7 ギルドの洗礼
その後の旅路にもゴブリンの大群などが周りから一斉に現れたが、金にならない魔物などに用の無い彼女はやる気なさげに、馬車の中から魔物を追い散らすためだけの魔法を馬車の左右に放った。
「マイクロ・ファイヤーボールレイン」
ほとんど火の粉に近いような超小型ファイヤーボールを無数の雨のように降らす魔法だ。
その一発一発がファイヤーボールに必要な魔力を遥かに下回る、殆ど殺傷力のないような魔法なのだが、それを低位の魔物などに食らわせると蜂の巣を突いたような騒ぎになって逃げ出すのだ。
昔、これで王宮に出来た本物の蜂の巣に悪戯して物凄く怒られた記憶を懐かしく思い出しながら、彼女は馬車に揺られていくのだった。
その悪戯者である子供時代に培った性癖は、やがて自分の二番目の娘へと遺伝によって引き継がれていくものなのであった。
そして到着した城塞の前にて、その巨大な建造物を仰ぎ見る。
そこは特殊な魔法素材で作られていて、少々破壊されても自己修復するとさえ言われた巨大な隔壁で守られた街。
かつてはアルバトロス王国といえば、この街の中だけを指していたのだ。
王都アルバ。
そこは中に入るのに厳重なチェックがあるので有名な都市ではあったが、彼女はCランク冒険者なので冒険者カードを見せれば、ほぼフリーパスであった。
この船橋武が作った街においては、彼が創立した世界最初の冒険者ギルド並びに、彼が発明した冒険者カードのシステムにより、彼女の入場は大行列を尻目に専用出入り口からラインパスで認められた。
かの元祖冒険者ギルドが大元となり齎してくれる恩恵が、この大陸中のどこへ行っても彼女の保証人となってくれるのだ。
彼女は御先祖様に感謝を込めて冒険者カードに軽くキスをすると、商業ギルド行きの王都内乗合馬車の住人となった。
冒険者ギルドは、そこと同じ第二隔壁の西門にある。
「王都アルバかあ。
ここが我が先祖ヤマトが作った街、つまりこの私のルーツでもある」
ぼそっと、はっきりと声に出さずに呟いた彼女、その街の佇まいを眺めつつ馬車に揺られていき、初めてシンゴウキなる魔道具を目にした。
「世の中には不思議な物があるものね。
でも、あれの御蔭で、これだけの交通量があっても通行はスムーズみたいね。
でも作ったり管理したりするのは大変そうだな。
国中のんびりしているサイラスには要らないや」
シンゴウキを経て、間もなく乗り合い馬車の乗り場がある商業ギルドに着いた。
馬車を下りてから、うーんと伸びをして体を解して周りを見渡した。
「やれやれ、緑が少ないなあ。
確かに開けていて広くて都会だけれど、潤いっていうものに欠けるわ」
子孫である彼女がそのような台詞を吐いているのを見たら、船橋武は草場の影で泣くだろう。
潤い都市がいいならば他を当たってくれと言いたいはずだ。
何しろ当時は、異世界の荒野と明かり一つないような村や街などしかなく、街もその殆どが小さな街でしかないような世界だった。
メガロポリス東京の住人であった彼は、この世界に大都会を作りたかったのだ。
結構、田舎ばかりのこの世界が応えていたので。
それが、この巨大城塞都市が存在する意味の一つでもあった。
この都市を閉鎖的と呼ぶ人間もいたが、その御蔭でこのような世界にしては、治安はそれほど悪くないのだ。
そして商業ギルドに近接する冒険者ギルドの中に入るなり、彼女はわざとガラが悪そうに、どんっと受付カウンターへ直角に曲げた右腕を置いた。
「何の御用かな、御嬢ちゃん」
そう言って、牛乳瓶底眼鏡のおばさんがにこにこしながら対応してくれる。
その女性は地味な格好をしていて、髪の毛もボサっとしていてパッとしない感じだった。
「ギルマスを出せ」
シャルロットは、そう言いながら冒険者カードを突き出した。
大人しくしていても、そうそう簡単にギルマスに会えないだろうし、Bランク試験は受けられないだろう。
出来ればギルマスに直接会って、あれこれ試してもらってギルマス推薦を貰いたいのだ。
特にAランク試験には、是非そいつが欲しい。
あれがあるのとないのとでは雲泥の差だ。
カードを魔導具でチェックしつつ、おばさんは言った。
「ほっほっほ。
御嬢ちゃん、青いわねえ。
いいわよ~。
では見事この私を倒してみなさい。
そうしたらギルマスに会わせてあげましょう」
「えーっ、おばさんを?
そんな事出来ないよ。
御願いだからギルマスに会わせてよー、ねっ、ねっ。
この通りだからさ」
途端に、周りで楽しそうに様子を窺っていた連中から失笑が湧く。
無理もない。
いくら小娘(にしか見えない)とはいえ、相手はそれなりの冒険者なのだ。
こんな眼鏡のおばちゃんが叶うはずはないのだから。
途端にしおらしい振りをして、手を合わせて媚び媚びな様子で頼み込む変わり身の早さ。
「だって、こんなおばさんを虐めたら、ギルマスの心証が悪くなっちゃうよ」
聞こえないように小声で言ったつもりだったのだが、カウンターから外へ出てきたおばさんはころころと笑いながら言った。
「ふふ、聞こえていますよ。
小娘、四の五の言わずに、さっさとかかっていらっしゃい」
そう言って挑発的に指をかきこむようにして手招きをするおばさん。
「もう!
どうなってしまっても知らないからね」




