154-34 いつかやってくる日のために
エリーンが、別室にいる子供達の分を楽しそうにケーキの切り分けならぬ切り出しをしている間に、親方はそのケーキの断面を難し顔でしげしげと眺めていたのだが、突然にこのような事を言い出した。
「アルよ。
この切れ味は一体何だ。
柔らかいケーキをこのようにスッパリと切り分けるとは。
オリハルコンを研ぎ澄ましたとて、こうはいかんぞ」
「そりゃあ結婚式に置いて、花嫁自らが一世一代の気合を入れて斬ったものなんだからな。
あれも凄腕の冒険者なのだから」
「とぼけるな。
あの半ば透き通ったような青みがかかった魔法金属、あれは何だ。
わしは今までにあの金属を見ていないぞ」
「へえ、そうだったかな」
俺が空惚けたような顔で親方を煙にまいていると、鬼のような顔をしたミハエルが、つかつかと歩いてきて俺の胸倉を掴んだ。
おいおい、華やかな披露宴の席で無粋な事だな。
「貴様、あれは人前に出すなとあれほど言っただろうが!
しかも、よりにもよってドワーフの前で」
「ふふ、だって俺の可愛い新娘が借りにきたんだから貸さない訳にはなあ」
「ふざけるなあ~」
「ほお、ミハエルよ。
詳しい話を聞きたいものだな、あの『ベスマギル』について」
親方には、しっかりと鑑定されていたものらしい。
だが譲らないミハエル。
「親方、いやハンニバル国王陛下。
いくらあなたにだって、あれは渡せないぞ。
そんな事くらい、あんたにだってわかるだろうが」
「いや、わからんな」
まあ親方も、鍛冶の事に関してだけは譲れないのだろうなあ。
さらに怒りに眉を寄せ上げて、平然と腕組みしている親方と睨み合う格好のミハエル。
傍にいるアニキはニヤニヤしながら成り行きを見ている。
だが、そこへ密やかに忍び寄る二つの影。
「まあまあ、ミハエル殿下。
御目出度い席なのですから、そんな怖い顔は止めにして。
ここは一つ、どうでしょう。
公にはしないという事で、エルドア王国にはこっそりとベスマギルを供給していただくという事では如何なものです?
まあうちの国はこう見えて口が堅いと言うか、信義は貫くというか。
そもそも、この僕らがエルドア王国の王子である以上、その秘密はとっくにエルドアの物も同然なのでして。
今までは大恩ある園長先生への義理立てのために、親にさえ秘密にしてきましたけどね。
ねえ、園長先生」
そう言って、さりげなく背中に張り付いていて、エディと二人でミハエルの腰をポンポンするトーヤ。
「うおっ。
出たな、御狐王子ども。
く、それを言われてしまえばそうなのだが。
しかしだな」
「それでは、これの件でどうでしょう。
ほら、例のアルバトロスが欲しがっていたあの製品。
条件が折り合っていなくて保留になっていたアレの事ですよ。
大きな商談ですしね。
まあメインの議題は金銭的なものですから、我が国の方からも譲歩は可能ですよ。
こんなもんでどうでしょう」
手早く電卓に数字を叩き込み、ミハエルに提示する敏腕御狐王子。
さては勿体をつけて、いつもの如くに思いっきりふっかけていたね。
結構その手の商談は、エグイ性格のエディが担当していたらしいし。
ええい、大阪商人か。
「う、そう来たか。
く、むむむ、うーむ。
そ、そこはもう少しなんとかならんか。
お前ら、さすがに吹っ掛け過ぎなんだよ」
だがケモミミ小学校児童会長が畳みかけた。
「そんな物、遥かな太古からドワーフにとっては平常運転じゃあないですか。
ミハエル殿下だって昔は散々苦労したのですし。
それも別にミハエル殿下が頑張った訳ではなくて、全部園長先生の功績なのですから。
これでもドワーフ的にはかなりの譲歩なんですがねえ。
そうだなあ。
では、この条件に加えてアルバトロスで超高度な魔道具に加工できるベスマギル製品のコアパーツを供給するというのでどうでしょう。
これはサービスとしておきましょう。
これはブラックボックスになっていて、分解すると中身がエネルギー分解してすべてが魔素の海に返ってしまうという、完璧な機密保持機能付きの代物で。
園長先生が開発した、爆発的なエネルギーの開放を伴わない、安全で完全な消去機能ですよ。
こいつは僕が提案して園長先生に開発していただいたものでして。
その他、各種ベスマギル製のゴドワルフ製品を御提供という事でいかがでしょう。
こいつの価格は応相談ですね。
ベスマギルを加工出来るのは、園長先生か我らドワーフの王国くらいですから。
それにこういう芸術性の高いベスマギル製品を作れるのは、うちくらいなものでして。
これに関しては、あのエルフ新町の連中にもやれない仕事ですから、アルバトロス王国にとっても悪くない取引になると思いますよ」
「うう、うむむむ」
トーヤの攻めに、たじたじのミハエル。
今のエルドア王国には技術部門とマネジメントの両方をこなせる敏腕王子が二人もいるのだ。
その二人がかりで、本気で攻められたらミハエルでは太刀打ち出来まい。
しかもマネジメントに関してはエディの方が遥かに腹黒い。
「いつでも交代しますよ。商売の話を決めるなら、僕が出ない今の内にトーヤとしておいた方がいいんじゃないですか」的なオーラを立ち上らせているエディが、チラチラとミハエルの顔を覗き込んでいる。
ミハエルが自分を苦手としている事を意識した上での狼藉であり、トーヤとの見事なタッグ攻撃だ。
「わ、わかった。
これに関しての詳しい話は君達とする事にしよう。
その代わり、商談に君らの父上は絶対に混ぜないように……」
だが、そのような事が許されるはずもない。
素晴しい息子達の手によって、あのミシン以来と言ってもいいような喉から手が出るほど欲しい商談があっさりと纏まって、思いっきり破顔している親方。
あの二人、特にエディときた日には、自分や実の息子である王太子には絶対に出来ないような腹黒い交渉が行えるのだ。
「さあ、ミハエル。
商談がまとまった御祝いに飲むぞ。
今日は元々御目出度い日なのだしな」
「え、親方。
ちょっと待ってください。
だから、ちょっと待ってって」
だが上機嫌の親方とアニキには、そのような言い訳は通用しない。
両側から二人に首根っこを押さえられて、ミシンの時以来久しぶりに、ぐいぐいと連行されていくミハエル。
いや、多分節分の時も飲まされていたかな。
エクードの野郎と一緒に。
それを見送りながら、可愛く俺を見上げるトーヤ。
「ねえ、園長先生。
言われた通りにやったけど、本当にあのベスマギルを出しちゃってもよかったの」
そう、全部俺の仕込みだった。
今日は、わざとベスマギル刀をぶらさげていたのだ。
どうせエリーンが目聡く借りにくるだろうし、来なかったらさりげなく俺から提案する予定だった。
このベスマギルを外へ出す件に関しては、どうせミハエルからイチャモンがつくのはわかっているので先手を打っておこうかと思って。
「ああ、あれは必要な事なのさ。
いつかベスマギルは出さねばならなかったものなのだ。
この世界の人類がいつの日か、遥かな銀河宇宙へ旅立つためにはな」
それを聞いて、そのトパーズのような瞳を輝かせる二人の王子。
「ねえ、それはいつ、いつ?」
「さあなあ。
とりあえず、近隣の衛星や惑星からチャレンジだな」
「いつか僕達も宇宙に行けるかな」
「ああ、連れていこう。
そうやって宇宙への興味と関心を受け継いでいくのは、お前達のような好奇心溢れる子供達の仕事なのだからな」
「やったあ~」
「えへへ、惑星なんかでの資源採掘とかテラフォーミングとか?
小惑星探査なんかも夢があるなあ。
あとさ、天体望遠鏡の普及と小惑星発見者へのネーミング権設定なんてのも悪くないよね」
「ははは、そういうのもいいな」
小躍りして喜ぶこの子達は、今現在この世界で俺と夢を共有してくれる数少ない同志なのだ。
この世界に生きる、すべてのアスベータ人類(亜人類含む)に栄光あれ。




