10 屈辱のAランク試験
「じゃあサブマスとして、またあなたの師匠として命じます。
そのエンデと一緒に冒険をしておいで。
まだまだAランク試験には実力が足りないね。
エンデ、私の弟子をよろしく頼んだよ」
「任せてください。
じゃあ今日からあなたと私はパーティメイトよ。
あなた、歳は幾つ?」
「十四」
ぶすっとして答えるシャルロット。
そしてエンデはくすっと笑い、立ち上がるとシャルロットを抱き締めながら言った。
「奇遇ね。私もよ」
そして二人は冒険の旅に出た。
だが、それは波乱の連続である道程であった。
Sランク魔物の巣くっている洞窟へ忍び込んで、そこに貯め込んであったオリハルコン剣などの御宝をせしめたはいいのだが、大事な宝を奪われた当の魔物から猛追を受け、エンデのスキルでなんとか追撃を阻んで命からがら逃げ出した事もあった。
この手の『財宝を貯め込むタイプの魔物』は宝を奪って怒らせると凄まじくしつこい。
宝を貯め込むのは、知能の発達した魔物であるケースも多いのだし。
そういう魔物は、貯め込んである財宝を守りたいのであまり巣から離れたがらないのが不幸中の幸いであった。
そいつの悔し気な負け魔物の遠吠えに送られて、かろうじて逃げ延びた。
CランクからBランク冒険者である少女コンビがこのような真似をやったら、普通は無様に瞬殺される案件なのだ。
「もう、シャルロットったら無茶をするんだから。
私が相方じゃなかったら死んでいるわよ」
「ごめん、ごめん。
でもさあ、これ見てよ。
オリハルコンのレイピア。
ああ、この山吹色の輝きの素晴らしさ。
これだけは絶対に売ったりしないからねえ」
「もう、シャルロットってば本当に」
そう言いながらもエンデは、彼女をシャルロットの護衛につけたアルバトロス王家の先見の明に感心するのであった。
またある時は、二人してダンジョンの深層で高度な罠に嵌って閉じ込められて出られなくなり、互いに罵り合っていたところを、滅多に通らないはずの高ランク冒険者のパーティが聞き付けてくれて、なんとか救助されたりもした。
「もう、エンデ。
今回はあんたがいけないんだからね」
「何よ。
いつもはシャルロット、あなたのせいじゃないのさ」
「こらこら、こんな場所で喧嘩はやめろ。
それよりも、お前らはいつもこんな無謀な真似をしているのか。
いいから、ちょっとそこに座れ」
二人仲良くダンジョンの深層にて、高ランクパーティのリーダーに小一時間ほど説教されてしまった。
そんな中、めきめきと冒険者として腕を上げながらプリティドッグの手掛かりを探す二人であったのだが、一向に手掛かりは見つからない。
各地で飼われていた記録のある家にも行ったのだが、それは随分以前の出来事だったりするのだ。
「ねえ、ロッテ。
本当にそんな犬がいたの?」
「いるわ!
幻の魔物と言われているけれど絶対にいるのよ。
うちの御父様だって一緒に暮らしていた事があるのよ」
「御父様?
へえ、あんたって、いいとこの御嬢様だったんだ」
「え。いや、それはそのう」
すべてを知っていながらも、この愛すべき親友を弄らずにはいられないエンデなのであった。
「とにかく、プリティドッグは実在するのよ!」
「主にあんたの脳内に?」
「ちがーう!」
そして、ついに王都アルバへと帰還した。
アルバトロス王国内にはダンジョンが少なく、もっぱら隣のベルンシュタイン帝国へ足を延ばしていたのだ。
ついでに、その向こうの草原の国へ遊びにもいった。
やはり、あの自由な気風の国はシャルロットにはよく合ったのであった。
将来その国から自分の長男の御嫁さんを貰う事になるとは露とも思っていなかったのだが。
今回の帰還は、王都アルバで開催されるAランク試験に合わせてきたのだ。
ここでなら顔が効くというか、自分のホームグラウンドなのだから。
ギルマス推薦もある。
ついでにエンデも出場して強敵を片付けておいてくれる手筈になっている。
エンデは上手い事、反対側の決勝トーナメント・ブロックに入っていた。
彼女も既に易々とBランク試験を突破していたのだ。
まあエンデにしてみれば、そのような事は赤子の手を捻るよりも軽いものなのだが。
本来は、エルシュタインの人間が高ランク冒険者資格を取得することなど、そうそうない。
通常は表に出ない王家などのVIPの守り役なので。
分家の人間であるエンデにとって今回は特別任務なのだ。
彼女の出番になると、観戦する国王の護衛についているエルシュタイン本家の御兄様が楽しそうに手を振ってくれる。
それに向かって、にこにこしながら目立たないように小さく手を振り返し、エンデは言う。
「とうとう二人で決勝まで来たね、ロッテ」
「うん、長かった修行の日々も今日で終わりかな」
だが世の中に番狂わせというものは存在する。
何か、何か一つ呼吸がずれたというか、エンデの盾の攻撃バージョンでシャルロットはうっかりと足を滑らした。
そんなものは華麗に避けて踊りかかり、剣を突き付けてあっさりと終わりにする予定だったのだが。
そして審判にダウンを取られる。
だがどうした事か、シャルロットは倒れたまま上手く動けない。
焦れば焦るほど何故か起き上がれなかった。
いわゆる足に来たという奴であろうか。
パンチが顎をかすめた時に起こる現象のように。
そして、ついに無情のテンカウントが終了してしまった。
「勝負あり!
勝者エンデ!」
「ありゃあ」
この意外な結末に思わず目を見開いたエンデ。
無情の宣告を受けて、動けずに地面に寝たまま呆然とするシャルロット。
「ちょっと。
何をやっているのよ、ロッテ」
「えーっ、ちょっと今の無し。
ねえ、御願いだからタンマ」
だが審判が行った厳正な判定が覆る訳がない。
「あっはっはっはっは。
何をやっているんだ、あいつらは。
もうしょうがないな」
事情を知っている、国王護衛中であるエルシュタインの跡取り息子が国王の傍で大爆笑していて、王様が不思議そうな顔でそれを見ている。
そして後で事情を聞かされた国王にまでも爆笑されてしまったのだった。
こうして見事にAランク冒険者エンデが誕生した。
本家の跡取り息子が見守る中で、更に国王陛下にも観覧されながら、エルシュタイン一族で初の快挙である。
王族専用護衛者のような一族だから、普通は誰もBランク試験すら受けたりしないので。
何かの折に役立つかと、嗜みとしてCランク冒険者くらいにならなっている者もいるのだが。
「あうう」
「はい、泣かない泣かない。
もう! 自分がミスったんでしょうに」
あとで師匠に呼びつけられ、頭を拳骨でポコポコされた上で申し付けられた。
「はい、お前。
次回Aランク試験はベルンシュタイン帝国で開催だから、そこへ行ってこい。
九つの王国で回り持ちの四か月置きだからな。
次にアルバでやるのは三年後だ。
泣くな、愚か者。
碌でもない姑息な手段なんか使うからだ。
この大馬鹿者が。
一応、ギルマス推薦は貰っておいてあげるから。
まずは、その鼻水を拭け!
あ、馬鹿者。
私の服で拭くんじゃない!」




