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4 英雄の詩

 そして時は、かつて彼ら二人が別れた時代に戻る。

 少年マクファーソンと、いかにも少女時代らしい甘い別れを告げたシャルロットといえば。


「ふう。

 勢いで飛び出してきちゃったけど、これからどうしようかしらね。

 とりあえず、御父様から聞いていたお話に出てくるプリティドッグの物語の舞台を訪ねてみましょうか。

 でもその前に」


 幸いな事に彼女は冒険者資格を持っており、元はSランク冒険者であった父の薫陶も受け、今ではCランクまで上がっていた。

 まずはBランク冒険者を目指す事にしようと彼女は考えた。

 やはり高ランク冒険者は実入りが違う。 


 彼女も実力的には十分Bランク相当であったのだが、自国の公爵令嬢がBランク試験に乗り込むのは周囲がさすがに止めたのだ。


 ただでさえ『はねっ返りシャルロット』などという有り難くない二つ名を受けてしまっているのだ。

 これは内緒にしていたのだが、既にそれが称号化までしているのであった。


 あまりにも聞こえが悪いので隠蔽をかけて胡麻化してあるのだが、身内などには見られまくりだったので、既に結構その通り名は広まってしまっていた。


 さすがに王宮を出奔した身の上で、サイラス王都の冒険者ギルドへは行き辛い。

 自分もあそこで冒険者登録をしているので顔見知りがゴロゴロいるのだし。

 とりあえず北方のハイドを目指す事にした。


 プリティドッグは隣の大陸にいるかもという考えもあったので、いずれロス大陸の海の玄関口であるハイドへは行くつもりであったのだ。


 冒険者仕事の御蔭で、お金はかなり溜めてあるし、希少な収納のスキルも持っているので路銀や物資の持ち運びには事欠かない。


 王都の情報にあった街から乗合馬車に乗り、ハイドの王都シンフォニアを目指した。

 同乗する客の中には商売で出かける零細商人などもおり、道中はあれこれと市井の話を聞かせてもらい参考になった。

 何しろ、一応は公爵家の姫であるのだから一人旅などは初めての事だ。


 しかし彼女の醸し出す自由奔放な空気は、彼ら一般人とも垣根の無い素晴らしい関係を築く事が出来たのだ。

 これは彼女自身と、その鷹揚とさえ言える祖国の気質が齎す資質であった事だろう。



 だが、それは七日目の事だった。

 突然に馬車が盗賊に襲われたのだ。


 御者が矢で射られて呻き声をあげている。

 馬車はその場に留まる事しか出来なかった。

 不安そうに、か細く嘶く馬の声に応えを返す者は誰もいない。


 峠に差し掛かり、坂と相まってコーナーとなり視界を阻む、そんな襲撃には最適な場所だった。

 このサイラスに出る盗賊なんて、そうたいした奴らではない。

 本来であれば割と簡単に追い払えるのであったが、どうやら今回は違ったようだ。


 何人かが姿を見せた只者ではなさそうな身のこなしの男達は、黒地に銀の狼が描かれた紋章を付けているようだ。


「うわ、あいつらは闇の銀狼だな。

 残虐を以って鳴らした悪党どもだ。

 何故こんな場所に。

 奴らはもっと西の国にいたはず」


「大方やり過ぎてテリトリーを追われ、こちらへ流れてきたんだろう。

 いくら奴らでも、ドワーフで溢れたエルドア王国に河岸を変えるほどには馬鹿じゃねえっていう事さ。

 それにしても畜生」


 だが乗客の一人であるシャルロットは静かに言葉を紡ぐ。


「この中に冒険者は何人いる?」


 皆が顔を見合わせる中で一人だけ、もうおっさんになって久しそうな冒険者が気弱そうに手を挙げた。


「等級は?」


 おっさんは黙っている。


「言いたくないか。

 それでもいい。

 しかし、相手はお前のランクがどうであれ襲ってくるのだ。

 出来るだけでいい。

 男の誇りにかけて、ここを守れ」


 そして、シャルロットはひらりっと馬車の上から降り立った。


「待て。

 あんた、どこへ行く気だ。

 馬車を盾にした方がいいぞ。

 俺は、俺はFランクなんだ。

 一人で馬車を守るなんて無理だ」


「では無抵抗で死ぬか?」


 おっさんは俯いてしまったが、やがてのろのろと顔を上げた。


「わかった。

 出来るだけやってみよう。

 だが期待はしないでくれ。

 もう、誰もが俺に期待しなくなってから幾星霜の月日が経った」


「では、私がお前に期待しよう。

 今、お前以外にそいつらを守れる人間は誰もいないのだからな」


 凛とした公爵令嬢の声に、思わずハッとして見詰め返す冒険者。

 周囲には不安そうに彼を見ている人々がいた。


 そして彼は、これから死地に赴くとは思えぬ爽やかな笑顔を浮かべる少女の顔を、まじまじと見つめた。

 美しい貌だった。

 ただ美しいのではなく、内面から滲み出てくるような美しさだ。


「美しい御嬢さん、どうか死なないでくれ。

 あんたの右に立って戦えない、弱いこの俺を許してくれ」


 そう言うのが精一杯だった。

 それを聞いた彼女は、まるで荒れ地に咲いた可憐な一輪の花のような笑顔を浮かべると、颯爽と馬車から身を翻した。


 このような美しい少女が奴らの手に落ちれば、どのような目に遭わされるのか。

 彼もそれは知り尽くしていたが、彼以外の皆も顔を背けた。

 どの道もはや全員、彼らを襲う運命からは逃れられないのだろうから。


 子供達は不安そうに冒険者を見上げたが、彼は優しくその頭を撫でると馬車から降り立ち、古びた、それでいてよく手入れのされた剣を抜いた。

 そして先ほどの気弱な態度とはうって変わった表情で叫んだ。


「盗賊ども、ここから先は一歩も通さん!」


 その後姿の力強さに目を見張る乗客達。

 だが、少し離れた場所で凄まじい火焔や爆炎が巻き起こり、悲鳴が木霊していった。


「なんだ、何が起きている?」


 だが、その彼が軽く狼狽した瞬間を逃さずに切りかかってきた者がいた。

 馬車の後ろに回った連中がいたのだ。

 連中は、彼が僅かに見せた隙を見逃さなかった。


 彼はその予期せぬ襲撃をかろうじて剣で受けたはいいが体勢は不利で、体は押され馬車に押し付けられた。

 もう一人がナイフを持って彼の喉を掻き切るために迫ってくる。


 だが馬車の中から何かが飛んできた。

 重い、何か鍛冶の道具だった。

 不意打ちのクリーンヒットを受けてひっくり返る、剣で押していた盗賊。


 そして、その出来事に怯んだナイフを持って迫ってきていた相手を、決死の力で跳ね除けて胸を一突きにし、相手は声も上げずに崩れ落ちた。

 それから、すかさず倒れて呻いている盗賊にも止めを刺した。


 盗賊達の持っていた剣などを馬車の中の男達に渡し、おっさんは人が変わったように頼りになりそうな声で言った。


「もし俺が凶刃に倒れたら、それで子供達を守れ」


 だが男がふっと気がつくと、辺りは静寂が支配していた。


「これは! もしかして彼女がやられてしまったのか⁉」


 男はハッとして、馬車の中で剣を構えていた男達に言った。


「俺は彼女を助けに行く。

 その間、お前達はここを」


「その必要はないわ。

 でもありがとう。

 そう言ってくれて」


 振り向けば、そこには若干の血で衣装を汚した少女がいた。


「怪我は? 俺はへたれだが、簡単な回復魔法なら使えるぞ」


「ありがとう。

 でも大丈夫、これは全部返り血だから使わなくていいわ。

 それは大怪我をしている御者さんに使ってあげて。

 私も旅をするのなら回復魔法を覚えた方がいいわね。


 それよりも、あなたよく頑張ったわね。

 なるべく早く片付けたつもりだったけれど、やはり討ち漏らした奴がいたか。

 危なかったわ。

 こいつら、私が手強いので抜け駆けして金を奪って逃げるつもりだったのね。


 おっさん、あんたもやれば出来るじゃない。

 よく馬車を守ったね。

 本当に素敵よ」


「い、いや俺は。

 ただ、夢中で……」


「それでいいのよ」


 そう優しく言ってから男の髪を撫でつけると、シャルロットはそこにあった死体を回収した。


「収納スキルか、凄いな。

 しかし、それをどうするんだ?」


「決まっているわ。

 盗賊退治の証拠物件として提出するの。

 私の方は跡形残さずに吹っ飛ばしたのが殆どだしね。

 ギルドに言えば、あなたもEランクに上がるんじゃないかしら」



 馬車は運転の心得のある商人が動かしてくれている。

 御者も冒険者の男が回復魔法を使ったし、シャルロットも上級回復アイテムを持っていたので、なんとか命は取り留めた。


 まだ夢見心地で敵を倒した自分の手を無言で見つめている男を見ながら、隣に座るシャルロットは歌を口ずさんだ。

 シャルロットも御令嬢なので、そういう教養はある。

 概ね、それらはいつも一緒にいたマクファーソンから学んだものなのだが。


 それは英雄の(うた)

 気が弱くて、いつも他人から馬鹿にされていた男が、盗賊に襲われた街を命懸けで守った物語の歌だった。

 街の人は彼を称え、英雄と呼び称した。

 これは実際にあった物語をベースにしたもので、サイラス王宮でも上演された事がある。


 馬車の中の人々も、自分達にとっての英雄である男を称えるために一緒に歌いだし、男は声を殺して泣き始めた。


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