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154-32 お別れ

 だが、そこには頭をポリポリと掻いているメルグと、闇鬼の王リバースことベルーラがいた。


「やれやれ、その娘はあまりにも厄介な者なので、あれ以来こちらサイドとしては関わらずに観察するだけに留めておいたものを、またしても自ら飛び込んでくるとは。

 まったくもって、本当にどうしようもない奴だのう」


 そんな事はお前らなんかに言われなくても充分わかっているわい。

 今日だって、そのせいで俺達は今ここにいるんだからな。


「そ、それよりもメルグ、お前!

 あいつはどうした。

 何故、魔界の鎧を一緒に連れていない。

 奴はどこにいったのだ」


 俺は大慌てで周りを見渡した。

 魔界の鎧を放し飼いにするなんていう話は聞いていないぞ~。


「安心せい、魔王。

 あれならもう成仏させた。

 今回のみの特別な計らいだがな。

 せっかく、あの闇の底から出られたというのに、あのような陰陰滅滅な物と何億年も付き合わされて堪るものかよ。


 残る大きな懸案事項としては当座、そいつ種神官が残っているだけだ。

 それは魔王、お前の管轄よ。

 我らは観察するに留める。

 が」


 うおっ、あの魔界の鎧が成仏したのだとお。

 そんな事が可能だったとは。

 さすがは神相当の存在といったところか。

 だが、それはきっと、とても特別な事なのだろう。


 なんていうかな。

 おそらく神からの御慈悲というか、なんというか。

 きっと、そういう物に相当する出来事なのだ。


 ブランよ、お前の悲惨極まる人生は、神相当の存在からも憐れまれたか。

 俺も少しは心が軽くなったな。


 そして泣きながら母親の魂にすがりつくフィア。

 母親は彼女を優しく優しく撫でながら、闇鬼達の方を見つめた。


 それを受けて、闇で出来た顔を少し困ったかに歪めたようにも見えるメルグ。

 そして彼は語り出した。


「まだ互いに想う気持ちが強いので、母親はしばし残ったようだが、時間を置けば父親ともはぐれてしまうだろう。

 もう行かせねばならんのだが、どうするかね。

 そのように不安定な心の状態が、そやつのスキルの不安定さを生み、このような事態を引き起こすようなのだが」


 ああ、こいつの力の不安定さが、こういう結果を生み出す源泉なのか。

 この子の薄幸な生い立ちがこのようにさせているのだ。

 道理で本人ではどうにも出来ないはずだ。


 俺とした事がなんとも迂闊な話だった。

 まったく気が付かなかったぜ。


 俺は両膝をついてフィアの両肩に手を添えて、小さな子を(あや)すように話しかけた。


「フィア。

 お前、俺のところへ養女に来ないか。

 今でもお前の親権は大司祭である俺が預かっているんだ。

 実質的には親みたいなもんさ。

 御母さんはもう行かなくてはならない。

 行かせてあげないと、御父さんと離れ離れになってしまうから。

 なあ。

 新しく御母さんになってくれる人が、うちには二人もいるぞ」


 それを受けて二人の奥さんはフィアの傍にやってきて、頭を撫でたり抱き締めたりしてやっていた。


「フィアちゃん、うちにいらっしゃい」

「そうよ、娘はたくさんいた方が楽しいわ」


「じゃあ、私が御姉さんになってあげます。

 私にとって花嫁の父代わりをしてくれる人の娘になるのですから」


 花嫁衣裳を着たままのエリーンはしゃがんで、笑顔でフィアと目を合わせるようにしてそう言った。


「じゃあ、私の事も御姉さんでいいわよ。

 今までもそんなようなものだったけれど。

 私の前の大神官レーナも、身寄りのない私にそうしてくれていたわ」


 そう言って先輩大神官ジェシカもしゃがんで、そっと指でフィアの涙を拭う。


 フィアは傍に立つ母親を見上げたが、彼女は笑って頷いている。

 もう彼女の体が半分粒子化しかけていて、何かこう神々しい雰囲気を放っている。

 そしてフィアに向かって何度も頷いていた。


「御母さん、待っていてくれてありがとう。

 最後に御話出来て嬉しかったよ。

 わかった。

 私、もう御母さんに心配をかけないように頑張るよ。

 今日から大司祭様の子供になります。

 新しい家族と一緒に頑張って、そしていつか、きっといつか私だけの家族を」


 そう言って花嫁姿のエリーンとその傍に立ち優しく微笑むリヒター、ジェシカとグスタフの大神官の奥さんを持つ夫婦、そして次に大好きなベルグリットを見つめた。


「そうなさい、私の可愛いフィア。

 御母さんは、いつでもあなたの事を見守っていますよ。

 さようなら、私の可愛い娘。

 さようなら、フィア」


 そう言って俺達に対しても深く頭を下げ、彼女はフィアに向かって笑顔で手を振りながら、棚引くように消えていった。

 その様子を涙に溺れながら手を振り返し見送るフィア。

 だが、その手は肩は、多くの家族に支えられていた。

 そして、これからの彼女の大神官生活を支えてくれる大精霊の賢者も暖かく見守ってくれていた。

 さすがは大賢者だけあって、こんなところくんだりまでついてきてくれたものらしい。


 その様子を見た俺は確信した。

 この子はもう、今までのように能力を無闇に暴走させる事はないだろうと。


 そう、思春期に暴走させてしまいがちなサイキックと似たような現象だったのだ。

 コントロール出来ないサイキックと異なるのは、これがユニークスキルによるものなのでサイキックのように精神が安定した時期に自ら封印してしまったりはしないものだという事だ。


 織原が見たような修行のためだけの空間ではないのだ。

 だからこの力には、大神官としてフィアが自分自身で立ち向かっていかないといけないものなのだ。

 だが一人で立ち向かう必要はない。

 もう、この子は一人ではないのだ。


「さあ、俺の新しい娘よ。

 皆を元の世界へ連れて帰っておくれ」


「えーと、できません」

「なんだって?」


「えー、まだ自分でちゃんとコントロールできないんで、そのう。

 織原の御兄ちゃん、御願いしまーす」


 これには俺も苦笑せざるを得ない。

 精神は安定するだろうから、今度から無闇な暴走はしなくなるだろうが、まだまだ未熟者なので発動されてしまったこの空間を直ちに戻す事が出来ないらしい。


「じゃあ皆さん、戻りますよ。

 ジ・アンロック」


 織原のスキルにより、一瞬にして元の結婚式会場に戻る一行。


「園長先生、フィアの心は一旦落ち着いたみたいですけど、あの説明からすると多分年齢からくる不安定さはまだ残りそうです。

 元の家族を恋しがったりしたような時も危なそう。

 なんかあったら遠慮なく俺を呼んでください。

 その時に、俺の方が何か緊急事態でない事を祈るばかりですね」


「ああ、そうさせてもらおう。

 その方が良さ気な按排だ」


 こうして孤児であった大神官フィアは、たくさんの新しい家族を作った。

 その先どうなっていくのかはよくわからないのだが、俺も娘が一人、あるいはエリーンを入れれば娘が二人増えた幸福な一日となった。


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