154-29 幸せの鐘は鳴りて
「よし、よく来てくれたな。
織原、ベルグリット。
お前達だけが頼りなんだ」
「あっはっは、この前の魔界の鎧なんかよりは、ぐっとチョロイ仕事ですよねー」
最近はフィアとも気安い感じの織原の返事も軽い。
まるで拘束を解かれた風船のように笑顔も軽やかだ。
「まあなー」
「いや、この前の騒ぎの時も僕はずっと仕事をしていましたよ。
でもライオル局長ったらこんな事を言うんです。
『魔界の鎧? そんな物はグランバースト公爵に任せておけばいいから』ですって」
「マジかよ、ベル」
「いや、本当にね。
あの怪物が迫ってきているのに冗談じゃないなと思ったけど、引継ぎの仕事が山のようにあり過ぎて動けないのです。
皆が避難して、もぬけの空になっていた総合庁舎で黙々と引継ぎをやっていました。
あの人は一体どれだけ仕事を抱えているんですか。
それも管理業務だけで。
今までの僕なんて、まったく仕事をしていなかったのに等しいです。
裏ダンジョン探索などがあったから仕事を免除されていただけで」
うーん、実にライオルさんらしいエピソードだ。
俺の事も完全に信頼してくれているようだしな。
その期待に応えられてよかった事だ。
「おや? それにしても引継ぎだと。
彼、もうどこかに移動なのか」
「ええ、そうです。
それも総合庁舎でも三本指に入る『大金の動く』部署へですね。
ダンジョン管理局もお金が動く関係の部署ではあるのですが、管理が優先の部署なので、お金そのものを扱うところではないですから。
ライオルさんが行く部署は、望んでもそうそうは配属されない部署の局長で、大貴族がコネを使ってもなかなか押し込めないような凄い話でして。
そこのトップへの移動なんです。
ライオルさんは平民であるにも関わらず、卓越した能力と清貧さを買われて陛下の推薦で決まった完全なエリートとしての栄転なんです。
『大金を扱う場所は不正も多く、また誘惑も多い。だからそこにはライオルのような者を据えたいと常々思っていた』と、この前陛下自らやってこられて教えてくれました。
いやあれは心臓に悪かったです。
仕事の打ち合わせをしていたら、いきなり後ろに陛下が立っておられたので。
ライオルさんからも『今のうちに仕事を覚えておかないと後で思いっきり泣くからな』と毎日脅されていますよ~。
しかもそれ絶対に冗談じゃないレベルだし」
「うわあ、そいつはまたアレだな。
今日、お前に来てもらっちゃまずかったか?」
「いえ、助かりましたね。
もう二か月は休んでいないので。
夜も遅いので家へ帰れなくて、あなたの公爵邸に泊まらせていただいている事が実に多いです。
こんな事でもなければ絶対に休めませんよー。
体が持たないです。
まだ騎士団の訓練の方がマシだな」
「ほう、ベルグリットよ。
それはいい事を聞いたな」
今日は儀礼用の礼服を着用し、気付かれないようにそっとベル君のすぐ傍へ立ち、にこにこと嬉しそうにしながら、いきなり耳打ちする強面の騎士団長。
「うわあ、ケインズ騎士団長~。
いつの間にいたのですか!」
「わっはっは。
ベルグリット、仕事も訓練も頑張れよ」
「えー」という顔でケインズの太い腕を首に巻かれて拘束され、一緒に酒を飲まされているベルグリット。
あの人って、まるでドワーフみたいな人だな。
人外国王である親方と殆ど互角の戦いが出来る人だし。
あ、噂をしたら来たな、親方達が。
「おう、アル」
「おや、パレードはもう終わったのかい」
「うむ。あと、御祝いにちょっと良い物を持って来たぞ」
「へえ?」
そう言って親方が包み(新聞紙)を解いて見せてくれた物は。
鑑定したら『幸せの鐘』とあった。
黒っぽい鉄の塊で出来ているかのような重厚そうな雰囲気だ。
大きさは、ざっと三十センチくらいか。
なんというかなあ。
パッと見には日本の御寺にある鐘撞堂の鐘みたいな感じがする。
外観にはそういう感じの模様も刻まれているし。
もしかしたらケモミミ寺の鐘のデザインからインスパイアされて作ったのかねえ。
「なんだい、こりゃあ」
「ちょっと鳴らしてみよう。
おーい、ファル」
「なあにー、親方」
ニューヨーク名物のホットドッグを両手に握り締めたファルが駆けてくる。
そういや、このニューヨークってホットドッグの早食い大会があるんだった。
昔、フードファイターの日本人が毎年優勝していたよな。
何か真昼の暗黒でイチャモンをつけられて出場禁止にされちまったけど。
F1レースだろうが、スキージャンプだろうが、とにかく日本人が国際的に活躍しだすと途端に露骨な日本人潰しが始まる。
アースアルファ、この地球という惑星は世界丸ごと『反日惑星』なのだが、アースベータたる惑星アスベータは比較的日本人に優しい星だ。
たまに捕まって拷問されている間抜けな奴がいるのが玉に瑕なのだが。
何かにつけ要領が悪い奴って駄目だよな。
今日もそういう稀人がそこに一人いるけど。
「ちょっと祝福のパワーを込めてくれ。
何、あれを歌わんでもいい。
歌は式まで取っておくといい。
こいつには、お前の得意の奴で頼む」
「へえ。そら鐘ちゃん、よしよし」
ファルはホットドッグの片方を咥え、その鐘にいつもの『よしよし』をしてやっている。
すると何かその鐘がポーっと薄明るく光り、なんだろうな、まるで鉄を熱して色が赤っぽくなっていくかのような、あの感じになっている。
だが特に熱は感じない。
これは物理的に変質しているわけではないのだ。
「親方、これは霊的な光か」
「うむ、魔法鉄に魔法金属を扱う時に使う『魔法の粉』をふりかけて作ったものでな。
祝福の力に反応するものなのだ」
「魔法の粉ってなんだ⁉
そんな物があったのかよ」
だが親方は妙な笑い方をして黙っている。
わかったぞ、普通は使わないような割と禄でもない物なんだな。
俺が作ったような地球オリハルコン系の魔法粉のような物とは違う、なんというか所謂ドワーフ粉のような物なのに違いない。
へたすると、『化学調味料のように、使えばとにかく上手く鍛冶ができる凄い物なのだが、それを使うのはドワーフとしては完全に邪道で、そいつを使うと仲間内で物凄く馬鹿にされるので使わない』というような代物なのかもしれない。
やがて、そいつは奏でだした。
何とも言えないような体の奥まで染み渡る、その調べを。
「う、これは祝福の調べか。
なんとも軽やかに体に染み込んできて、大変幸せな気分になる」
まるで、ありがたい除夜の鐘のように体に優しく染み込んでくる。
「そうだ。
これは祝福の力を受けると、それを鐘の音に変換してくれる鐘なのだ。
実を言うと、御祝い用に違う物を作っていたら偶然出来てしまってな。
エルフどもが、こいつはこういうものだと言うもので、それではと祝いの品として持ってきたのだ」
持ってきた御祝いの品について、自慢げに『これは失敗作だ』と堂々と力強く語る親方。
まあ素晴らしい御祝いの品には違いないのだが。
さすがに隣にいる女将さんも苦笑していた。
ところで親方、そんな物を使って本当は何を作ろうとしていたのだ?
ちょっと気になるなあ。




