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6 いきがけの駄賃

「ハイドはヤバいな。

 どうせBランクの次に受けるAランク試験は、確か今回はハイドでやって、その次はアルバトロスの王都アルバでないと受けられないのだし、ここはアルバまで行くとするか。


 いきなりAランク試験は受けられないからBランク試験に受かってからという話なら、それで丁度いいくらいかな。

 その次もアルバトロスの向こうにある帝国の筈だしな。

 Aランク試験が私からどんどん遠ざかっていく。

 自分から追いかけなくっちゃ」


 Sランク冒険者は本当に特別な冒険者なのだ。

 だから「Sランク試験」なんていう代物は存在しない。

 難関である高ランク冒険者試験を頑張って通過して、とりあえず自力で行ける最高峰がAランク冒険者という地位なのだ。

 シャルロットも家を出て自力で生きていく道を選んでしまった以上は、是非そこまで行きたいという想いは強い。


「あーあ。あの冒険者ギルド発祥の地でやるBランク試験も激戦区だから本来なら行きたくないんだけど、サイラスからハイドを抜けるならアルバトロスかメルス大陸の二択しかない。

 すぐにハイドを去りたいのならメルス大陸行きも厳しい。

 船がすぐ出るかどうかわからないし、Aランク試験のためにまたロス大陸まで戻ってこないといけないからなあ。


 エルドアは通過するための通行さえ困難なのだから、アルバトロスをパスして直接その向こうには行けないし。

 あのドワーフどもときた日にはもう。

 どの道Bランク試験は王都アルバで受けるしかないか。

 こうなってはアルバトロス王国でのBランク試験も止むを得ないな」


 旅から旅の旅ガラス。

 休む暇もない。

 溜息の一つも出ようというものだ。


 まあ路銀には事欠いていないのが幸いなのであるが。

 それは全部、自分の力で手に入れて貯めておいた金だった。


「本当はアルバトロスもサイラスの兄弟国であるのであまり行きたくないのだが、Aランクに上がったならそこから西方面へ行ってみるのもいいかな。

 帝国はダンジョンが多いし、帝国の向こうにある草原の国なんかも楽しそうだし、大陸の果てにあるアル・グランド王国も一風変わった国らしいから面白そうだな」


 もう既にAランクに上がったつもりのシャルロット。

 それだけの実力はあるつもりだった。


 本当ならば、このハイドでもプリティドッグの情報を集めていくつもりだったのだが、こうなったのならば仕方がない。

 彼女はまた旅の馬車に乗るのだった。


 ハイドは通商国家であり、アルバまでの街道は非常に整備されている。

 王都シンフォニアは遷都されたのだが、わざわざアルバと同緯度に合わせ、真っ直ぐ東西に街道を敷いたほどだ。


 その道行きはあまりにもわかりやすい。

 そして人は言う。


「アルバトロス王国王都アルバから日の登る方角に、ただただ街道を真っ直ぐ行ってごらん。

 そこにハイド王国の王都シンフォニアがあるから」


 取引の目玉はアルバトロス王国秘伝の魔導製品などだ。

 アルバトロス王国側もメルス大陸産の産物やサイラスの農産物などを運びたいので、積極的に街道を整備している。

 兄弟国であるサイラスとの不仲を理由にハイドとの取引を制限したりする事は一切ない。


 アルバトロス王国は、この大陸に最も影響を与えた初代国王ヤマト・フォン・アルバトロスが作った国で、この大陸では一番公正な国であると言われている。


 やがて国境を越え街道を進むうちに、彼女はそいつの気配を感じ取った。

 彼女は感知系の魔法も優れているのだ。


「待て! 馬車を止めろ、御者」


 馬が軽く嘶き止まったが、時すでに遅かった。


「奴が来る。

 全員外には出るな。

 御者、馬を絶対に嘶かせるな」


 そいつは珍しい石畳模様の巨体を持った魔物だった。

 そう、やってきたのは『街道の嫌われ者』たる大カマキリだったのだ。


 その図体と身に纏う天然の迷彩の具合からして、『街道専門』という常に冒険者と対峙する立場でありながらも、幾度(いくたび)にも渡る討伐の手を逃れて生き延びてきた強者であると知れた。


「うわっ。

 大物だぞ、あれは。

 しかも『石畳蟷螂』だ。

 あれほど大きくなるまで無事だったところを見ると、冒険者相手の戦いにも手慣れていそうだ。

 御嬢さん、本当に大丈夫なのかい?」


 御者は情けなく悲鳴を上げたが、シャルロットは彼のその動揺を片手で制した。

 そして馬車から一人戦場へと音一つ立てずに降り立った。


 他にも冒険者は乗っていたが、たいしたランクではなさそうで外へは出てこなかった。

 只の馬車賃の安い乗合馬車なので、特に護衛などはついていない。


 やがて、まるで死神のように飛翔して目前に現れたそいつは、食欲に塗れた愉悦と共にじっとシャルロットを見ている。

 しばしの間、狩人と獲物の睨み合いが続く。

 もちろん、互いを獲物と見定めての攻防であった。


 そして奴が動いた刹那、それは放たれた。

 手の中で超強力に練り込まれたエアカッターだ。

 その石畳色の頭が見事に飛んでいき、カマキリは首を失ったため、獲物を見失った状態でダンスを踊った。


 何しろ素早い奴なので逃げられると厄介だ。

 路銀の足しでもあるので逃がすつもりは更々なかった。

 せっかくの大物なのだから。 

 しかも、特級のオマケが『いる』のは感知魔法でわかっているのだ。


 シャルロットは剣で床を打ち鳴らして誘導し、オオカマキリを馬車から少し離した。

 頭は無くてもそこに耳がある訳ではないので、奴はその振動をきちんと聞き取る。


 そして『大事なカマキリの体を傷つけないように』、一~二撃軽く剣戟をくれてやる。


 もはや首を失い、やがては死に至るだけの運命である奴の羽が広がって、首を失いながらもまだ逃げ出そうとする。

 その羽を上手に魔法で切り、そして全ての足も剣で上手に落とした。


 丁寧に丁寧に素材を剥ぎ取られ、その大きな丸太のように転がった、まだ生きているカマキリから腹を食い破って何かが飛び出して第二ラウンドのゴングを鳴らした。


 もちろんそいつは御存じハリガネムシだった。

 こいつも宿主のサイズに準じた大物だ。

 最高クラスの品質の持ち主と見た。


 シャルロットも、そいつの代替の利かない貴重な素材の価格を想像して、思わず唇の端が吊り上がるのを抑えきれなかった。

 戦闘中に歯を見せるなどとんでもない事なので、そんな戯言もそこまでだったが。


「サンダーレイン」


 上手に加減して、うっかりと素材を不要に焼いてしまわないように加減して得意の魔法を放つ。

 そうであるにも関わらず、この手の魔物を逃がさぬように一撃で仕留めきる、いわばレア風の焼き方をするための魔法だった。


 あえてサンダーではなく上級魔法を工夫した、いわば『弱サンダーレイン』というような特殊魔法を小器用に繰り出す才能の持ち主である若干十四歳の少女。

 彼女もまた間違いなく稀人船橋武が子孫の内の一人なのであった。


「終わったぞ」


 その短い、終了のゴングである台詞と共に美味しい戦利品を収納した美少女に、息を飲んで縮み上がっていた馬車上の人々も、ただただ呆れ返るだけであった。


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