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154-30 結婚式の主役

 そして、ようやく式の準備が整った。

 夕方から披露宴の食事が始まるので、結婚式は午後四時からだ。

 またその頃になると出席者の仕事も片付いてきているから集まりやすくなるので。


 続々と異世界地球へのゲートを潜って、大空中庭園結婚式場へとアスベータの人々が詰めかけてくる。


 式場の入り口には日本語で書かれた『大空中庭園結婚式場』の看板がかかっている。

 異世界の人は日本語が読めないのでいいのだが、ちょっとネーミングがダサすぎたか。

 まるで昭和前半のネーミングセンスだ。


 その頃は俺だってまだ生まれてねえよ。

 式場の名前は今度また改名するとしよう。

 結婚式場にエレーミアの名を冠するのも何か変だしな。

 また何かいい名前を考えるとするか。


 その結婚式会場を緩やかな秋の大気に包みながら、式の始まりを迎えんとするかのように日も傾いてきた地球一の大都会ニューヨークの空を、まるで大作SF映画の見せ場のように空中庭園Ⅱエレーミア離宮がアトランティックムード丸出しで陽光に輝いている。


 デザインがちょっと似合わないというか、このネオン煌めく先進国大都市の雰囲気にそぐわなかったかしらね。

 まあ、この街はこういう前衛的な代物は嫌いじゃないだろうから、かろうじて許される範囲内だと信じておこう。


 明日の会場である古都ロンドンなら完全に場違いかもしれん。

 だが、基本的にこれのデザインはロンドン製なのだから、ロンドンっ子に絶対文句なんか言わせないぜ。


 道行く地球一の大都会の住人である人々が立ち止まり、思いっきり後ろに首を曲げて(気を付けないと首を痛めるくらいに)見上げる天空結婚式場にて、ようやくうちの最古参女性冒険者の御式が片付きそうだ。


 あの食欲一点張りだった彼女に、一体いかなる心境の変化があったものかは知らぬのだが、まあその気になったのなら良い事だ。


 俺は早めにエリーンの具合を見に行った。

 少し話があるのだし。


「はっ、よっと。

 うん、衣装の感じ、こんなものかな」


 まるでダンジョンの魔物相手に剣を片手に軽やかに踊るかのような気楽さで、エリーンはくるりっと回りながら、一生に一度しか着ないだろう衣装をヒラリとはためかせた。


「お、支度は出来ているな」


「ええ、御馳走をいただく準備は万全です。

 この子達が用意してくれた心尽くしの衣装は最高です!」


「相変わらずブレん奴だな」


 子供達もそれを聞いて、鼻高々という感じに胸を張った。

 まあ服飾関係なんかは、御客様の要望を聞くのが商売なのかもしれないが、こういう要望をウエディングドレスに盛り込む顧客は稀だろう。


「ふ、当然ですよ。

 人生は一度、結婚式も多分一度でしょうから、思いっきり楽しまないと。

 結婚式の主役は花嫁なのですから!」


「確かに結婚式の主役は花嫁なのだが」


 それは花嫁さんが中心にある、まさしく『御式の花』とでもいうべきものなのだからだ。

『結婚式を人一倍楽しむ主賓』という意味ではなかった筈なのだが。


 まあいい。

 今は俺も、まるで三十歳過ぎても実家に居座っていた娘をようやく嫁に送り出せる父親のような気分なのだ。


「よし、これで後の問題はアイツだけだな」

「そうですね」

 

 そう、この話をしにきたのだ。

 エリーンより、今からこの料理にかける調味料はソースにするべきか、それとも醤油にするべきかと考える程度の軽い返事が返ってきた。

 むしろ、そっちの問題の方がエリーンにとっては遙かに大問題なのだろう。


「まあ、なんとかなるでしょ。

 今までだって私達の力でなんとかしてきたじゃあないですか」


「確かになあ。

 こんな事を当の花嫁に言うのは何なのだが」


「ええ、あの子のフォローをしておけばいいのですよね」


「ああ、フィアのスキル対策にはベルグリットと織原を呼んでおいたので、粗相の部分だけ見ておいてくれたらいいだろう。

 織原も進学するだろうから受験勉強があるだろうし、ベルグリットも昇進のための引継ぎがあり、昇進したら慣れない仕事量に埋もれて業務に忙殺されるだろう。


 あいつらにフィアの面倒を頼めるのも今回までかもしれん。

 フィアも大きくなってきた事だし、ここいらで独り立ちできる体制を取らんとな。

 わざわざ応援の強力な精霊も呼んでやったのだから、奴も奮起して頑張ってほしいもんだ」


「あははは、もう皆が自分の道を行くのですねえ。

 私もここが潮時っていう感じで、いいタイミングの結婚になりました」


 そこへデニスが挨拶にやってきた。

 元チームメイトとしての私的な御祝いをしに。

 結婚式が始まる公式の場では各国の代表なども来ているので、正式な国王代理である大臣の身で、表立ってのあまり身内っぽい挨拶は控えねばならない。


「やあ、エリーン。

 結婚おめでとう~」


「あら、デニス。

 向こうは仕事が忙しいだろうに、ちゃんと来てくれたのね。

 嬉しいわ。

 そういや、あんたも向こうで大臣に正式就任なんですって。

 おめでとう~」


「ありがとう。

 まあこれからも親友のアルスと一緒に頑張っていくさ。

 二人の王妃様も顔馴染みの人ばかりだしねえ。


 でも君と一緒にエルミアの子供達に狩りを教えていた頃が本当に懐かしいよ。

 今はもう忙しくて、なかなか出かけられないからね。

 たまにスカイバードのソラと大空の散歩を楽しむくらいなのさ。

 でも大概は途中で呼び戻されちゃう。


 アルスの奴も本当は御祝いに来たいんだろうけど、さすがにね。

 今は最初の頃の倒れそうなほどの忙しさじゃないんだけどさ」


 転移魔法があるんだから少しだけでも覗きにくればいいのにと思ったりするが、そういう事をしていると仕事中に気持ちも緩むし、次々と仕事が入ってくるから来ても落ち着かないだろうしな。


 どうせ来たって、五分と経たずにすぐに呼び戻される。

 さすがにそれだと国王として格好がつかんわ。

 大臣の地位にあるデニスがこっちへ来ちゃっているしな。


 あそこはまだ復興途中なのだから他と比べて国王自身も忙しいのだ。

 あれこれと国内視察にも行かないといけないだろうしな。


「あはは、そうね。

 こっちはこれからも気楽な身の上よ。

 まあ帝国皇帝あたりから頼まれ事でもあったら頑張るとするかな」


「それもいいね。

 あの人も顔馴染みなんだし、君になら彼も個人的に頼み事をしやすいだろう」


「じゃあエリーン、そろそろ行くぞ」

「ええ、参りましょうか」


「じゃあ、僕は客席へ」


 こうして、俺はまた新しい門出に旅立つ仲間の手を取った。

『父親』として、バージンロードを歩かせるために。


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