国の王族である。

 見事な挨拶を披露してみせた。

 それを見たシドも顔を綻ばせて、幼い相手に礼節を尽くして同じような挨拶を返す。


「ハイド王国王太子、シド・フォン・シンフォニアです。

 宜しく」


 エミリオはにこにこして、その女性と見紛うような貴公子に御誘いをかけた。


「御茶会、謹んで御受けいたします」


「ええ、それではこちらのテーブルへどうぞ。

 私の悪友達が一緒ですけどね」

 

 エミリオ王子は侍女の手によって、速やかに椅子の上にと座らされた。

 こうやって可愛い主を抱き上げたりできるシチュは侍女の役得なのであった。


 実に豪華な顔ぶれだった。

 ハイドの公爵・侯爵の子息達。

 中にはアルバトロス王国の公爵家の跡継ぎまでもがいた。


 もうなんというか、これこそ未来への布石そのものである。

 そこへアルバトロスで一番人気の王子様が加われば、より豪華絢爛な御茶会と相成った。


 傍に立ちながら彼らを盗み見て、ほうっと頬を上気させる侍女さん。

 まさに眼福以外の何物でもなかった。


 超美形・美形・美形・美形・超絶に可愛らしい愛玩動物。

 最後のそれは、いくら主が幼いとはいえ王子様に仕える身である侍女として如何なものか。


 その様子を貴公子達が面白そうに横目で眺めていた。


「シド殿下。

 このアルバトロス王国はどうですか?」


 彼は子供らしく素直に質問を放つ。

 しかし、その言葉に隠された裏の意味は、シドにもまだ計り知る事は出来なかった。


「そうですね。

 素晴らしいと思いますよ。

 この国は、あれほどの大陸随一と言える魔導を誇りながら、曲がった部分が非常に少ない。

 もしも我が国の隣国であるこの国が、あのベルンシュタイン帝国のようであったならと思うとゾッとします。


 この国の初代国王ヤマトは偉大な方ですね。

 これほどまで長きに渡って、子孫に腐敗が無い国も珍しい。

 この国とは、これからも末永く付き合っていきたいと思います」


 にこにこしながら話を聞いていたエミリオは、さらっと爆弾発言をする。


「シド殿下は、御嫁さんはまだ?」


 単に子供なので単刀直入なだけである。

 アルバトロス王国や、兄弟国のサイラス王国にはありがちな風景だ。

 彼の下の兄であるミハエルは、幼少時から少し違っていたようだったが。


「はは、そうですね。

 いずれ王になる身ですから、そのうちにはね。

 まだ決まった人はいませんよ。

 王族の結婚は難しい」


 王族でも子供はストレートな物言いだなと思いつつも、しっかりと答えてくれるシド王子。

 その後も楽しげにシド殿下と懇談を続け、エミリオは自分の部屋へと帰ってきた。


「シド殿下はとっても優しい。

 僕はとても大好きになった。

 いつもメリーヌ姉様に言い寄ってくる、あの嫌な連中とは比べるべくもない。

 よし、僕は決めたぞ。

 絶対シド殿下に、メリーヌ姉様を御嫁に貰ってもらおう」


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