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16-6 どこかで聞いたような話

 この、俺に話しかけて来た青年の名はリヒター伯爵。

 なかなか剛毅な性格だな。

 この俺の凶悪なエンブレムに恐れの一つも抱かないとは。


 他の連中は俺と目を合わせると、さっと目を逸らす。

 それは概ね正しい行動なのだが。


 この男、容姿や雰囲気がアントニオに似ている。

 少し容姿に、武骨で若干粗野に近いような印象はあるのだが、まあそこは武功を重んじる帝国の貴族なのだから。


 なかなかの色男だし、若い伯爵家の当主なのもアントニオと同じだ。

 おそらくは武門の一族の出かな?


「この菓子は今、この宮廷で問題になっているんだ」

「だったら、何故こういう公の場に出すんだよ」


「その辺がまた微妙な問題なのだ。

 元々この菓子は、ブラウン伯爵が売り出していたものだ。

 彼は若くて才能があり、商売の才もある。

 私のような武功馬鹿とは違う」


「へえ。

 でもこの国じゃ、お前さんみたいな者の方が喜ばれるんじゃないのかい?」


「いや、それは違う。

 それではいけないのだ。

 いつか変わっていかないといけないものなのだから。

 それをあのベッケンハイム公爵ときた日には」


 彼は自国の公爵に対して憤りを隠せないようだった。

 しかし驚いた。

 このイノシシ国家で、武功派貴族でありながらこんな考えを抱いている人間がいたとは。

 見場ばかりがいいような優男の貴公子なんかよりも、よっぽどか好感が持てるな。


 そのベッケンハイム公爵というのは、きっと帝国の恥とか呼ばれている人物なのに違いない。


「その御菓子は、いつごろから販売しているんだい?」


「うん? そうだな。

 九か月くらい前からだったか」


 やはりタイミング的に、その菓子を作っているのは稀人くさいな。

 葵ちゃんが絵細工の発売を始めたのもそのくらいだし。


 彼は話を続けた。


「ブラウン伯の菓子は帝都でも評判になり、多くの貴族や富裕層に受け入れられ、手の届かない庶民はいつか食べたいと噂していた。

 女性が喜ぶ贈り物ナンバーワンの評価だ。

 だが評判になりすぎた。

 まずい人物に目をつけられてしまったんだ」


「それがベッケンハイム公爵?」


「そうだ。

 彼は身分を傘にきて、その利権を取り上げようとしていた。

 だが、ブラウン伯爵は若いが気骨の男だったので応じようとはしなかった」


 そのブラウン伯の方がまるでオルストンの奴等みたいだな。

 伯爵が公爵に苛められているところなんかもそっくりだ。

 そのような話は、この世界ではよくある事って感じなのかねえ。


「そして、あらゆる方面から圧力をかけられて、彼は社交界に顔出しする事さえ出来なくなった。

 貴族生命を抹殺されたも同然だ。

 彼は元々人望も厚く、多くの人から期待されていたのに。

 私もその期待していた中の一人だった」


「もしかして、その件の公爵は第二皇子派というわけか?」


「あ、ああ。

 そうだ。

 いやに事情に詳しいな、外国人の癖に」


「俺がどれだけあいつらから襲撃を受けたと思っているんだ? 

 そいつもニールセン侯爵の御仲間なのかあ。

 あの爺め、相変わらず禄な事をしていねえなあ」


 せっかくの機会なんだ。

 仕返しにそいつの顔でも潰しておくか。


 そしてリヒター伯爵は、なおも話を続けてくれた。


「普通なら、貴族同士ではそういう事をとやかく言わない、いわば不文律のようなものがある。

 たとえ公爵とてそれは同じはずなのだが、あの公爵は昔から問題のある人で皇帝陛下も手を焼いておられたよ。


 第二皇子シャリオン殿下も、ニールセン侯爵やベッケンハイム公爵の傀儡のようなものだ。

 今日だって皇宮へ外国の賓客も来ているのに、彼はこの場にいないだろう?

 どうせ女のところさ。

 これが皇太子殿下なら、今ここにいて粉骨砕身で飛び回っているだろうに」


 こいつ、すげえ不満そうだな。

 あーあーあー、あの第二皇子。

 駄目だな、こりゃ。


「そういう事で、その菓子は大問題児だ。

 だが多くの人が食べたがるので、あのよくわかっていない大馬鹿者の第二皇子が皇帝代理として命令し、特別に持ってこさせたというわけだ。


 だがそれに衆目環視の下で手を付けるとなると、次期皇帝というあまりにも重要過ぎる国の要となるポジションの跡目争いに首を突っ込む事になる。

 そいつは殺し合いも辞さないほどの激しい争いなので、それは相当な度胸も要る訳だ。

 食べたい人がいるから持ってこさせたのだが、それに手を付けるのは思いっきり躊躇われるというわけさ。

 まったくもって馬鹿な話だ。

 だから、あまり騒がないでそっとしておいてやってくれ」


 俺はあの皇子二人が出合い頭に火花を散らしていた時の事を思い出した。

 こいつの言いたい事もわかる。

 だが、これには俺が不満だ。


 よし暴れよう。

 旅の恥はかき捨てとも言うし。


「ファル~。

 お歌の時間にしないかい?

 祝福の奴」


「うん、いーよー。

 どこで歌うの~」


「こっちこっち」


 俺は丁度ダンスが一旦終わったタイミングで、ガランとしたホールのど真ん中へファルを連れていって歌わせた。


「帝国の皆さん、今から神聖エリオン様が祝福の聖歌を歌われますよ~」


 大きな声でさらっと紹介したので、一瞬舞踏会の参加者達はよく理解できなかったようだ。


「ハァーーール・アールゥアー。

 フィーアルーンダスァー オースリー、ミィーアファールアー……」


 例によって、体を駆け抜ける祝福そのものの波動がホールを埋め尽くした。

 その場に居合わせた人達は思わず座り込んでしまった。


 俺の言葉を思い出して、主神ロスの祭神に対して膝を付く者、理解できず惚ける者、理解はしたが呆然とする者など、皆各自バラバラな驚愕を表した。

 アルバトロス王宮での結婚式という伝説の再現の場ではなく、唐突に出くわしたので帝国の人々の反応は様々であった。


 大神官の女の子にいたっては、ありがたさのあまり泣きながら平伏しているし。

 どこかで見たような光景だ。


 皆も噂では聞いていた祝福に、いきなり出会ったので皆相当驚いていた。

 その空気の中で、俺は突然大きな声で叫んだ。


「諸君!

 今から神聖エリオン様より、大切なお話があるそうです。

 心して聞いてください」


 そう言いつつ、俺はアイテムボックスから幼稚園の工作で作った糸電話を取り出した。

 俺はしゃがんで、その一方をファルに渡す。

 そしてボソボソと指令を伝えた。 


 人々は一心に耳を傾けている。

 だが、その内容は。

 

「この御菓子を作ってくれる職人さんが欲しいの。

 その人を、うちにちょうだい!」


 例の御菓子をつまみ、高々と掲げて叫んでいた。

 神の御使い神聖エリオン、その魂の叫びであった。


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