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外伝「メリーヌの恋」  1 私の王子様

 この私、アルバトロス王国第一王女メリーヌは、幼き頃より恋物語が大好きでした。

 主に王子様と王女様の物語です。


 自分も王女であるにも関わらず、そんな物語に憧れていたのです。

 きっと自分にも素敵な王子様との出会いがあると信じていたのね。


 王女なんていう者の運命はある意味で非常に過酷です。

 国のために身を捧げるのが王女たる者の務め。

 自分の祖父のような年齢の男に嫁がねばならない事もあるかもしれない。

 正妻でさえなく、ただ肉欲の対象としてのみの貢物となる場合さえあるでしょう。


 そういう事がわかりつつも、恋物語に憧れる自分を止められなかったのです。

 でも、そんな私の気持ちを、きっと御母様はわかってくださる。


 父上には側室の方がいません。

 本来であれば、一国の王なのですから御家断絶を避けるために、それなりの身分である側室の一人や二人は持っていなければなりません。

 有力な国同士の関係のため、あるいは国内情勢の安定のためにも、本来であればそうあるべきなのです。


 でも父上は母上にべた惚れなのです。

 なんだかんだ言っても、やはり王族であるからには国同士の結びつきも考慮される結婚ではあったのですが、二人は偶然に出会ったその日に恋に落ちたそうです。


「側室を迎える気が無い」と言い放った件で、現宰相と大喧嘩した事もあると聞き及びます。

 ですが、結局は宰相が折れたらしいです。

 さすがは父と幼馴染である竹馬の友。


「その代わり、御子様は男三人女三人がノルマですからな」


 その宰相の期待に両親は見事に応えました。

 今では宰相も、その事で文句は言わなくなりました。


 御母様は今でも大変美しく、二人はいつも仲睦まじいのです。

 そんな両親を見て育った私が、まるで市井の民のように恋に焦がれるのも無理は無いと思うのです。


 今も十三歳になった私にフィアンセはいません。

 貴族王族の娘であれば、通常なら婚約者がいても当然の歳であるにも関わらず。

 私を無理にどこかへ嫁がせようという気が両親にはないから。


 本来であるならば、不穏な空気も流れる今の情勢の中で私にも国のための厳しい縁談のお話が出ていてもおかしくはないのですが。


 私もとてもそんな気持ちにはなれなかったので、両親の気遣いがとてもありがたかったのですけれども。


 そんな私があの方を初めて御見かけしたのは、アルバトロス王立学院、通称『王都学園』のパーティでの事でした。


 それはハイド王国王太子シド殿下の事です。

 彼は隣国ハイドから留学にいらしている方なのです。

 女性かと見紛うような美しい金色の髪、情熱的な青の瞳。

 そこにはなんとも言えない優しさを湛えていました。


 目は心の窓とよく言われます。

 王女である私の事を無遠慮に嫌らしい目でじろじろと眺め回す人達もいます。

 そんな人達の瞳は、大概は腐ったような卑しい光を湛えていたのよ。


 そのように、うんざりするような見分の対象となる事に辟易していた私の心には、そのシド殿下の眩しさが初夏の太陽の光が染み込むように感じられたのです。


 ああ、シド様。

 もう私の心は、その日からシド殿下の事でいっぱいでした。


 殿下の回りには女の人がいっぱい集まっていたけれど、きっとあの方達は殿下に見初められて王妃の座につきたいとか、贅沢な暮らしをしたいとか、そんな事だけを考えているのだわ。


 ああ、なんとしてもシド殿下と御近づきになりたい。

 お話してみたい。

 ただただ、そんな想いで一杯だったのです。


「ああ、ああ。アレーデ。

 私、もうシド殿下の事で頭がいっぱいよ。

 どうしたら、この気持ちを静められるのかしら」


 アレーデはアルシオン子爵家の三女です。

 アルシオン家は忠義な家柄として知られており、父上の信頼もとても厚い家です。

 彼女は私よりも二つ年上の十五歳で既に成人を迎えています。


 幼い頃より私の侍女をしてくれていて、私の気持ちはいつでも彼女には御見通しです。

 この人にだけは絶対に隠し事が出来ないの。


「そうですわね。

 ではこういう趣向はどうでしょう、姫様。

 誰かに御茶会を開いていただいて、シド殿下を御招待していただくというのは。

 姫様のためにならと、頑張ってくださる方もきっといらっしゃいますわ」


「そ、そうかしら。

 アレーデ、 アレーデ。

 御願いしてしまってもいい?」


「任されました。

 姫様、請う御期待ですわ。

 すべて、このアレーデに御任せあれ」


 そんな状況の中で、私はもう気もそぞろで、何も手が付かなかったのです。

 こういう風に言う時のアレーデは本当に頼りになるのよ。


 ああ!

 あのシドさまと御茶会だなんて、どうしようかしら。

 はっ! 御茶会に来ていく服はどうしたらいいのかしら!


「姫様、御茶会に着ていく服はちゃんと御用意させておきますので、今日のところはもう御休みなさいませ」


 時々、 アレーデは人の頭の中が読めるのではないかと思う時があるのだけれど。

 この人だけは絶対に敵に回したくないと思う事が多々あります。


「きっと今夜は眠れないわ~。

 どうしたらいいの」


「御寝所に暖かいミルクを御持ちいたしますわ」


 アレーデはミルクを用意してくれて、それを飲みながら私はシド殿下の事を思い出していた。


 ハイド王国王太子シド・フォン・シンフォニア。

 別名氷雪の貴公子。

 氷属性の強大な魔法を駆使し、風魔法をも得意とする海の戦士。


 あの美貌と佇まい、優しげな瞳。

 それだけでも各国の姫君や令嬢を虜にするというのに、その上大国ハイドの王太子であられるのだから。

 ライバルが多過ぎだわ~。


 いえいえ、私だってこの音に聞こえた大国アルバトロスの第一王女なのよ。

 弱気は禁物。


 幼い頃より王族の娘として、どこに出されても恥ずかしくないように教育され、自ら研鑽も積んできたのだし。

 自信を持ちなさい、メリーヌ。

 あの偉大なアルバトロス王国初代国王たる英雄ヤマトの血が私にも流れているのよ。


 他の方に比べて見劣りするという事は決してないと思うのだけれど、かといって私を選んでもらえるのかといえば、全く心許ないとしか言い様がないのです。


 自分はまだ十三歳。

 他の花開くように艶やかな姫君達に比べれば、まだまだ子供に過ぎないのですから。


 既に成人された十六歳のシド殿下の目から見れば、私のような小娘など一体どのように映っているものか。

 やっぱり今夜は眠れそうにありません。


大事な事を書き忘れてました。

おっさんリメイク・コミカライズ6巻明日発売です。 


おっさんリメイク本篇公開後二か月目くらいから書き出したこの外伝、なんと五年近く後になってからの公開開始です。


今回ラストまで書き上げてしまおうと思っていたのですが、十月の末くらいにコロナワクチンの二回目を接種したのはいいのですが、その後がまたいけなくて。


そうたいした事がない副反応が終了した後で、なんというか明らかに副作用といった方がいいような強烈な症状を患ってしまい、もう死ぬかと思いました。


コロナウイルス自体には、まったく縁がないのですが、本当に困ったものです。


全部書き上げてから、もう少し前の時期から公開しようと思っていたのですが、今月もかなり精神的にシオシオになっていましたので、今回は十五話までの予定です。


書けたら、もう少し載せたいと思っていたのですが、もう年末ですしね。

一応、今回は前編という感じでしょうか。


とりあえず、本篇で度々登場していた『空中庭園事件』の外伝がようやく登場です。

よろしければ、引き続き御賞味くださいませ。

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