16-7 マオ×タヌ再び
そのファルが示した内容に凍りつく会場。
変貌した場の雰囲気にファルは、きょときょとしてこっちを見上げている。
俺は頷いて話をファルから引き継いだ。
「そしてエリオン様はこうも言っておられる。
言う事を聞いてくれないと、この国の精霊を全部引き上げちゃうぞ、と」
それはこの国にとって死刑宣告にも等しい宣言であった。
だって、そうなると全世界でこの国にだけ、あのファルス不在の『暗黒の時代』にも等しいほどの裁きがやってきちまうんだからなあ。
絶望の表情を浮かべる会場の参加者達。
そして色男リヒター伯爵はプルプルと震えている。
「やりやがったな、この野郎」みたいな顔で。
「召還、精霊の森大神官ジョリー!」
俺はリヒターには構わず、高らかに宣言する。
何の事はない。
自分をマーカーにして、奴につけておいた転移の腕輪を作動させただけである。
ボンっという感じで煙と共に現れたジョリー。
口の周りをクリームだらけにして。
単にそういう、いかにもといった感じの魔法のエフェクトをかけてやっただけなのだが。
今度はドライアイスによる演出も考えてみるかな。
「あれっ、私のケーキは?
ここはどこ?」
そんな突然に現れた精霊の大神官の残念な痴態に、会場を沈黙が支配する。
「あ、御館様」
((( 御館様って……)))
「あー、コイツは神聖エリオンの本拠地である精霊の森の大神官でジョリーという。
俺の丁稚だ。
ジョリー、実はかくかくしかじかでな」
ジョリーは口の周りを拭き取って、かろうじて精霊の森の大神官としての威厳を取り繕った。
もっとも、可愛らしい子供姿のままなのだが。
いいけど、せっかくの晴れ舞台なんだから人間の姿じゃなくて本体の姿で出て来いよ。
その方がインパクトがあるのによ。
こいつって常に人化した状態だから正体を見た事がないんだよね。
最近はファルもそうだけどな。
こいつらめ、人間の姿をしていた方がおやつを食べやすいのだろうか。
そしてファルと同じように糸電話で台詞を伝える。
「帝国の人々よ、早く神聖エリオン様に御菓子職人を差し出せ。
さもないと、どうなっても知らんぞ。
何せ、ファル様はまだ生まれてそう経っていない御子様なのだからな。
一体何をされるものか。
我々御付きの精霊だって戦々恐々なのだから」
それを聞いて、ざわめく帝国貴族達。
もう無茶は承知の上での狼藉だ。
凍りつくような表情をした帝国貴族達の顔が見ものだ。
そして押し出されるように前に連れてこられる責任者。
可愛そうに縮こまってしまっている。
そして半ば項垂れた彼に呼ばれた、ブラウン伯爵の寄り親という方が出てきた。
クリフト侯爵というらしい。
最終的にブラウン伯爵のところへは彼が案内してくれる事になった。
彼に案内されて、馬車でブラウン伯爵邸に着いたはいいのだが、そこからが大変だった。
屋敷の守衛に取り次がせるが、彼も困ったように言ってきた。
「御会いしたくはない、と……」
御会いしたくはないでは済まされない。
自分の寄り親たる侯爵様の御成りなのである。
普通ならば、こんな危急の訪問を受けたのだから、本人が門のところまで大急ぎですっとんできてもおかしくはないのに。
これはまた重症だな。
わかる。
わかるぞ、お前の気持ち。
俺も大人になってからの引き籠りが長かったからな。
だから……。
「グランバースト卿、彼は今失意のどん底です。
今夜のところはこのくらいで。
菓子職人は必ずや私めがアルバトロス王国へ御送りいたします。
ですので……」
帝国にも、こんな優しい貴族がいるなんてな。
だが彼に全ては言わせなかった。
俺は小さく抑えたフレアの魔法で、派手に屋敷の門を吹っ飛ばしてやった。
「あ、あなたという人は! いきなり何をなさるのですか!」
さすがに温厚そうな侯爵も血相を変えた。
貴族家の屋敷に対する破壊行為。
しかも攻撃魔法で。
いくら高位貴族扱いの人間とて、他国の人間がやってしまっていいような事ではない。
大問題化は必至、ましてや今の国同士の関係を鑑みれば。
おまけに俺って国家諜報担当の王族から『暴れてこい』って頼まれて、この忙しい中わざわざやってきたんだからな。
そんな話が表に漏れ出ようものなら『アルバトロス王国側からの宣戦布告』という形での即開戦は免れない。
まあ、俺もあのミハエルもそんな間抜けじゃないけどね。
だが俺も負けずに侯爵に向かって言い放つ。
「こういう奴にはショックを与えてやった方がいい。
時間が経てば経つほど引き返せない己の闇が酷くなり、家の中に引き篭もる。
ついこの前まで、この俺自身がそうだったのだから、この厳しい世の中でそいつだけは確かな事さ」
それを聞いた侯爵も目を瞠り、そして呟いた。
「いやはや、これはまた噂通りの暴れん坊な御方だ」
そして頭を抱える事しか出来ないのだった。
しかし、あの伯爵め。
これだけやっても外へ出てこないのな。
見上げた引き籠り根性だ。
じゃあ、こっちから出向くとしようか。
俺はズンズンと勝手に屋敷の門の中へ入っていく。
俺に器物破損に加えて、住居不法侵入の罪状が加わった。
衛兵は門でへたりこんでいた。
だが屋敷のドアが開かない。
籠城か?
いや貴族家の屋敷だから、こんなものか。
フーン、そうですか。
この魔王様を締め出しますか。
俺は手の平に力を込める。
いつも封印しているHP800万のパワーを。
あのアドロス迷宮にいた大型の方のドラゴンだって、せいぜいHP10万っていうところだ。
敢え無く、豪華で頑丈そうな趣味の良いドアが腕力だけで見事に粉砕され、屋敷の中に破壊音が響き渡る。
レーダーMAPを駆使し、勝手知ったる我が家のように突き進む。
不幸にも、うっかり俺と出くわしたメイドさんが悲鳴を上げて逃げ回る。
俺が通常人にも見えるほどに高めた強大な魔王オーラを噴き上げているからな。
最早こういうのも一種の快感となりつつある。
魔王化一直線だ。
どうせここは敵国であるベルンシュタイン帝国なのだ。
今まで帝国にやられっぱなしだったのが、初めてこっちから攻め込んでいるのだ。
つい嬉しくて。
そしてあらかじめレーダーで探知してあった屋敷の主はリビングにいた。
だが彼はすっかり憔悴しきった様子でソファに力なく座り込んでおり、目の前のテーブルには散乱した酒瓶やグラスが乱雑な肢体を晒していた。
それらの品を見るにつけ、彼のかなりの趣味の良さが伝わってくるが、さすがにその惨状ではせっかくの逸品が台無しだな。
「ああ、これはクリフト侯爵。
御久しぶりです……」
彼は立ち上がりもせずに空虚な感じにそう言った。
これは貴族の間の風習では、かなりの無礼に当たるのだろうが侯爵は咎める様子もない。
しかし彼を瞳の端に認め、ブラウン伯爵の目に少し感情の色が動いたのを俺は見逃がさなかった。
髪は名の通りブラウンで目は聡明そうな青。
憔悴しきってはいるが、卑しさ微塵も感じられない顔立ちだ。
元々アクティブな性格だったようだから、聞いた話から察すれば、きっと理知的だけど明るくて社交的で人を魅了するタイプだったはずなのだ。
そんな彼に向かって、クリフト侯爵がそっと嗜める感じで口を開く。
まるで愛おしさを込めて息子に話しかけるが如くに。
「ローリー。
そんな乱暴な酒の飲み方をしていると、そのうちに体を壊してしまうよ。
今の状況を鑑みて飲むななどとは言わない。
だが、私がそんな無茶な酒の飲み方を教えたかな?
自分の体は厭いなさい」
ブラウン伯爵は、優しく語りかける侯爵の話を黙って聞いているだけなのだが、目の光は耀きの一部を取り戻し、少し正常に近くなっている。
どうやら若いブラウン伯爵は、クリフト侯爵の事を父親のように慕っている風に見受けられる。
こいつは押したらいけるのかもしれないな。
そして、『何故か』小さな咳払いを一つしたクリフト侯爵は話を続けた。
これは御貴族様の流儀で、何かのゴングを鳴らしたという合図でヨロシ?
「今のお前には非常に言いにくい事なのだが、実は今回アルバトロス王国の方へ、お前のところにいる菓子職人を引き渡さなければならなくなった」
「なんですって!
彼を?
い、嫌です。
あなたまで、あなたまでが私から奪うと!?」
ブラウン伯は、いきなり立ち上がると涙ながらに訴えた。
親とも慕う侯爵までが自分の敵に回ると? っていうところかな。
まあこれで少なくとも、この引き籠り野郎にも、ちったあ活気は出たようだ。
敢えてこういう仕打ちを与えるのも親心、いや寄り親心っていうものなのかね。
「逆らってはいけない、ローリー。
こちらの方は、貴族殺しとも言われた暴れん坊なのだ。
今は『公爵殺し』とさえ呼ばれている。
公爵殺しと」
そして侯爵はブラウン伯爵にもわかるようにはっきりとした所作で、わざと『チラリと』こちらを見る。
そういうのってもう、全然チラリじゃないよね。
まるで何かの御芝居か何かみたいだぜ。
ああいうのって、そういう事もちゃんと客に通じるように演じないと駄目だもんな。
そういや目線って、確か元々は御芝居とか映画で使う用語じゃなかったっけ。
これはもう、主演・脚本・監督クリフト侯爵とか書いたテロップか、そういうエンドロールでも入れてやった方がいいのだろうか。
「菓子職人はやる。
だが、ただではないぞ」
まるで、そう言いたいが如くに。
大事な事なので二度言いましたか~。
ええのか?
やってしまってええのんか?
ここに狸2号を発見。
マオ×タヌ2、早くも続編が来たなあ。
「どうも、ブラウン伯爵。
初めまして。
公爵殺しのグランバーストです。
公爵殺しの」
俺も二回そう言って、やはりわざとらしく『ローリー君』に見せつけんばかりに、ゆっくりとしたやや大ぶりの動作でチラリと侯爵を盗み見る。
軽く少しだけ顎を上げながら首を巡らす角度は僅かに五度を上回るくらいか。
だが目だけは、はっきりとわかるほど侯爵を見る感じで。
もはやチラリズムなど異世界から絶滅したかのように大胆な貴族演劇が開幕していた。
クリフト侯爵も何か素敵な笑顔を浮かべている。
精霊契約ではないが、コントラクト。
不粋な契約魔法など不要、狸親父同士の言葉によらぬ契約が成立した。
俺もこういう人間は大好きだ。
ほら、ローリー。
次の台詞をはよ。
役者はここに三人しかいないんだからよ。
主役であるお前の決め台詞を、客役(俺と侯爵)が待っているんだぜ。
だがブラウン伯は、些かゲンナリとした表情でこっちを見ている。
親しい関係であるクリフト侯爵の性格は知り尽くしているのだ。
初めから、侯爵がこの展開に持っていきたかったのだろうと彼もすぐに理解したのだ。
「……わかりました。
ですが、彼は私の所有物でもなんでもありません。
彼自身がそれに同意するかどうかまでは知りませんよ」
そう言いつつも、案内のため立ち上がった彼の表情には、最早先程までの貴族の抜け殻の片鱗など、どこにもなかった。
これからどうするのか、彼の明晰な頭脳は貴族として猛烈な計算を始めているようだ。
10/9から投稿してますので、今日で1か月となります。かなり色々ありましたが、おかげ様で投稿は続けさせていただいております。
ここまで怒涛のスピードでアップしてきました。このペースでよくぞ1ヶ月も続いたものです。作者がこういうサイトの常識を知らないからでしょう。これからも最低でも1日1話はアップしていく予定です。




