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外伝「王妃シャルロット若き日の冒険」  1 幼き日々

「そして、その可愛い魔物はなあ。

 最後に、こう言ったのだよ。

『バイバイ、楽しかったよ』とな。

 そして子供時代以来、そのプリティドッグと会う事は、とうとうなかったのだ。

 もう一度、あの可愛い魔物と会ってみたい。

 そして愛おしく抱き締めてみたいねえ」


 そんな父の話を、従兄弟である他の公爵家の少年と一緒に寝転がって聞くシャルロット。

 それは彼女がまだ十歳の頃の事だった。


 温暖なサイラス王国で育ったため成長が早く、少し女らしくなってきたその肢体を非常にラフな格好に包み、隣の一つ年上の従兄弟が、それを少し眩しそうにチラチラと見ていた。


 パッと見にシャルロットは地球で言えば中学一年生くらいの少し大人びた感じで、従兄弟の少年は少し太めな小学五年生くらいの年相応の幼い顔立ちだろうか。


 どうしてもこの年代は女の子の方が成長も早いし、活発なシャルロットに比べて少年の方は体形からも感じられるように、少しもっさりとした感じであった。


 別に彼が優秀でないわけではないのだ。

 それは後に彼が、兄弟国サイラスの公爵家三男に過ぎない身の上でありながら、見事に本家とも言えるアルバトロス王国にて『南の公爵』と呼ばれる身分を勝ち得た事からもわかる。

 残念ながら、大好きだった従姉妹の美少女を勝ち取る事は出来なかったのだが。


 そして、その美しく青い双眸をキラキラとさせながら父のお話を聞いていたシャルロットが言った。


「じゃあ、私がその子を見つけてきてあげる」


「はっはっは。

 それは頼もしい事だな」


 そう言って若き日のエルシー、当時は未だ現役の公爵であったエミルハーデ公爵は、まだ若々しい顔を歪めて少し大人びてきた娘の頭を撫でた。


「お前はどうだ、マック」


 そう聞かれたマクファーソンは慌てた。

 こういう時は必死で回避しないと絶対に碌な事にならないのだ。

 シャルロットとペアで酷い事になると相場は決まっていた。


 可愛い彼女の事はとても大好きなのだが、『はねっかえりシャルロット』と共に【冒険】をする羽目になるのは御免蒙りたいのだ。


「ぼ、僕は叔父さんのお話を聞かせていただく方がいいなあ。

 だってプリティドッグなんて、探したってそう簡単には見つからないんでしょう?」


 するとシャルロットは少し怒ったような顔で立ち上がると言った。


「あんたはねえ。

 もう男のくせに覇気が無いんだから。

 それでも我が一族の男なの!」


 少女の、すらりと魅せる体躯。

 上は体の線が出そうなほどフィットした服装で、胸元や腋の下は大きく開いているので、従兄弟の少年をドキドキさせているようだ。


 下半身はレース付きの、これまたピチっとした薄手のズボンで少女らしい肢体を強調している。

 この暑い国では皆ゆったりとした服装をするのだが、彼女はアルバトロスなどで流行の、こうしたファッショナブルな服装を好んだ。


 それでいて「みっともなく汗をだらだらかいたりなどしない」という強力な意思入れで汗を抑え込み、涼しい顔をしている。

 まるで一流のファッションモデルかプロレスラーかと思うような力技だ。

 並みの少女がやれるような芸当ではない。


 一方で少年の方は、やや暑苦しい体形に相応しく非常に風通しのよい服装で、下半身は大きく開口部を持った半ズボン、上着も非常にゆったりとしたシャツだ。


 このサイラスの気温は高い。

 ロス大陸の南に位置する、地球で言えば東南アジア方面の国にあたるのだから。

 少々小太りである彼にとっては、自然とそういうファッションが主流となる。


「そんな事を言ったって、僕は君みたいにアウトドア派じゃあないんだからさ。

 君には君の、そして僕には僕の果たすべき役割というものが『おだまり!』


「あう」


「さあ、マック。

 剣の稽古よ。

 このあたしが、あなたの弛んだ性根を鍛え直してくれるわ」


 そう言って彼女は彼の手を引いて【刑場】へと引き立てていく。

 こんな風に大好きな従姉妹から手を繋いでもらえるのは嬉しいのだが、その行先が嫌すぎる。

 泣いても喚いても許してもらえない。

 通りすがりに出会う人達も、生暖かい視線で見守るばかりだ。


 そして、その後三時間に渡る厳しい実剣での稽古が続いたのだった。

 たくさんの悲鳴と怒号を伴って。 


「あうう。

 酷いよ、ロッテ。

 ぼ、僕はもう駄目だ~」


 ボロボロにされたマクファーソンが、四つん這いになって涙目で文句を垂れた。

 同じく服もボロボロだ。


「ええい、この軟弱者めー。

 それでも公爵家の跡取りかー」


「僕は三男だよ?」

「そ、そうだった」


「ねえ、ロッテ。

 君の行動力とかは尊敬に値するけれど、なんでもかんでも勢いに任せるという悪癖は直した方がいいと思うんだ」


 だが耳を塞ぎ、その心ある忠告は大気中に封印すると、彼女はまたも勢いだけで叫んだ。


「あー、うるさい、うるさい。

 もうシャワーへ行くわよっ」


「え? シャワー?」


 そして、そのままシャルロットと一緒にシャワー室に連れ込まれ、悲鳴を上げるマクファーソン。

 腕に当たる彼女の胸の感触も、もうはっきりしているほどなのに、遠慮なくシャワー室に連れ込まれてしまう。


 何気に男の子の方が繊細だったりする年頃なのだった。

 そして外にまで轟く、甲高い悲鳴。


「おや!

 シャワー室から悲鳴が!

 大変だ」


 慌てて駆け寄った警備の騎士団らしき男が言ったが、中からはこんな会話が漏れてくる。


『ほら、男のくせにいちいち隠さないの。

 洗えないでしょ!』


『自分で洗う、自分で洗うから~。

 御願い、許して』


『えーい、この。

 男のくせに往生際の悪い!』


『ひえ~』


「馬鹿、よく聞けよ。

 あれは男の子の悲鳴だ。

 シャルロット様の従兄弟のマクファーソン様だな、きっと。

 さっき剣の稽古でボロっかすにやられていたからなあ。

 その後で丸洗いにされているんだろう。

 ほら、抵抗しているからシャルロット様が罵倒している声が聞こえる」


「あっはっは。

 本当だ。

 まあ、あの三男坊も少しは鍛えられた方がいいからなあ。

 それにしても女の子とシャワーなんて羨ましいな」


「あー、そうかなあ。

 そうでもなさそうなんだけどなあ」


 およそ半日に渡り悲鳴を上げ続けたマクファーソンの午後なのであった。

 そして、ぶつぶつ言いながらサイラス王宮の屋外通路を歩いているマクファーソン。


 この東南アジア風の宮殿は、なんというか開放的というか、物事を気にしないような気風というか。

 初代国王船橋武の血筋には、こちらの方がぴったりといった感じなのだ。

 シャルロットのような性格も、その血筋と風土が育んだものなのだろう。


「マック、さっきからぶつぶつと煩いわよ」


 シャワーの後だからか、少しゆったりした服装に着替えたシャルロット。

 先ほどよりも若干露出度も上がっているようだ。


 シャワー室では彼女を見ないように目を瞑っていたマックなのであったが、ここではチラチラと横目で見ている。

 男心、いや少年心は複雑なのだった。


「君が乱暴者なんだよ」

「あんたが軟弱なのー」


 そんな台詞を吐きながらも、仲良く王宮通路を歩いていく二人。

 なんだかんだ言いながら、結局仲のいい二人なのであった。


 二人は別々の公爵家の人間だが、この王宮で暮らしている事が多い。

『御飯は一族で食べるべし』みたいな一族の風習があるので。


 もちろん本家である公爵邸も存在するのであるが、あちらもまあ似たような在り様であった。


 また夕食時にはシャルロットの父が語る恒例の『プリティドッグ談義』が始まり、一族の皆で楽しく拝聴するのだった。


「ああ、御父様のプリティドッグ談義はいつ聞いてもいいわあ」


「本当だね。

 いつか見てみたいよ、プリティドッグ」


「いつかじゃあなくって、今がその時よ~」


「もうロッテったら、また勢いだけで物を言って」

「あんたは男のくせに、勢いが無さすぎなのっ!」


 こうして二人の楽しい少年少女時代は、賑やかに時を刻みながら緩やかに過ぎていった。


「おっさんリメイク」コミックス5巻、4月24日発売です。


本篇終了後の外伝や後日談など載せたいと思っていたのですが、なかなか実現しなくて。


今回、いい機会でしたので。

一年半ぶりの更新となります。




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