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155-3 発進エクスプローラー号

 俺達は宇宙船の操縦席にいた。

 いかにもそれっぽくムードが出るように作った奴だ。


 何しろ、こいつ自体が巨大なゴーレムなのだ。

 命令さえすれば、後は自動で何もかもやってくれる。

 手動操縦なんて考えたって無駄だ。

 もしもの時は魔力で船自体を動かすくらいしかできない。


 このような星間航法さえ可能とするインターステラー(恒星間)クラスの宇宙船を、手動で細かく運用する技術など俺にあるはずがない。

 人間には、どだい無理な芸当なのだ。

 そのために、あの巨大魔核を集積させたシステムを必要としたのだから。


 もはやスーパー・マギコンピューターと化した複合魔核を、こいつは十基も積んでいるのだ。

 そのような物を作ってしまえる技術がある事と、人知を超えた演算能力を必要とするシステムを運用できる事はまた違う能力だ。


 実を言えば、俺はこいつの同型艦を十隻ほどアイテムボックスに突っ込んであるのだ。

 ありったけのベスマギルを使って。

 今乗っているこの艦に何かあっても、すぐ別の艦に乗り換えられる。


 その予備宇宙艦どもは収納の中にあっても、この現行運用艦と情報はリンクしてくれているので、その経験は次の艦へと全て引き継がれていく。

 そこがゴーレム宇宙艦のいいところだ。


「よろしく頼むよ、ボブ」

「かしこまりました、マスター」


 こいつにはコンピューターっぽくマスターと呼ばせている。

 宇宙船らしくキャプテンの呼び方もいいなと思ったのだが、こっちの方がこのシチュエーションには合っている気がする。


 そういや斎藤ちゃんなんかも、最初の頃は俺の事をマスターと呼んでいたっけな。

 今は魔王様と呼ばれる事が多いが。


『魔王、宇宙へ行く』


 うん、これもいいな。

 だがブランドーは興奮を隠しきれないような様子だ。


 昔、ガガーリンの映画を見たが、銀幕の中で彼も興奮していただろうか。

 いやしただろう。

 映画の中でソ連の国民は熱狂していた。

 ああいう国は現実の国家でもああいう感じなのだ。


 宿敵アメリカに先んじた世界初有人飛行の成功に、時のソ連の国家指導者も大興奮し、感極まった指導者は周囲の反対を強引に押し切って、彼に対して生きながらの二階級特進を与えたという。


「なあ公爵。

 何だかドキドキするな」


「ふふ、楽しんでもらえて嬉しいよ。

 俺は異世界人、ファルは精霊の守り神たるレインボーファルス。

 そしてブランドー、君はこの世界の人類を代表して、初めてこの世界を空から、天空の高みたる宇宙からその目で確かめるのだ」


 それから彼は押し黙り、そしてスクリーンを眺めた。

 そこには目の前の壮大なアルバ王宮が映し出されており、広場前のテラスでは国王陛下が王家総出で見送ってくれている。


 俺は立体映像で空に自分の姿を映し出し、まだ少し心配そうなシルに笑顔で手を振った。


「いってきます」


 今この世界に人間がどれだけの数いるものか、それははっきりとはわからないが、その代表としてブランドーは宇宙へ旅立つ。


 とりあえず、他の人はもう少し御預けかな。

 あのファンタジーな奴らなら連れていっても大丈夫なのかもしれんが。


 まあ、さすがに今日は連れていかないけどね。

 おチビさん達はまた今度な。

 油断していると、あいつらなら密航ぐらいやりかねんが、今日は保護者に厳重管理を御願いしてある。


 やがて厳かにエクスプローラー号はゆっくりと上昇を開始する。

 通常、これほどの物体が移動すれば凄まじい気流を巻き起こすが、風の精霊達が整えてくれているので大丈夫だ。


 このデカブツは、ただそこにあるだけでも気流を激しく乱す存在なので。

 山と違って妙な形をしているから、なおさらだ。


 試験艦第一号をここまで大きくしなくてもよかったのだが、俺的にはいつでも星々の彼方へ旅立たせられる性能にしておきたかったのだ。

 そこまでの船に作っておけば、このソルベータ太陽系内であるなら、絶対確実で安全に自由航行できるだろう。


 地上に与える影響を抑えるために船は速度を抑えて上昇していたが、やがて大きく速度を増し、みるみるうちに王宮が小さくなっていく。

 飛行機から観る光景の中で、大都市がまるで玩具のように変化していく、あの御馴染みの光景だ。

 俺は飛行機から眺める雲海の光景も好きなのだが、この光景がとても好きだ。


 その逆の、箱庭の中の豆粒みたいな家々が巨大でリアルな家になっていくのを見ると、いつも不思議な気持ちになった。

 まるで自分が小人になったかのような錯覚を覚える。


 船はまたどんどんと上昇し、世界はあっという間に雲海(しろうなばら)の下へと消えた。

 そして、その姿はみるみるうちに球体へと変わっていく。


 今、速度はどれほどか。

 魔法により加速度はまったく感じないのに、地球で打ち上げる亀速のような宇宙船とは異なる猛烈なスピードを出しているはずだ。


 その光景をスクリーン越しに、食い入るように見つめているブランドー。


 ファルは面白そうにその光景を見ていた。

 この亡地の風景は、この子にとっても興味深いものであろう。

 これが、彼女達ファルス・レインボーファルスが代々守って来た世界なのだ。


 その世界は、俺のような稀人を呼び込んでしまうほどの次元の裂け目を生んでしまう世界、また魔素の力によりあの魔界の鎧のような人の欲望が生み出す鬼子を産む事もある。


 それらと、時には命を落としてまでも戦ってきたファルスの系譜。

 この世界はある意味で、ガイアベータたる主神ロスの地上における代行者であるファルスの管轄なのだ。


 そして種神官フィア。

 あの子が、この光景を見たならば何を思うだろう。

 あの子の中で何かが変わったりするものだろうか。


 人は欲深く、その欲望のために、あの魔界の鎧のような物まで自ら生み出してしまった。

 またかつてのゲルス共和国の、人の心さえも捨ててしまった自ら怪物と化した指導者達。


 それらとは違う、人が行く新しい道を示してくれるメサイヤーのような者になるかもしれない、奇跡の可能性を秘めた少女。


 かつて闇鬼の王ベルーラは、フィアのような存在は「まだ早い」と言った。

 そうなのかもしれない。

 人は大きく変わるには、まだまだ未熟過ぎる。


 でも可能性はある。

 あの闇鬼の王ベルーラも見守ると言ってくれた。

 先日もあのように力を貸してくれたのだから。


 彼ら闇鬼もまた人の営みと進化を永長と見つめてきた者なのだろう。

 あの、世界の裏側とも言える闇の世界の奥底から。


 この宇宙へ上がり、生まれ故郷の星を眺めると「神に出会った」と言い出す人々がいるらしい。

 そこまでも神秘的な世界で、今も多くの人々が絶える事無くそこに憧れる。

 いつかは地球においても、誰もが今の海外旅行のような感覚で宇宙へ行けるようになるだろう。


 ガガーリンは「宇宙に神はいなかった」と言ったようだが、ブランドーにとってはどうだろう。

 そしてフィアならば何を想うだろう。



 俺は、俺自身は何も変わらない。

 俺は大地の子たる龍王なのだから。

 なんていうか、この神々しい景色をごく普通に受け止めてしまった。

 俺って罰当たりな奴だなあ。


 まあ神がどうなんていうのは、両世界であれやこれやと関わり合ってきた俺にとっては今更なのだ。

 でもこの景色は決して忘れないし、やはり凄く興奮する。

 

 ああ、ガガーリン。

 異世界の惑星アスベータだって、こんなにも青く美しいじゃないか。




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