3 貴方に夢中
イリスの日(月曜日)に御茶会のお話があって以来、私は日がな一日バタバタしています。
ドレスに靴にアクセサリーに御化粧もと。
まだ成人前なので普段は念入りに御化粧などはしないのですが、「姫様ここは勝負ですよ」と侍女達が皆大騒ぎです。
ことに筆頭侍女のアリエス夫人ときた日には、ここが天王山とばかりに張りきっていて、妹王女シルベスターの筆頭侍女シェルミナさんまで連れてくる始末です。
元々あの人は、前王妃であった御婆様の侍女頭をなさっていた方で、少し厳格なところがあるので私は少し苦手なのですが、今日はそんな事など言ってはいられません。
もちろん、御昼中は学園に通っているので時間は限られています。
シド殿下を鑑賞するのにも忙しいですし。
ええ、それはもう、しっかりとね。
むしろ、私にとってはそちらの方が本業なのです。
シド殿下は、いつも仲のいい貴族王族の友人と一緒にいらして、とても様になっていらっしゃいます。
女性の中には男性同士のなんていうか、そ、そういう関係を好まれる方もいらして、結構身分の高い女性の方の中にもそういう嗜好の方もいらっしゃるそうで。
当学園におきましても、そのような目線にて彼らを観察している特殊な嗜好の女子の方々も散見されます。
元々身分の高い男性の中には、女性より男性との関係を望まれる方もいらしたのです。
多分女性が御相手だと子供が出来るといけないからというような生々しい事情もあったのではないかと思うのですが。
また自分の事を好きでもないくせに、己の人生を押し上げる目的のみに忠実で、あまりにもしつこく言い寄ってくる女性達にうんざりして、終いにそちらの道へ走られる方もいらっしゃるのだとか。
あるいは政略結婚の御相手と上手くいっていないけれど、他に女性の御相手を作るのはまずい場合とか。
とにかく彼の集団は、そのような女性の方々から見ても堪らないほどの美形揃いなのです。
ふと見ると、まだ幼い弟のエミリオがこの私を囲む馬鹿騒ぎの一幕をじっと見ていました。
「ミレーヌ姉様、何をそんなにドタバタしているのです?」
私は思わず柔らかい笑みを漏らしてしまいました。
この末っ子の第三王子は本当に可愛らしくて、みんなからもよく可愛がられています。
我が国では、第一王子であるカルロス兄様が王太子になる予定なの。
落ち着いた物腰、ただ高貴であるというだけでなく、なんともいえない重厚さをまとっている人なのです。
まさに王になるべく生まれてきたような人ですわ。
ただ、見かけがあまりパッとしないとか、帝国に攻められたりした時にこの文官肌の兄で大丈夫なのかと騒ぐ人達もいるのです。
そういう時に担がれるのが、次男で第二王子のミハエル兄様です。
ミハエル兄様は、それはもう大変な美形なのです。
疾風のミハエルと呼ばれていて、常に一つ所に留まらずに、いつもどこにいるかわからないのですが。
評判はあまりよくないけれど、ミハエル兄様は諜報を担う役割を果たしているので、わざとそうしているの。
国のために常に自ら泥を被る気概のあるミハエル兄様を、事情を知る人達だけは「あれでこそ、あの英雄たる稀人初代国王の子孫と呼ぶに相応しい。アルバトロス王国における王族の中の王族」と密かに称えてくれます。
でも、その方達も国のためにそっと口を噤み、その事実が表に出る事は一切ありません。
ですが、いざという時には兄のため国のためにきっとたくさん力を貸してくださるのでしょう。
王太子であるカルロス兄様を嫌う人達は、ミハエル兄様を担ごうとします。
ミハエル兄様も見かけは如何にも貴公子然としていて、物凄く見栄えがするものね。
ミハエル兄様本人には全くその気は無いのだけれど、諜報活動の役に立つので彼らの事もあまり無碍には出来ないみたいで。
殿方は本当に大変です。
上の兄二人が少し残念王子扱いなので、国民の間では幼いエミリオに人気があるわ。
いわゆる第一王子派や第二王子派といった人達の中には、それを危惧した「エミリオ排斥派」と呼ばれる人達もいます。
兄様達自身は、あの歳の離れた弟をたいそう可愛がっていて、そんな人達に対して神経を尖らせているわ。
彼らの中にはベルンシュタイン帝国と繋がっている人物もいるらしくて。
特にミハエル兄様は、迂闊な事は出来ないと私達王女にも注意を促してきます。
エミリオはまだ五歳。
幼くして、そんな騒ぎに巻き込まれるのはあまりにも不憫です。
心から守ってあげたいと思う、私の可愛い可愛い弟。
その彼に向かって私は思わず笑いかけ、そしてこう訊きました。
「ふふっ。知りたい?」
「はい!」
エミリオは、私の事をとても好いてくれています。
下の姉二人も彼の事を可愛がってくれるのですが、あの子達はまだまだ本人達もかなり御子様なので、あの子が着せ替え人形の代わりにされてしまう事も多く、エミリオが逃げ出す場面も多々あったりします。
見ていて、とても微笑ましいのですよ。
確かにエミリオは、御人形のように愛くるしくはあるのですが、それがまた本人にとっては不幸の素になったりする事もあるの。
「週末にね、隣国のハイド王国の王太子であるシド殿下と御茶会なの!
凄く楽しみなのよ~」
「あのシド殿下ですか。それは良かったですね」
◆◇◆◇◆
この幼いエミリオでも、その名は知っていた。
彼が現れる度に王宮の女性達がきゃあきゃあと大騒ぎするのだ。
幼い身ながらも興味本位で覗きに行ったりしてみた事さえもある。
自分の侍女をしてくれている人達の間でも、その話で持ちきりだ。
下の姉二人はドレスや御菓子の方がいいようだけれど。
今度一回じっくりと彼を観察してみよう。
そう心に決めたエミリオであった。
そして大好きな一番上の姉が心ここにあらずといった有様で大騒ぎをしているので、幼い弟はそっと場を外すのであった。
◆◇◆◇◆
王宮中の女性達にとって、週末の茶会はもう話題の中心だった。
この話を知らない人にたまたま会おうものなら、呆れられる事請け合いだ。
「まあ貴女、あの話を知らないの~?
信じられない!」
「ええっ?
御願い! 教えてちょうだい~」
そして噂話に花が咲いていく。
華やかな話題は実にいいものだ。
権謀術数の手管が乱れ咲き、ともすれば話題が裏の世界の話に直結しかねない王宮においては殊に。
だから人々も好んで噂話に参加する。
王宮には、時として顔を顰めたくなるような、どす黒い闇の花が咲いたりもするのだから。
このアルバトロス王国の王宮とて、社交界の裏側にて魑魅魍魎が活躍したシーンなど幾らでもある。
千年にも及ぶ魔道魔導の王国なのだから。
そして、その噂は王宮外にも激しく広がっていった。
この手の話題にとって、機密事項とか禁則事項とかいう言葉はこの世界には無いらしい。
嗚呼、知らぬはミレーヌ本人ばかりなり。
そして、ただただ浮かれて、まるで兄弟国である南国サイラス王国の夏のように熱き恋に焦がれて騒ぐばかりのミレーヌであった。
それも仕方がない。
初めての真剣な恋に全てを委ねた深窓の御姫様なのだから。
また気を利かせた王妃である母親シャルロットが、色々なドレスの業者だのなんだのを寄越すものだから、それが更に騒ぎに輪をかけていった。
兄達も、そのファーストラブ・ハイ症候群に陥った妹の様子を生暖かい眼で見守っていた。
この王宮の内外を騒がせる浮わついた噂の主役である二人は、彼ら国を想う兄王子達から見ても、なかなか悪くはない組み合わせではあるので。
浮かれた妹の過熱した脳味噌とて、一国の姫としての責務みたいな物もわかってはいるのだろうとは思うのではあるが、まあ今はそんな事は全く考えてはいないのだろうなあと思いつつ。
だが、これは間違いなく国益にも貢献してくれる組み合わせなのだ。
聡明な兄達から見ても、妹の恋を応援するのも吝かではない空気はあった。
ただ、第二王子の方が若干、いやかなりのシスコン気味なのが懸念される点ではあった。




