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154-31 夕下がりのデイドリーム

「バブウ!」


 ハイド王国のメリド王太子が一張羅と言ってもいい魔道鎧を着用で、空中でくるくると独楽(コマ)のように回り、気合を表に出して張り切っていた。


 その姿を若干心配そうに侍女のアレーデが見守っている。


「いいですか、メリド様。

 今日は御父様の正式な代理としての出席なのですから、オイタは絶対に駄目ですよ」


「ブブウっ」


「もう。

 いつも返事だけはいいのですがねえ」


 赤ん坊にそんな事を言っても無理だろうと思ったのだが、このメリドという子は非常にというか非常識なほど異様に賢い。

 さすがは齢0歳にして祝福の子ファンタジー3のメンバーになっているだけの事はある。

 そうでなかったら、このような役割は俺も認めないのだが。


 まあ元祖『赤ん暴君』の御兄ちゃんも、本日は彼と御一緒していて面倒を見てくれるのだが。


「エリーンちゃん、綺麗~」

「ありがとう、瑠衣ちゃん」


「えへへー、瑠衣と一緒に結婚式だ~」


「将来は瑠衣と結婚できるといいわね、レオン」

「うんっ」


 金糸の刺繍と縫い込まれた白銀に輝くロスの紋章で飾られた司祭服を着こんだ俺に先導され、子供達と一緒に楽し気に歩く花嫁。


 この結婚式をもって、エリーンはグランバースト公爵家から帝国宰相の元へと嫁ぐのだ。

 うちの最初期メンバーの新たな人生への旅立ちに、当主としてなんとも感慨深いな。


 花嫁の控室から、見かけの若さから少々貫禄の足りない大司祭様に手を引かれ、花嫁が入場していく。


 そのドレスの裾を瑠衣とレオンが持ち、そして変則体制で一国の王太子メリドが宙に浮いたままセンターを務めるという珍しい入場スタイルを披露した。


 今日は瑠衣もハロウィンに着るような、装飾のついた白いふわふわドレスを着ており、レオンは可愛らしい燕尾服に蝶ネクタイだ。


 メリドはいつもの王太子専用ベビー服だ。

 公式の場といえども赤ん坊だけはこういう格好が許される。

 というか、本来ならその格好のままで母親か乳母の手に大人しく抱かれていないといけない年齢なのなのだが、それはもうこの子に言っても仕方がない事だ。


「さあ、いよいよだぜ、エリーン」


 彼女は黙って微笑んでいた。

 何が彼女の心の琴線に触れて突如このような事になったのかは知らないが、まあいい事さ。


 いつの日か、レミやこれから生まれてくる子の手をこうやって引く事になるのだろうか。

 今の時点では、まったく想像もつかない。


 その前に「まだうちの子は嫁にはやらんぞ~」の儀式をやって、シルとエレーミアに両側から後頭部をはたかれる行事が待っているのだろうがなあ。


 とりあえず、今日はうちの「エリーンちゃん」の番なのだ。

 無事に終われる事を祈っておこう。


 そして立派に設えられたロスの祭壇の前には、笑顔で花嫁を迎えるリヒターと、フィアの付き添いであるベル君の笑顔、そして大神官フィアの引き攣った笑顔が。


 え?


「織原~!」

「ええっ」


 まだ何も見えていないにも関わらず、いきなりかかったコールに慌てる織原。

 だが、俺には見えてしまった。

 いつもの奴が。


 サイキックなトワイライトゾーンのぎりぎりデイドリーム。

 何かが起きる直前に脳内で視える、ぼんやりとした白昼夢。


 それは現実と区別がつかないような鮮明な映像として視えるわけではないが、その内容はこの上なくはっきりとわかる物だ。

 今からいつもの奴が始まるのだ。


 これ、実は車を運転している時なんかにも起こるので、ハリウッド映画でよく表現されるような現実と視界が切り替わるほどの映像体験だったりすると事故ってしまうわ。

 まあ俺の場合は、ああも鮮明なビジョンではないので助かるのだが。

 あれは頭の裏側で起きているような感じといった方がしっくりくるような感覚だ。


「あいつめ、いきなり一人で本番をやらせたら途端にこれか!」 


 その俺の声に応えるかのように、世界は淡く弾けた。


 それはいつもの『ほんわか空間』でもなく、人類を種として進化を促すような存在である主神ロスの契約者たるアスベータの龍皇の手を煩わせるような代物ですらなく、ただの『救いを求める子供』の悲鳴に過ぎなかった。


 フィアのあほんたれが、結婚式の参列者丸ごと連れていってくれた場所は!


「ここは、例の異世界における黄泉比良坂の概念に当たる場所じゃねえか!

 花嫁一行をなんちゅうところへ連れてくるんだ、お前は」


「えー、だってだって。

 来ちゃったんですもの~」


「来ちゃったで済むか、来ちゃったで。

 ええい、この始末をどうつけるつもりだ」


 だが、そのような間抜けなやりとりを交わす師弟に向かって、くすくすと笑うように声をかけてくれる御方がいた。


「仕方がないわねえ、フィアは。

 もう心配で私も命の海を渡り切れないじゃないの」


 命の海を渡り切る。

 それは過去の人格と記憶を捨て、魂が生まれ変わる事。

 HDDの磁気記録と同じで、一旦すべてが消去されるのだ。

 その真っ白に初期化されたハードディスクへ人生を上書きするように新しい人生が始まる。


 その元の記憶は完全に消えてしまうわけではなく魂の裏側では残っているのだが、通常は二度とその過去の記憶が蘇る事はないだろう。

 だが、それをやらないと新しき人生へは向かえないのだ。


 もしかして、娘があまりにも粗忽者だったので心配で成仏出来なかったのか?

 通常、命の海へと向かう筈の死者は感情などをディレートされて、このように生者に対して話しかけてはこないものなのだがなあ。


「御母さん!」


「はいはい。

 ここにいますよ。

 御母さんは死んで消えてしまっても、魂まで無くなってしまうわけではないのよ。

 いつだって、あなたの事を見守っていますからね。

 さあ、あなたが生きるべき世界へ戻って、あなたの御務めをしっかりと果たしなさい」


「うん、御母さん。

 でもでも!」


 離れがたい、いつまでも一緒にいたい。

 そのような気持ちで、魂だけとなり果てた母親にしがみつくフィア。

 この黄泉比良坂のような空間だけで許される、現実世界の世では無残に引き裂かれてしまった、切ない母子の逢瀬だ。


 本来なら死者はこのように生者らしく喋ったりはしないものだが、そこは種神官の親という事なのだろうか。

 俺達はそれを黙って見守っていた。


「さあ、あなたの役目を果たすのよ、フィア。

 生者の国へ戻りなさい。

 そして、いつかあなたも」


 そう言って彼女は、花嫁衣装で飾られたエリーンの方を見て微笑んだ。

 そして、それを受けたエリーンは彼女に対して同じく微笑みながらフィアに近づくと、その髪を撫でながら優しく優しく語りかけた。


「さあ、フィアちゃん。

 御母さんに御別れを言って。

 そうでないと御母さんが困ってしまうわ。

 これはきっと、とても特別な事なの。

 だって、ほら」


 エリーンが指し示した方には、なんとあの闇鬼達が静かに佇んでいた。

 これは彼らの計らいであったのか。


 しかし、そこにいた奴は!


「うわあ、メルグ。お、お前!」


 俺は思わず後ずさった。


 あれっ?

 ま、魔界の鎧は!?


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