2 学園恋日記
その日も遠くからシド殿下をそっと見つめていると、アレーデがやってきて、そっと耳打ちしてくれました。
「姫様、やりました!
メロウ伯爵家の御嬢様であるヒルメ様が御茶会を開いてくださるそうですわ。
彼女の御父上は貿易の仕事もなさっておいでで、御隣の海運国ハイドともたくさんの取引がおありだそうです。
彼女御本人もシド殿下と面識があるそうで、直接御声をかけてくださるそうですわ」
「ほ、本当?
ああ、アレーデ、アレーデ!」
私は天にも昇る気持ちなのでした。
私のあまりの浮つきように、他の方達に苦笑いをされていました。
しまった。
これでは、まるで子供丸出しではございませんか!
いや、まだ成人はしていませんけどね。
私は軽く咳払いをして誤魔化しました。
「ほら、姫様。
今シド殿下に話しかけておられる方がヒルメ様ですわ。
彼女は、きっと頑張ってくださいます。
何故かというと、あの方は御家の商会の貿易相手であるハイド王国の侯爵様のところへ嫁がれる御予定なのです。
こんな橋渡しが出来るのは願ったりかなったりなのですよ。
女が表立って家のために働ける機会なんて無いのね、とよくつまらなそうに仰っておられましたので、今回の件は本人も大喜びなさっていて」
よくもまあ、そんな情報を逐一押さえているものだなと、いつもながらに感心いたします。
よくよく考えると本当に怖い人です。
王宮で生きる者としての必須技能なのかもしれませんが、実はアレーデが諜報を担当している第二王子であるミハエル兄様の子飼いであったとしても、まったくおかしくはないくらいです。
彼女が味方で本当によかったことです!
私がそっとヒルメ様とシド殿下やりとりを見守っていたら、殿下はにこやかに笑っておられるみたい。
ドキドキしながら見つめていると、ヒルメ様は笑顔で挨拶をして話を切り上げ、こちらへやってこられました。
話を聞くのが怖くて思わずアレーデの後ろに隠れてしまいました。
ヒルメ様はその私の様子を見て微笑ましそうに笑うと、こう仰いました。
「アレーデ様、シド殿下は週末の御茶会にいらしてくださるそうです。
限られた人数しか出ないホームパーティのような形式ですので、ゆっくりと御紹介できますわ。
私、今とっても燃えておりますのよ」
なんて頼もしいの!
さすがは商売人の娘だけの事はある!?
「御初にお目にかかります、メリーヌ王女殿下。
私はメロウ伯爵家の長女、ヒルメ・フォン・メロウと申します。
姫様の恋、家族もろとも全力で応援させていただきますわ」
「あ、ありがとう」
私は少し彼女の迫力に押されてしまいました。
なんか、にじり寄ってくるような感じなのですもの。
家族もろとも、の件は少々怖いですが。
王家の人間がやたらと貴族家に借りなど作ってしまってよいわけがないので。
でも私とシド殿下の組み合わせは両国の関係者にとり、決して悪いものではないはず。
特に我が国の西方に位置する、ベルンシュタイン帝国のような覇権主義の国が近隣の脅威としてある以上、ハイドとアルバトロスが婚姻による結束を求めるのは決して悪い事ではないのですから。
錬金魔王と謳われた、この国の初代国王様以来なんなんとする錬金術・魔導技術のアルバトロス王国と、御隣のメルス大陸にまで及ぶ海運・貿易に秀でたハイド王国。
今まで隣り合う両国の間で王族間の婚姻が無かったのが不思議なくらいなの。
ああ、王太子であるカルロス御兄様の婚約時などは……いえ、よしましょう。
今更、そのような事を言ってもどうしようもないのですから。
この私が頑張ればよいのです!
御兄様の結婚が破談になった背景には、アルバトロスの兄弟国サイラス王国とハイド王国との間にあった確執も一因とされています。
ですが、昨今ではその遺恨も薄れてきているようで、あの両国の関係にも改善の兆しがみられるわ。
もとよりアルバトロスと東の隣国ハイドの関係は悪くないの。
私にとっては、そういった国同士の背景なんかも追い風が吹いている気がするわ。
アルバトロス王国からしてみれば、万が一にも西隣のベルンシュタイン帝国と東隣のハイド王国に手を組まれて挟み撃ちでは堪ったものではありませんし。
あの帝国の行状の悪さからして、まずそういう事はないと思うのですが、最悪の想定だけはしておかねばなりません。
我が国の下には鉱山国であるエルドア王国が広がっており、そっち方面からの支援は、まず期待できません。
あのドワーフの国には問題が大有りなのですから。
そもそも、真面に話が通じるような相手ではありませんしね。
ハイド王国にしてみても、帝国軍にアルバトロス王国を突破されたら軍事強国ベルンシュタイン帝国に蹂躙される未来しかないのです。
西の帝国とアルバトロス王国の間には大河があり、そうそう簡単には攻めてこられません。
しかしアルバトロス王国が落ちた場合にはその限りではなく、あの魔物の海へこの大陸で唯一乗り出して行く勇猛なハイド王国でさえ、真っ直ぐに両国を繋ぐよう整備されている街道に沿って攻め立てられれば絶対にただでは済まされないでしょう。
彼ら帝国には大陸統一、ひいては他大陸まで足を伸ばすという野望があるので、近隣諸国は彼らの事を全く信用しておりません。
特に大陸唯一といってもいい『大陸間海運国家』であるハイド王国は、そのための当然の攻略目標でもあります。
ハイド王家も、それは頭に入れていてくださるはず!
うちの親がああなので特に話は出ていませんが、本来なら私とシド殿下の政略結婚の御話が出ていたとしても全然おかしくはないのよ。
元々の兄弟国アルバトロス王国とサイラス王国。
それに加えて、地理的にその間に位置するハイド王国が加われば、帝国の脅威に対抗するのも容易い事。
この大陸世界の平和と安寧にとっても貢献出来る素晴らしい案件なのです。
王太子であるシド殿下が留学先に我が国を選ぶのも、そういった政治的な背景があったりするのかもしれないのですから。
ああ、私って少し妄想が激しいかしら。
御知り合いになりさえすれば、まだ小娘の私にだってチャンスはあるはず。
もうドキドキが止まりません。
ああ、どうしましょう。
「……あ、あのう。メリーヌ王女殿下?」
困ったようなヒルメ様の声が、やっと私の妄想に蕩けた脳天に届いたようです。
はっ、いけない。
つい自分の世界に浸ってしまいました。
一体どんな怪しい顔をしていた事やら。
アレーデは、さも可笑しそうに笑っています。
……彼女は時々酷いのです。
「ご、ごめんなさい。
ええと、ヒルメ様。
その週末というと」
「ええ、今週のゴールドの日(金曜日)ですわ。
我が家にて執り行ないます。
この季節、我が家の庭は色々な花が咲き乱れて、とてもロマンチックな風景になりますのよ」
なんて素敵な。
そのような風景をシド殿下と御一緒できれば、どんなにか……。
「メリーヌ殿下!
気合を入れて参りましょう。
あんな素敵な殿方を他国の姫君に渡す手はありませんわ」
「ど、どうも。宜しく御願いいたしますわ」
ヒルメ様は凄い迫力ね。
彼女、私より気合が入っているわ。
若干彼女の迫力に押されながらも、私も気合を入れて御茶会に臨む事にしました。
とにもかくも、心強い援軍に後押しされて、私は心を躍らせながらゴールドの日を待つ事になったのです。
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