154-33 ケーキ入『刀』
その後の式の進行は、つつがなく終了した。
あれから不思議とフィアも落ち着いていて、祝詞を忘れる事もなく、けつまずく事もなく無事に式を終えたのだ。
もちろん傍にはベルグリット御兄ちゃんが付き添ってくれていたのだが、主役の花嫁として傍にいてくれるエリーン御姉ちゃんに、参列者として参加してくれるジェシカ御姉ちゃんもいるのだ。
そして何よりも見守ってくれる二人の母親がいる。
これは、あの子にとって大きな事なのだ。
今までもそのようにする事を考えないでもなかったのだが、以前に異世界の黄泉比良坂相当である場所でフィアの両親と会ったので、そうしてしまうのは少し躊躇われた。
フィアにとって、本当の両親との絆を失ってしまうような形になるのではないかと危惧したのだ。
だがそれは杞憂に過ぎなかった。
やはり、まだ幼い少女であるフィアにとって、彼女を家族と呼んでくれる人間がいてくれるのは精神的に大きな事なのだろう。
無事に式を終えられたので、続いてパーティ会場の方で披露宴に移ったのだが、その中心に『祀られた何か』の前で大声を上げて叫んでいる奴がいる。
「待っていました!」
もちろん、それは花嫁たるエリーンその人だった。
そこにあった物は当然の如くエリ謹製の、花嫁本人が数年越しで予約していた巨大なウエディングケーキだ。
そしてエリーンはケーキ入刀用の『刀』をぶんぶんと振り回していた。
なんとも物騒な花嫁だな。
その振り回している大ダンビラは奴の剣ではなく、俺の愛刀『ベスマギル刀』だ。
「ケーキ入刀用のナイフたるもの、最高の切れ味を持っていなければなりません。
あなたの腰に差したそれを貸してください」
そう言って、俺の御腰の物を拝借していったのだ。
俺も本日は気合を入れてベスマギル刀を差していたのだがな。
そこまでウエディングケーキを切る刃物に拘る花嫁というものは古今東西、二つの世界を捜してもこいつくらいのものなのではないだろうか。
花婿がまるで空気だ。
それはまあ今更なので俺も突っ込んだりはしないのだが。
確かに食い物というものは、切り分け一つで味が変わってしまう素材も多いのだが、ウエディングケーキってどうなのだろうか。
まあ晴れの舞台なのだし、綺麗に切れた方が見た目はいいし美味しそうなのだが。
そういやエリーンの奴、味だけでなく雰囲気みたいな物も重視すると自分で言っていたような。
「おい、お前ら」
日頃忙しい中、時間を空けて式に出席してくれていたギルマス・アーモンが、エリーンが振り回しているベスマギルの蒼透明色の刀身を見て苦笑いしている。
ああいうものは王国預かりのような物なので、今はそう煩い事を言わなくなったギルマスだが、さすがに呆れたものらしい。
主に自分の管轄の冒険者(部下のような者)であるエリーンに。
その一方で、レッグさんはグラスを片手に笑っているだけだ。
いつかは世に出てしまうものだと思っていたのだろう。
結構現実主義な人だからな。
それにこのベスマギルは俺にしか作れない物なのだ。
いくら凄い物でも、俺に喧嘩を吹っかけてまで奪いに来る奴はいないと思っているのだ。
そんな奴が俺のところにやって来たら、いい見物になってしまうだけなので。
そしてまた本日のケーキと来た日には。
「ふう、こいつは作り出があったわ。
きっと世界一の巨大ウエディングケーキね。
自分で作っておいて言うのもなんだけど、なんて高さなのかしら。
もちろん、味も一切妥協なしよ。
中身も生焼けになっていたりしないわ。
これを焼くためだけに、親方に頼んで大型の魔法ケーキ炉を作っておいてもらったんだもの。
いつか来るだろう、この日に備えて」
そう言いながらコック帽を頭から外し、今更のように汗をぬぐう笑顔のエリ。
でも魔法ケーキ炉って一体なんだ。
それはもう御菓子を焼くオーブンですらないような気がするのだが。
さては親方が「そいつは面白い物だな」とか言って趣味で作ってやった物なのだな。
魔法鍛冶炉のように超高温にはならないが、内部によく熱を伝えるタイプの物なんだろう。
まるで遠赤外線調理器具か炭火コンロみたいだな。
きっと魔法鍛冶師にしか作れないような代物なんだ。
ああ、そういや親方達って魔法鍛冶炉で料理したりするよな。
うちの義妹は十歳時分からもろに親方達に関わってきたので、そういう影響を真面に受けているらしい。
子供にとり環境と言うものがいかに大事かよくわかるような、大変に特異な実例だ。
まあエリだって、仮にも世界中の業界人や王侯貴族に至るまでのあらゆる大物からも大師と呼ばれるような高名な人物なのだから、それくらい弾けていたっていいようなものだが。
それは見上げるほど巨大なケーキだった。
地球と合わせてみても、史上最大級のウエディングケーキなのは間違いない。
だって、エルミアの孤児院やケモミミ園の子供達にも食べさせてやらねばならないのだから。
それが孤児だったエリーンの強い希望なのであった。
そいつを、まるで親の仇か、あるいはこれから討伐する魔物であるかのように睨み、日本刀を手にして裂帛の気合を放つ花嫁。
これがまだ白装束の袴か何かで、肩にたすき掛けでもしていれば格好がつくのだが、純白のウエディングドレスのままだからな。
披露宴だというのに、御色直しもせずに。
だがこの方が自分の結婚式にて巨大ウエディングケーキに臨む花嫁としては気合も入るものらしい。
それにしても、花嫁抜刀から始まる披露宴というのも珍しい。
異世界の『ケーキ抜刀斎』だ。
そして、いかにもそれが当たり前のような顔をして平然としている出席者達。
おかしい。
それとも、この風景に違和感を覚えている俺の感覚が何かおかしいのだろうか。
日本人である織原達も特に気にしていないようだし。
みんな、この世界に毒されまくってしまっているようだ。




