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5 海の漢

 やがて夕方までに次の街に着き、シャルロット達は街の守兵に盗賊壊滅の知らせを齎した。

 そして冒険者ギルドに報告したところ、男は無事にEランクへと昇格した。

 乗客達も男に感謝を示すためにギルドまで赴き、彼の勇敢さを称えた。


 だがそれで、少々マズイ事になったのだ。

 街の代官である太守が「ぜひ英雄達を宴に招待したい」などと言い出したのだ。


 そんなところへシャルロットが、のこのこと顔なんかを出せば、おそらく一発で身バレして強制送還である。

 仕方がないので彼に対して事情をゲロしておく事にした。


「いや、そのなんだ。

 あー、そのなあ。

 実を言うと私は、この国の公女だったのだ。

 なんというか、行きたくもないのに嫁に出されそうになったので逃げ出してきたところでさ。

 このままだと王宮へ連れ戻されてしまう。


 確か、この街の太守は私の顔を知っているはずなんだ。

 王宮で会った事が何回かあるので。

 それで誠に済まないのだが、盗賊退治はお前が一人でやった事にしてくれないか。

 後生だからさっ!」


 そう言って必死で両手を合わせたシャルロット。

 だが男は呆れて叫び返した。


「そんな無茶な。

 いくらなんでも無理だろう。

 金髪少女冒険者の噂は、もうかなり広がっているんだし」


「こ、今晩だけ誤魔化してもらえばなんとでもなるから。

 明日の朝一番の馬車で、この街から逃げ出す予定なんだ。

 頼むよ~。

 助けると思ってさ。

 ええい、盗賊の相手をすると思えば、これくらいなんだ!

 軽い軽い。


 さっ、さあ英雄殿。

 頼んだぞ。

 貴様は、やれば出来る男なんだ。

 よっ、精鋭Eランク冒険者」


「しょ、しょうがないですねえ、もう。

 本当に、とんだはねっ返り公女様だ」


 何はともあれ、彼女は体を張って盗賊と戦い彼ら乗客全員を助けてくれたのだ。

 その恩を仇で返すわけにはいかない。

 やるしかないので諦めたのではあるが、彼の中でシャルロットの評価グラフが四日以上連続でストップ安になって四日目はいつもの倍の割合で下がってしまった最悪な株式銘柄のように落ちていったのは致し方ない事であろう。


 彼は宴の間中、いつ彼女について言及されるかとヒヤヒヤ物で、せっかく豪い人が苦労を称えて歓待してくれている宴であるにも関わらず、あまり酔えない英雄の夜なのであった。



 そして翌朝早々に一番馬車で街から逃げ出していくシャルロットの姿があった。

 前日に襲撃された馬車の乗客の一人である商人は、ニヤニヤしながらそれを見守っていた。

 あの盗賊を倒した鍛冶道具は彼が投げた物だった。

 馬車の中の人達は、彼がなんとか守るつもりであったのだ。


「いやあ、相変わらずの『はねっ返りシャルロット』ぶりだねえ。

 まあ、御蔭でこっちも余裕で命拾いしたわけなのだが。

 さあ事の顛末を国王陛下に報告しておくとするかな」


 商人をしながら王国内を見て回る王家直属の諜報員である彼は、そう言ってスッと姿を消した。

 彼は王命を受け、しばらく彼女の事を見守っていたのであった。



「ああ、ヤバかったなあ。

 もう早めにこの国を出なくっちゃあ」


 そうボヤきながらもシャルロットは残りの旅を続け、王宮を出てから一月も経った頃、ハイドへの国境を無事に越えたのであった。

 という事で、舐められないようにと威厳を取り繕ったような言葉遣いはもう一切やめにした。


「ふう。

 ここまでくれば、もう安心。

 冒険者として腕を磨き、必ずやプリティドッグを探し出してみせるわ。


 もう国へは帰れないからなあ。

 そのうちに伴侶も見つけないといけないだろうし。

 マクファーソンの事はとても好きだったけど、あいつったら一緒に来てくれないんだもの。

 それにまあ、来てくれたら来てくれたで、あいつが足手纏いになりそうだしねえ」


 そのマクファーソン本人が聞いたら血の涙を流しそうな台詞を吐きながら、彼女は生まれて初めてハイドの地を踏んだ。


 通商に力を入れるハイドは、さほど入出国に煩くはない。

 それに御国柄から腕の立つ者は歓迎されるのだ。


 一度魔物溢れる大海原を越えて、隣の大陸に渡ってみるのもいいなと思う命知らずな彼女であった。


 さすがは彼女も初代国王船橋武の子孫なのであった。

 剣の腕はなかなかの物であるのだが、魔法にも非常に長けていた。

 荒事はもっぱら、剣よりもそっちの腕前に頼っている。


「とりあえずBランク試験でも受けてみようか。

 ハイドは御国柄、面子が手強そうだなあ。

 こう言ってはなんだけど、その点においては我が祖国サイラスの方が易かっただろうね。

 無理してでも国にいる間にBランクに上がっておくのだったかしら」


 そして、またも旅してハイドの王都シンフォニアの冒険者ギルドへ向かったはいいのだが、さっそく禄でもない三人組の男達が近寄ってきた。

 いかにも荒くれ者といった感じで清潔さの欠片もない。

 下卑た、その顔付きには品性の欠片もなかった。


 いくらシャルロットが鷹揚な性格とは言え、思わず眉も寄る。


「よお、見かけない顔だな」


「可愛いな。

 どうだ、今夜俺達と一緒に」


「ぐひひ、涎が垂れそうないい女だぜ」


 その欲望丸出しの顔に向かって、彼女はにこにこと笑顔でこう言った。


「そうね。

 あなた達、どうせならドラゴンのケツの穴でフェインしたらいかがかしら」


 これは地球で言うところの、いわゆる英語の『|ユアファックユアセルフス《てめえ自身でオ〇ンコしやがれ》』に相当する非常に厳しくて品の無い罵倒の言葉だと思われる。

 もっとも丁寧に言ってみても、シャルロットの事だからそう内容は変わらないだろう。


 大人しめの少年であるマクファーソンがこのシーンを見たら卒倒しかねないような有様であった。


「なんだと、このアマ」

「大人しく聞いていれば、こいつ!」


 激怒した男達が問答無用で襲いかかってきたが、全員あっさりと手刀で床に(はた)き落とした。

 そして間髪入れずに床で呻いている下衆どもがいた。


 しかし、そいつらもやがて狂気に満ちた表情で剣を抜いて立ち上がってきたが、後ろから蹴られ踏まれ、髪の毛を持って両手で一人ずつ引き摺りあげられている。

 その人物は、なかなか大した膂力の持ち主であった。


 それを見て呆れたシャルロットは、両手に待機させていた魔法の行使を中止した。


「どうも、御嬢さん。

 大変失礼したね。

 どうやら、こいつらには厳しい躾が必要なようだ。

 我が国の恥だな」


 そう言いながら、そやつらを放り出して慇懃に片手を前に出すポーズを取った礼をする、その男。

 高ランク冒険者なのか?

 いやそれにしては妙に気品がある。

 だが異様に腕が立つ。


 一体何者か。

 胡乱な目でそいつを眺めるシャルロット。


「いや、礼は言わんぞ。

 その程度の相手に屈する、このシャ……いやロッテ様ではないのだから。

 大体、そんな奴らと(しとね)を共にするくらいならば、国を出る時にマックを押し倒してきたわ」


 それを聞いたそいつは豪放に大笑いしている。

 だが、その端正な顔はまるで貴公子だ。

 そして、それに似合わぬ筋肉質の体。

 それも無様な筋肉達磨ではなく、非常に均整の取れた素晴らしい肉体ではあるのだが。


 普通の女子であれば思わず見惚れてしまうだろう、その美男子、いや貴公子を前にシャルロットは思わず後ずさった。


 ヤバい。

 内なる何かが強く警告を発しているのを感じるシャルロット。


「ははは、元気のいい御嬢さんだ。

 さあ、立て。

 この屑どもめ」


 彼はそいつらを眼光鋭く睨め付けた。

 どうやら只者ではなさそうだ。


「あ、あんたは!」

「ま、待ってくれ」

「殿下、御慈悲を」


(殿下だと!

 まさか。

 これが噂に聞くハイドの『海の王太子』なのか!

 マ、マズイ!) 


 目を見開いた彼女は、その場で踵を返して全力で遁走した。

 ハイド王国とサイラス王国はあまり仲がよくない。

 それは主にハイド側がいけなかったのだが。


 とはいうものの、ここで『脱柵』した他国の公女を、王族たる彼が見逃してくれるかどうかは疑問の余地がある。


 一般に、王宮などは王族にとっては自由がなく柵の中にいる家畜のようなものだと、市井の人々は揶揄する事がある。

 シャルロットのように逃げ出した王族を、人は脱柵したと言うようだ。


 ただし、サイラスやエルドアのような奔放な国家の場合は、必ずしも当てはまらない。

 実際に彼女シャルロットの父であるエルシーも少年時代にプリティドッグを求めて旅立った事がある。


 事実、シャルロットも実際には追われたりしていない訳なのだが、単に冒険もせずに結婚させられたくないだけの話である。

 妹の方は、あんなに若くても早めに結婚したがっていたのだが。


「おっさんリメイク」コミックス5巻、本日発売です。

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