第155章 最終章 彼方の夢 155-1 憧れの形
「ふう、ついに俺の子供の頃からの夢が叶う時が来たな」
俺はやっと細部まで完成した【宇宙船】を見ながら、不思議な感慨に耽った。
ここは、この宇宙船を建造するために作られた専用のアトリエ空間だ。
こいつは、ただのチャチな宇宙船ではない。
地球のまだまだチンケな代物とは違い、様々な魔法と、高度な演算力を秘めたSSランク魔核の集合体であるスーパー魔核を使用した大傑作なのだ。
さして燃料の心配などをせずに、自由に大宇宙を好きなだけ飛び回れる性能を持っている。
あの大型魔物クラーケンの、卵とは別に持っていた大型魔核のコピー魔核を使用し、地球のコンピューターを上回る演算と制御を実現した一種のゴーレム宇宙船なのだ。
残念な事に、今のところ光速を越えられる目途はまったく立っていないのだが、アル・グランド所縁の重力場飛行と魔法航法を併用して光速までは出せるので、今でもゴーレム隊を乗せていけば他の星系までも飛行する事が可能だ。
当座の目標は『ベータ・ケンタウリ』か。
この世界におけるアルファ・ケンタウリに相当する最直近の星系を俺はそう呼んでいる。
そして、そこで『転移魔法』を試す事もできる。
『恒星間転移』
一体それがどれほどの魔力を必要とするものかわからないし、この宇宙の他の天体に魔素が存在するのかもわからない。
さすがに大冒険になるので、いきなり有人恒星間飛行は試せないが、俺達にはその胸の内に冒険心と好奇心を秘めまくったゴーレムという者がいるのだ。
彼らはロボットでも魔道具でもない。
人と同じように魂を持った存在だ。
奴らの中からアストロノーツを募集したら、もう手が上がりまくって仕方がないだろう。
すでに試験飛行は済ませてあり、近所の宇宙空間には事故に遭った時の救援用にレスキュー衛星も配置してある。
神アエラグリスタと契約した時にMPレベルが信じられない量に増大したので、超大量のベスマギルやオリハルコンを製造し、またそれらに大量の魔力を蓄積しておいた。
あれからまた、もう一つMPレベルを上げておいたので魔力は更に余裕がある。
それらは空中庭園の製造にも割いたので、並行して開発されていたのだ。
こいつは宇宙船や深海調査船などの、特殊な環境で使用される乗り物にはありがちなデザインである『球形』をしている。
天体の恒星惑星などを見ればわかるように、これが宇宙では自然に形成されるもっとも安定した形であり、圧力などにもよく耐える一番強い形状なのだ。
昔の深海探査艇バチスカーフなんかも球形だった。
俺は当然のようにそのスタイルを採用した。
元々俺は非常に慎重な性格であり、また未知の宇宙の宙域には何があるのか何が起こるのかよくわからない。
それならば最強の布陣で攻めるべし。
武骨なスタイルの代物だと笑わば笑え。
だが、これが井上隆弘の鋼鉄の信念を表した最強のスタイルなのだ。
これだけは絶対に譲らないぞ。
ふっと後ろを見ると、斎藤ちゃんと沖田ちゃんが立っていた。
「ねえ、魔王様。
それ、もう動かすんですか」
「まあ動かすと言うか、無人の試験飛行はもう済んでいるんだがな。
完成品のコピーも無事に取ったし。
後は俺が乗って飛ぶかどうかの話だ」
「御伴したいなあ」
「したいなあ」
「まあいいさ。
じゃあ一緒に行くか。
だが、それは今日じゃない。
実はもう、本日の初飛行のために客を招待してあるんだ」
「え?
もしかして人間の御客様なんですか?」
斎藤ちゃんが不思議そうな顔で訊いた。
俺は慎重に事を進めているので、有人初飛行は俺の子らであるゴーレムも含めた、家族の誰も連れていかずに一人で行くはずだったからだ。
後はファルを連れていくつもりだ。
俺やファルなら航行中に何か重大なトラブルがあっても、この星系内であれば自力で何事もなく帰ってこれるからだ。
ゴーレムの彼女達は言わずもがなので、後で連れて行くのは一向に構わない。
「ああ、どうしても敬意を持って最初の有人初飛行に招待したい奴が、この世界に一人だけいる。
王族でもない、冒険者でさえもない、只の平民の男さ」
「へえ、それはまた」
「いつの日か、星の海を越えて超光速飛行さえも手に入れたいよ。
へたをすればゴーレムが行きついた他星系の星々で、その光の速度を越えた航法技術が入手可能かもしれない」
「素敵!
私がそんな大役を果たしてみたいです」
「ははは、もしもの話だよ。
そう簡単にはいかないさ。
だが地球の相対性理論だって、超光速飛行というかワープ航法を否定してはいない。
地球の科学者にだって、いつかはワープ航法が可能なのではと思い、先走って超光速宇宙船のデザインをしてしまうような、せっかちな人もいるくらいさ。
いつかどこかで手に入る技術だと信じている。
この広い宇宙のどこかでな。
あるいは、それをもたらしてくれるのは、空間さえも捻じ曲げてしまえるアル・グランドの重力魔法であるやもしれぬ。
通常の空間魔法でさえ、それを可能としてくれるのかもしれないし」
「へえ。
あの地球でも、いつか銀河の星々への挑戦が始まるんですかね」
「かもな。
人間同士で馬鹿な争いをして滅びてしまったりしなければの話だが。
とりあえず月や火星、そしてアステロイドベルトなんかを目指すのだろう。
まあ、まずは資源開発と宇宙開発の前線基地の建設からかな。
月の資源を用いるか、宇宙エレベーターで機材・資材を運び上げるか。
まあその両方の併用あたりが現実的な投資の対象かな」
日本などは、世界で唯一の宇宙エレベーター協会を作ってしまい、そこでエレベーターを昇っていくロボットなどの開発も企業の手により進められている。
ゼネコンなどの試算によれば、一番典型的なケーブルタイプなら一兆八千億円ほどで済むらしい。
そのくらいなら日本企業の社内留保金で楽々賄えてしまう。
経団連企業三千社が各自六億円ほど出資すれば、余裕で実現する。
ケーブルの素材の候補も日本の独壇場で開発が進んでおり、十分な強度を持つ素材さえ完成すれば形だけならもう実現できてしまうくらいじゃないだろうか。
実現出来るかどうかは金銭的な見返りがちゃんとあるかどうかなのだ。
技術的には、他にデブリの問題がある。
中国やインドは宇宙の軍事的な覇権を夢見て、衛星破壊実験などに邁進し無法にデブリを量産しまくっている。
フランスなんかは逆にデブリを発生させないように、衛星を掴んでしまうようなシステムを開発している。
そのデブリ対策をどうするかなのだが。
また使用する内に自然消耗や、衝突する隕石やデブリによる損耗で傷んでくるだろうケーブルのメンテナンスの問題なんかもある。
その他の想定されるトラブルとして、建設地における不動産の問題、運用に伴う国際法上の問題、諸外国との調整などだな。
場合によっては、その利権の奪い合いが戦争の火種にさえなりかねない代物なのだ。
その他にも、何かがあった時の危機対応の対策がしっかり取られていないといけない。
そいつが事故って倒れたなんて言ったら、原発事故よりも豪い事になるはずだ。
猛烈な運動エネルギーがかかっているため、ワイヤータイプでも引き千切れた時には大惨事だと言われる。
宇宙までは距離があるためワイヤー自体の総重量がでかいしな。
正直に言えば、俺の魔法技術を提供すれば地球の宇宙エレベーターなどいつでも実現できる。
素材はベスマギルなど必要ない。
オリハルコンや超高ランク魔物素材などを使えば大楽勝だ。
利権を大きく貰えるというのなら材料は無償で提供し、うちのゴーレムに建設させても構わない。
何よりも、俺が地球の宇宙開発に参加出来て楽しいからな。
まあ、ああいうものは利権やその他の事情が複雑に絡み合っているので非常に難しいのだが、ハンボルト家と組めばやれない事はないのだから。
俺はそのような、あらぬ妄想に浸り、唇の端を軽く釣り上げていた。
これが最終章になります。
11月6日までで本作は終了です。
足掛け四年に渡る毎日更新に御付き合いしてくださり、大変ありがとうございました。
よろしければ、もう少々御付き合いくださいませ。




