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9 派遣少女

 三日後、Bランク試験の当日。

 あれだけあった痣は、もうすべて消えていた。


 先祖由来の能力で、しかも魔力量が非常に多いため回復力は異常に早いシャルロット。

 それに彼女は特質的に生命力が高い。

 それが後に彼女が若さを長く保つ秘訣ともなるのだが。


 他の人間の試験官との対戦がすべて終わるまで、御預けを食らっているシャルロット。


「ちくしょう、まだ出番が来ないのか~」


 だが遠慮なく師匠の弄りが飛ぶ。


「ハウス」

「ワンっ!」


 そして、やっとシャルロットの番が来た。

 他の人間は見事にぶっ倒されてしまっている。


「やれやれ、今回の参加者は骨がねえな。

 俺のところでは合格者無しってところか。

 おまけに最後が、こんな年端も行かない御嬢ちゃんなのか?」


「ふふ、ロッテ。

 こいつはね、今回の教官の中では一番腕が立つのよ。

 そしてまた容赦無しの性格でねえ。

 私がお前の予選での合否を決めてやろう。

 そいつの意識を奪う事、それが勝利条件さ」


「わかりました、師匠」


 そして、ずいっと素手で無表情のまま進み出るシャルロット。


「なにい。

 ちょっと待て、そいつはあんたの弟子なのか⁉

 というか、サブマス。

 合否判定は俺の仕事っすよね?」


「馬鹿め、腕は立つが相変わらず頭の方はダメダメだな。

 お前が気絶していたら、誰が合格判定をしてやるというんだ」


「はいはい、サブマス。

 まったく素手でやらせるなんてね。

 生憎と俺は素手ではやりませんよ。

 御嬢ちゃん、俺は相手が女だろうが素手だろうが手は抜かない性分でね。

 お前さん、ついた師匠が悪かったな。

 今回は諦めて、しばらくそいつの下で修業するんだな」


 そして始まった戦い。

 それは試験などという生優しいものではなく、もはや真剣勝負の空気を互いの間合いとなる空間の隙間から、殆ど物理的に醸し出していた。


 サブマスの肝煎りCランク新人と二つ名持ちBランク教官の対決という好カードの組み合わせに、自然と野次馬が集まってきた。


「はじめっ!」


 裂帛の号令をかけるのはサブマス・マーサ。

 そして次の瞬間に来たる一瞬の交差。

 そのまま二人は彫像のように立ち止まり、ビクとも動かない。


 だが一方の影はグラリと倒れ伏した。

 周囲から上がる英譚の歓声。


「すげえぞ、お嬢ちゃん。

 Bランクの『斬撃のフィッツ』が形無しだぜ。

 しかも素手で」


「やるなあ、それに可愛いしよお」


「おい、馬鹿。

 絶対に手を出したりするなよ。

 あの子はマーサさんに弟子入りしたんだぞ」


「あの手厳しいマーサさんが、まさか弟子を取るとはなあ。

 あの子、見かけによらずやるぜ」


 手放しの称賛が、その煌めくような金髪を更に輝かせるかの如くに降り注いだ。

 さすがに嬉しいのか、相好を崩してマーサに抱き着くシャルロット。


「やりました、師匠~」


「やるじゃないか。

 だが、ここからはトーナメントだぞ。

 後の試験は好きにやってよろしい。

 全部ぶっ倒しておいで」


「はいっ、師匠」


 そして彼女は雄々しく、ギルドの修練場に設けられた闘技場へと向かったのだった。


 それから、そのまま決勝まで難なく勝ち進んだ。

 剣一本抜く事もなく。

 剣は収納に仕舞ってしまい、すべて拳のみで決めたのだ。


 だが決勝で出てきたのは、同じく素手の少女であったのだ。

 若干の戸惑いを持って相対したものの、どうにも攻めあぐねた。


「この少女には何かがある。

 迂闊に向かっていってはいけない」


 そう感じさせる何かがあった。

 このBランクを目指す猛者どもの中にあって、傷一つ負わずにこの決勝の舞台へ涼しい顔を出しているのだ。

 武器の一つも持たずに。

 明らかに尋常ではない有様だ。


 そして、どうやってか彼女はシャルロットの拳を見事に弾いた。

 彼女は小手調べで放った魔法さえも、やんわりといった感じに弾くのだ。

 何かのスキルを使っているようだ。

 だが彼女自身は何故か攻撃してこない。


「ヤバい、これは勝てないかも」


 焦る思いが彼女に剣を持たせた。

 そんな物はそいつに通用しないだろうと思っていたので、その時までは使わなかったのだが。


 しかし、それまでシャルロットと同等の足捌きを見せていた彼女は、ここにきて何故か止まってしまい、あっさりとシャルロットの剣を喉元に突きつけられた。


「ギブアップ」


 彼女は事も無げにそういった。

 まるで最初から勝つ気が微塵も無いかのように。


 そして見事にBランクカードを手にしたシャルロットは、試験後に彼女エンデを探し求めたのだが、なんと彼女はギルドの酒場で師匠と仲良く御茶を飲んでいた。


 濃いめの光沢のある金の髪に、同様の深い色合いの青い瞳。

 なんというか色白で、どことなく人形を思わせるような風貌をした美しい顔立ちの少女。


 これがアルバトロス王国の貴族であれば、そのなんとなく独特な風貌の美しい顔を一目見ただけで、彼女の正体に気付いたかもしれない。


「もう、これって師匠の仕込みだったの⁉」


 若干の怒りを面差しに浮かべたシャルロットの追求を、まるで南国の海のように青い瞳を涼しい顔で往なすとマーサは言った。


「違うわ」

「そうなの~?」


 疑惑の眼差しのシャルロットを見てエンデはくすくすと笑った。

 それを見て少しいらっとしたものか、小さく舌打ちするシャルロット。


「あんた、わざと負けたでしょ」

「だって本気でやったらあなたを殺してしまいそうだったし、手加減したら勝てそうになかったし」


「何よ、それ」


 少しむくれたシャルロットを見てエンデは溜息を吐き、声に出さずに呟いた。


(だって、しょうがないでしょう。あんたを殺しちゃったら、私が任務を果たせないじゃないの)


 そう。

 彼女はマーサの仕込みでもなく、アルバ冒険者ギルドが用意した人間でもない。

『アルバトロス王国』から派遣されてきた者だったのだ。


 少し前、兄弟国サイラスからアルバトロス王国へと一通の親書が届けられていた。


『親愛なる兄アルバトロスへ。

 我が国サイラスの公女シャルロット・フォン・エミルハーデが我が国より出奔した。

 特に送還の必要はないが、もし貴国において庇護が必要であれば、その時は手配を御願いしたい。

 あなたの弟サイラスより』


 各方面より彼女の入国並びに王都アルバへの入場を確認したので、アルバトロス王家が特別に配慮したものなのだ。

 この無鉄砲な公女が簡単に命を落とさぬようにと。


 それは『王国の剣オルストン』と並び『王国の盾』と呼ばれ、代々多くの者達から賞賛を受けるエルシュタイン家の者。

 特殊な再生シールドと呼ばれる強力な防御スキルを持ち、代々国王や王族の護衛をする一族だ。


 後にシャルロットの息子であるエミリオ王子を守ったエリスは、そのエルシュタイン直系当主の三女である。

 彼女エンデの容貌はエルシュタイン家ではスタンダードなものだ。


 彼らの一族の事をよく知る者であれば、その容姿を見ただけで「あなたは、もしかしてエルシュタインの一族の方なのですか?」と聞かれる事さえある。


 直系ではないのだが、そのエルシュタインの名を持つ男爵家の四女、それがエンデ・フォン・エルシュタインであった。


 彼女は頭もよく、王都学園の通常教科はすべて終えてしまっており退屈していたところなので、この任務を引き受けたのだ。

 そして一目見てこの勝気な少女の事が気に入ってしまった。


 その後彼女は、アルバトロス王太子妃、そしてアルバトロス王妃付きのエルシュタインの護衛として、また終生の友としての人生を送るのであった。


 さすがに王妃付きのエルシュタインが男爵家の子弟では格好がつかないため、後に彼女には特別に女性の身でありながら一代限りの名誉子爵位が贈られたのだった。

 分家とはいえ、実力的にまったく不足がないため反対の声は聞かれなかった。

 あの王妃と些細な理由で対決したい者も、そうはいなかったというのもあるのだが。


 その後にエンデ自身もエーデルワイス伯爵と結婚し伯爵夫人となったため、この問題でとやかく言う者もいなくなった。


 エンデにとって人生で唯一不満があるとしたならば、シャルロットがあまり護衛のし甲斐の無い主だったという事であろうか。

 世の中で、あまり無いような不満ではあったのだが。


 だが、今はまだ違う。

 シャルロットも、まだまだ無鉄砲で世間知らずの御姫様なのだ。


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