2 縁談
そして二年の月日が過ぎ去った。
シャルロットは十二歳。
見かけだけは十四~十五歳といった塩梅か。
一方、少年マクファーソンの方は相変わらずパッとしないというか、若干太目の少年のままだ。
それに比べてシャルロットの方は、うって変わって大人びた感じの美少女っぷりを魅せている。
諸国の王子とて、この娘を争って欲しがるかもしれない。
さすがにこの年齢ではもう、さしものマクファーソンもシャワー室に連れ込まれる事はなさそうなのだが。
この温暖というか若干暑めの気候において、マクファーソンのように太目であるというのは本来ならばアレなのだった。
皆、よく汗をかいて結構スマートなのである。
しかし、それは彼が勤勉に机に向かっていた事の証でもあるので誰もそれを揶揄したりはしない。
シャルロットとて揶揄はしないのだが、当然剣の稽古には連れ出される。
家人も勉学だけではなく運動も大切だと思っているし、また公爵家の人間として剣くらいは一人前に使えなくてはならない。
よってシャルロットに引き立てられる彼の悲鳴は、これまた生暖かくスルーされていた。
今日もこてんぱんにやられて、俯せになった姿勢のまま修練場にて大の字になっている少年に向かって、少女も仰向けで寝転がり自分の両手を枕にしながら話し始めた。
「ねえ、マック。
プリティドッグって本当にいるのかしら」
遠く空の彼方の、想像もつかない世界を夢見るかのように少女は言った。
少年は、やや億劫な感じに首だけを横に向けて少女を見た。
「そりゃいるでしょ。
飼われていた記録が幾つもあるんだから。
まあ飼われていたっていうよりも、連中が気に入った人間と生活を共にしていたっていうだけの話で」
それに対して少年は、いかにも勉強家らしく現実的な意見で返した。
「そうよねえ。
冒険者に依頼を出したって見つかりやしないし、騎士団が捜索をしたって見つからない。
今このサイラスに彼らはいないのかしらね」
少年は少しだけ目を瞑って、目を開けた時には、少し憧憬を込めた目線を大好きな従姉妹に向けた。
「さあ。
世界中で滅多に見つからないんだし、彼らは自由奔放な生き物だからね。
まるで君みたいだよ」
「あはは。
じゃあ、彼らは私の事を気に入ってくれるかもね」
「そうかもしれないね。
もし君のところに彼らが来たら、僕も一緒に遊ばせておくれよ」
「どうしようっかなあ~」
「もう、ロッテたら!」
そんな他愛もない、まるで空気のように当たり前に存在する時間も、彼らにとってさほど残されてはいなかった。
更に二年の月日が経ち、シャルロットも十四歳となった。
輝かんばかりの美しい姫に成長した彼女には、早くも縁談が来ていた。
大国の公爵家との縁組だ。
決して悪い話ではない。
マックにとっては大変ショックな出来事であったのだが、それでいて何か行動を起こそうというつもりはなかった。
公爵家の姫が他国の公爵家に嫁ぐというのならば、それは国と国との関係となる。
公爵家の三男に過ぎない自分がどうこう言えるものではないのだから。
それに見かけの釣り合いもまったく取れていないのだし。
だが、その夜の事だった。
「マック、マック」
誰かが自分を呼んでいた。
彼は寝ぼけ眼で起き上がると、そこにいた人物を見てぎょっとした。
「ロ、ロッテ⁉
それに、その格好は!」
そこには彼の愛する従姉妹であるシャルロットの美しい貌があった。
だがベッドの上でありながら、彼マクファーソンはまったくドキドキしなかった。
何故なら、彼女の出で立ちが『冒険者風』だったからだ。
それは、この御転婆姫にはとっては珍しい格好ではないといってもいいくらいよく似合っているのだが、少なくとも彼女に想いを寄せる少年のベッドに忍ぶにはまったく相応しくあるまい。
少年も艶めかしいような気持にはまったくならず、不安と焦燥しか抱かなかった。
「ロッテ、まさか君は」
「大当たり~。
家出しまーす」
あっけらかんと満面の笑顔を浮かべた従姉妹の少女に、彼は片手で顔を覆ってしまった。
「やれやれ、まったく君らしい行動だよ」
「あれ、止めないんだね」
「僕が何年君と付き合っていると思っているんだ?
止められるものなら止めているさ。
いやゴメン、嘘だ。
僕は君を止めたくない。
君が誰かのものになってしまうなんて僕は嫌だ。
僕は君の事が大好きなんだから」
「うん、知ってた」
二人は顔を見合わせると、さもおかしげに笑いあった。
長年一緒に王宮で暮らしていた仲なのだ。
少年の気持ちは通じていたようだった。
そして少女はふいに上半身を伸ばし、唐突に少年の唇を奪った。
しばし硬直する少年。
それから、ゆっくりと目を開けると少女は言った。
「相変わらずどんくさいわね、マック。
キスの時くらい目を瞑りなさいよ。
はい、復習」
そう言って彼女は少年に向かって更に近寄って抱き締めると、続きを始めた。
少年も今度は目を瞑った。
彼女を強く抱き締め返して。
長い、長い口づけの後で、二人はゆっくりと身を離した。
御互いにこのまま勢いで迸る激情に流されて、熱情に身を任せてしまいたいところだったが、二人とも立場がある身の上なのだ。
思慮深いマクファーソンだけではなく、はねっ返りシャルロットとても勢いだけで行動してはいけないと学ぶ歳にはなっていたのだから。




