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3 別れ

「帰ってくる?」


 少年の短い問いに対して、少女は笑顔で返事に代えた。

 はっきりと言葉にしなかったのは、そう約束できるかどうか彼女にもわからなかったからだ。


「私、プリティドッグを探しに行くの。

 いつか行こうとは思っていたんだけど、君は一緒に来てくれそうにないし。

 今回はいい機会だわ。

 父にはちゃんとそう言ったけど反対されなかったし。

 好きにしなさいって。

 でもあなたは誘ってもついてきてくれないよね。

 寂しいけど一人で行くわ」


 いいのか、エミルハーデ公爵。

 思わず呆然としてしまったのだが、一応は訊いてみるマクファーソン。


「ごめんよ、ロッテ。

 僕は家を捨てて君と一緒には行けない。

 それであの、先方にはなんて?」


「ああ、それなら多分『うちの娘はプリティドッグを探しに行きました』って、本当の事を言うんじゃないかな?」


 あっけらかんと答えるシャルロット。


「うわあ、エルシー様ったら。

 まあ、あの人ならいかにも言いそうな台詞だよね。

 内心では本当にプリティドッグを探してきてくれるかもとか思っているんじゃないか?

 しかし公爵家同士の婚姻で、そんな礼儀を欠くような真似をしたら先方が怒るんじゃないの」


 呆れかえるマクファーソン。

 あの人の場合は、本当にそう考えていても仕方がないくらいなのだ。


「あはは、向こうもサイラス王国の人間が相手なら、怒るよりも呆れるわよ。

 じゃあ元気でね、マック。

 みんなにもよろしく」


 そして今度はチュっと非常に短いキスを唇にくれて、彼女は窓から音もなく消えていった。

 後には唇を片手の先で押さえたまま呆然としているマクファーソンだけが取り残された。

 そして外では。


 軽やかに夜闇の中へと消えていく公爵家の少女を見ない振りして、その後でそっと一礼して見送るサイラス王国騎士団がいたのだった。


 すべては国王も承知の上での話なのだ。

 御転婆公女本人はそれを知らないようだったが。

 通常の国ならば絶対に有り得ないような狼藉なのであった。

 いかにも、この鷹揚なサイラスの国らしい在り様だ。


 ちなみに、この事を知らされた先方は微塵も動揺せず、顔色一つ変えずに「それならば」と、その場で婚姻の相手として『第二公女フランソワ』を要求した。


 その事を知った十二歳になったばかりの彼女は大喜びで小躍りして、その場で御輿入れを承諾した。

 彼女はいい加減に、この自由奔放過ぎる国ではなく、もっと御洒落な国へ行きたかったのだから。


 それなのに婚姻の話が来たのが、あのやりたい放題の姉であったので非常にがっかりしていたのだった。


 しかも、それが公爵夫人に収まる縁談であるのなら、それはもう悪かろうはずもない。

 公爵家の兄妹の中でも末っ子にあたる彼女にとっては、まずこれ以上はないというくらい良いお話であったのだ。


 相手も悪い評判は聞かない相手だ。

 家族の事も大切にする人間だそうで、サイラスを訪問してくれた事があり、幼少の頃に彼女も会った事がある。

 なかなかの貴公子だったので、まだ幼かった彼女は夢中になって彼の後を追いかけていた記憶がある。

 まるで絵本の中の王子様みたいだったのだ。


 先方もサイラス相手に、そう簡単に話が収まるとは思ってはおらず、第二公女に対しても調査を済ませていたのだった。


 すべては自然に丸く収まったかに見えたが、事情を知り尽くした上で国益にも貢献するように柔軟に取り計らった父エミルハーデ公爵エルシーと、その竹馬の友であるサイラス王国の国王による采配であった。



 その後、少年マクファーソンは人が変わったかのように剣の稽古にも身を入れ、学問にもますます磨きをかけた。

 そんな人一倍努力家であった彼を公爵家の跡取りにと推す声も多々あったのだが、彼自身がきっぱりと否定した。


「私は、この身をこの国のために捧げる所存だ。

 家督は長兄の兄上が継げばよい。

 私は必要とあらば、この国とこの家のために、この世界のどこへでも行く」


 そんな彼の真摯な姿勢を見たサイラス国王や、兄弟国アルバトロスの人々は、彼をアルバトロス王国エルリア公爵家、南の公爵家の跡継ぎへと強く推した。


 当時、アルバトロスの南の公爵家には直系の男子がおらず、よい婿をと望まれていた。

 比較的保守的な家柄であったために、多くの推薦がある兄弟国からの人材は大歓迎なのであった。


 おりしも帝国の脅威が強く懸念され始めた時代に、優秀な人材が強く望まれていたのであった。


 彼マクファーソンはシャルロットへの思いを断ち切り難かったのだが、その話をつつがなく受けた。

 国のためを思う気持ちもまた強く持っていたので。

 そして、いつかもう一度シャルロットと会いたいと心の底で願いつつ。


 まさか後に彼女が、自分が婿入りした国の王太子妃としてやってこようとは露ほどにも思ってもいなかった。


 そして、それはまさしく彼が知る『はねっ返りシャルロット』として記憶にある人物と、何一つ【行状が】変わらない人物であったのだった。


 強いて言うのであれば『はねっ返りシャルロット王太子妃』といったところであろうか。

 当然、嫁入り先では大変な反響があったようだ。


 爆笑する者、大顰蹙で怒り狂う者、呆れ返る者、感心する者とバラエティに富んだ反応ではあったのだが。


 アルバトロスの先王、当時の国王様は言ったものだ。


「息子め、まだまだ青瓢箪だとばかり思っておったのじゃが、なかなかやりおるわい。

 まさか、こんな破天荒な嫁を連れて帰ってくるとはの。

 わっはっは」


 王太子殿下も彼女にべた惚れのようだったし、彼女は新天地でも今まで通り完璧に己を貫く構えであった。


 そしてマクファーソンは、当時の敏腕な老宰相から呼びつけられて、こう申し付けられたのであった。


「この話は、同じサイラスから来たお前に全面的に任せるからな。

 幼馴染なれば収めるコツもよく知っておろう。

 あのじゃじゃ馬娘を【お前が】何とかするのだ」


「はっ。

 ははあっ」


 そして彼は後でこっそりと呟いたのだった。


「こいつはまた豪い事になったもんだなあ」


 長く(いにしえ)の王国で宰相を務めた老獪な実力者に対し、のんびりとした弟国から来たばかりの若輩者にして、たかが新参者の公爵家の婿如きが逆らえようはずもない。


 まさか、よりにもよって彼女とこのような再会の仕方をする事になろうとは。

 こんな事になるくらいなら、いっそあのまま一生会わずに、あの甘やかな思い出と共に心の中で終わらせておきたかったと密かに思う彼なのだったが、すべては手遅れであった。


 彼はアルバトロス王国のため、()いてはシャルロットと自分の祖国であったサイラス王国のために粉骨砕身で働く羽目になるのであった。

 そして、その度に彼女は言うのだ。


「マック、ねえマック。

 どう、私の王太子妃ぶりは」


「うわあ、勘弁しておくれよ、ロッテ。

 もう一介の公女じゃないんだからさ」


「おだまり!」


 大人になっても力関係はさほど変わっていないのを痛感するマクファーソン。

 しかも身分の差が広がっただけ、却ってなお悪いといえよう。


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